学生のころから、夢がありました。
その夢を叶えるために、周囲の反対を押し切って
専門学校に入学。
卒業後の進路は、決まらず。
それでも【夢】を追って
模索する日々。
とにかく、少しでも【夢】の末端にでも触れている仕事を…と
色々なことをやってみました。
…でも、やっぱり違うねん!! と
どれも長続きせず。
ころころと仕事を変える私は、
世間の常識からすれば
忍耐力の無い子。
フラフラとしている子…
履歴書に沢山職場を書くのが、恥ずかしかった。
私は、【夢】を追いながら模索しているんだ!!
その信念すらも、自分への言い訳のように思う時もありました。
いい加減、定職におとなしく就くべきなんだろうか。
でも、それで楽しく毎日がおくれるんだろうか…
収入も安定せず、毎日が不安や模索で渦巻きながら
それでもいつか納得のできる場所をと探索していく毎日か、
定職に就き、金銭的にも精神的にも安定する日々か…
しかし幸いにも私の周りには、理解者が多く、
救われ続けました。
同じように夢を模索する専門学校の友人、
いい意味で放置プレイの母親、
夢を追って転職しまくれるチャレンジ精神を日本では珍しいとみて
サポートし続けてくれたパートナー。
ある面接では、一瞬で不採用にされたというのに
あんたの顔はやりたい事がはっきりある顔や!
と、親切にも激励に似たお説教を小一時間もしてくれた、社長さん。
あぁ、私はやれるだけやらしてもらっていいんやね。
幾たびも、背中を押されて、
迷いながら、でもやっと、
私のキャリアで就ける仕事としては一番理想に近いんではなかろうか、
というお仕事に就く事ができました。
何もかもが、大変だけど楽しく、
充実していて、
自分至上最長の勤務年数を更新していきました。
でもあるプロジェクトがきっかけで、
現場の裏事情を知り。
私が描いていた【夢】とは、それはかけ離れた
真実が不都合なら、都合よく作り変えることが可能な
しがらみやお金のほうが優先される世界でした。
私は、社会のからくりに全く無知だったのです(笑)
その職場での【夢】の構成が、自分の納得できない形であることを知って
それを知りながら我慢していける上司達のように
割り切って仕事をしていく事が私には苦痛で
悶々と悩み続けた折、
大好きな上司が辞めることになり
そこにいる意味を完全に失い、そこを離れる事を決めました。
ショックと喪失感
これが限界なのかな
【夢】を失ったら、私に何か、残るのだろうか
どうやって生きていこう…?
そんな時、まさにお告げが降ってきたのでした(笑)
続く…