忘れないうちに、自分の備忘録として、大切な日のことを書いておこうと思いました。
手書き日記の方に書こうと思っていましたが、あまりに長いためずっと書けず仕舞いでした。
自己満足日記なので、スルーしてくださいませ・・・
かなり、長いです。
そして、ちょっとリアルです。
*****
11月29日(月)
その日は朝から検診でした。
予定日を過ぎて4日目。
朝からキリキリとお腹が痛むような気がしていました。
でも、いわゆる「定期的な生理痛のような痛み」ではないし、陣痛ではなさそう。
ということで、いつも通りバスで病院へ行きました。
「このまま陣痛が来なかったら、木曜日に促進剤を打って出してあげましょうね」と先生に言われ、
できれば自然に陣痛を待ちたいなぁ、と思って帰りました。
帰りもキリキリとお腹が痛むので、タクシーを拾おうかとも思いましたが、
「運動しなくちゃ」と思い、やはりバスで帰宅。
かなり、辛かったです。
そして、夫(以下Y)には
「今日、なんかちょっと違うから、陣痛来るかも。メールに気をつけておいてね」
と連絡しておきました。
*****
そして、やはりその日の20時半ごろ、
自分で「これって陣痛かも」と思うような、定期的な鈍い痛みが起こってきました。
これまでの「張り」とは違う痛み。
遅い晩御飯を作ろうと思っていた頃でした。
これは来たかも!!と思って、慌ててまずお風呂に入っておきました。
(これ、正解。)
Yが22時ごろ帰るというので、今から頑張ってご飯を作ろうかと思いましたが、
「ごめん、やっぱり今日はお腹が痛いから無理。何か適当に買ってきてー」
とお願いしました。
22時20分、Yが帰宅。
餃子を買ってきて、焼いてくれました。
ついでに味噌汁まで作ってくれました。
「なんか今日頑張ってくれるなぁ、お寿司買ってくる程度かと思ったのに。いい日になる気がする!!」
とか思ったものでした。
あぁ、でもそんなにゆっくりしている暇はないのかも、イタタタタ!ということで、
とりあえず23時すぎに病院に電話。
「まだ痛みは我慢できる生理痛程度ですが、間隔が6分おきに来るんです」
と、ちょっと余裕ぶった感じで言ってみました。
しかし、私が元切迫早産の患者でもあるためか、
「すぐ準備して来てください!」と助産師さん。
えぇー!
「Y、早くシャワー浴びて、用意して!明日会社行く用意持って行ってね!」と私。
・・・うっかりしていました。
自分の用意だけじゃなかった、Yの用意もしておくんだった・・・。
バタバタで餃子を口に放り込み、歯磨きして、用意しておいたスーツケースを持って、23時半にタクシーに乗りました。
(この後何時間にも及ぶ陣痛中、ずっと餃子の臭いを気にする羽目になるのですが…)
*****
日付が変わる頃、病院に到着。
夜間専用のインターホンで中へ。
気分は少しウキウキしていました。
ずっと想像していたこの瞬間~~!
スムーズに病院まで来れたし、夜中だからYも一緒だし、順調、順調♪
やっと、やっと会えるんだ!!
切迫早産で1カ月入院して病院内を熟知していたけれど、初めて入る陣痛室に通されます。
ベッド3つと、それぞれにパイプ椅子が1つずつ備わっているだけの、シンプルな部屋。
今は私しかいない。
良かった~。
たくさん人がいたら、緊張してリラックスできないなーと思っていたので。
*****
11月30日(火)
まずはNSTで、お腹の張りをチェック。
私がまだ表情に余裕があるので、
「張りの具合によっては、一度帰った方がいいかもね~」と、こちらも余裕の助産師さん。
でも40分ほど機械をつけて、張りを見て、
「結構張ってるわね、入院しましょう。」ということに。
そして、
「旦那さん、どうする?帰るなら今だけど、泊まっていく人もいるわよ」と言われ、悩んでしまいました。
これで帰ってもらって、肝心な時に立ち会えなかったらどうしよう!?
朝方生まれることになって、Yが起きられなかったらどうしよう!?
結局、「いてほしい」とお願いして、せまーいベッドで2人で寝ようと試みました。
けれど、私は陣痛中だし、Yは睡眠とりたいし、会社に直接行くことも考えきちんとした服で来てしまったYは窮屈そうで。
やっぱり同じベッドで寝るのは無理!!
ということで、かなりねばったけれど、3時半に一旦帰ってもらいました。
「あぁ~最初に帰っとけばよかった!」とY。
そりゃ、そうよね・・・
今思えば、あの頃の痛みは予兆でしかなかったんです。
まだ話せたんだから。
*****
Yが帰ってすぐは、「陣痛弱まってきたかも」ということで、
「今のうちに寝なさい」と言われ、助産師さんから注意を外されました。
しかし・・・
Yが帰ってしばらくして、4時くらいからだったかな。
痛みがだんだん大きくなってきて、息づかいが荒くなってきました。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ!!!」
↑
(呼吸法を習ってないので、過呼吸寸前)
でも、助産師さん来ない。
呼ぼうか?
いや、これしきで呼ぶ人は強い母親にはなれないのか!?
でも、痛い!!
7時過ぎには夜勤の人の最後の見回りが来るから、それまで我慢だ!!
(↑入院していたので、変に知識がありまして。)
*****
そして7時過ぎに来た助産師さんに、痛みを訴えると、
「あら!!ごめんね~~寝てると思って!痛かったのね!呼んでくれたらよかったのに」
と言われました。。。
あぁ~呼べばよかった・・・
「主人はいつ呼べばいいでしょうか?いつ生まれそうな予想なんでしょう??」と聞くと、
「もう呼んでいいんじゃない?」と言われたので、
あまり寝てないYに申し訳ないと思いながらも、我慢できず8時前に電話で起こし、
「8時半ごろ先生が来るから、そのころ来てー!」とお願いしました。
*****
夜勤の助産師さんに代わって、朝からついた助産師さんは、入院中、とっても好印象だった助産師さん。
ラッキー、この人なら、安心できる!と思いました。
そしてさらに、「看護師免許を持っていて、助産師学校の生徒である人を研修の為そばにつかせてほしい」とお願いされました。
よく分らないけど、あなたが言うなら、いいよ!サインするよ!とりあえず、今痛いし、話聞いてられない!
ということで、書類を何も読まず気軽にサイン。
だって、陣痛中よ?書類なんて読めるわけないし。(作戦か?笑)
そんなわけで、この日は陣痛室が空いていたこともあり、私には優しい助産師さん(後でわかったのですが、お義母さんの高校の後輩!)と、助産師見習いさんの2人がずっとついてくれることになったのでした。
*****
さて、Yは8時40分頃、ラフな格好で来てくれました。
前々から仕事を調整していて、さらにちょうどいいことに変更可能なアポイントしか入っていなかった為に、この日はお休みを取ってくれました。
変更のお願いの電話で、「妻が陣痛でして」と言うと、「頑張ってくださいっ」と言ってもらえたようです。
良かった。
そしてちょうど院長先生が来て、内診をしてくれました。
この内診が痛いのなんの。
助産師さんがやってくれるとマシなんですが、男の先生は手が大きいし、何だか本当に痛い。
陣痛がひどくなって、声が出てきた頃だったので、遠慮なく
「あ”----!!」
と言わせていただきました。
「子宮口5センチくらいだね」
とのこと。
切迫早産だったため、少し前から4センチくらいは開いていたので、まだそんなもんか、という印象。
そして先生の後に助産師さんが内診をした後、勉強の為、助産師見習いさんがもう一度内診を行いました。
この時、失敗したっ!と思いました。
そうか、勉強の為ということは、内診も、助産師さん⇒助産師見習いさん、と2回されることになるのか!!!
それは今後キツイんじゃ・・・
でも、結局「やめてください」とは言えず、この助産師見習いさんを受け入れることにしたのです。
結果的には、私だけについてくれたので、退院までずっと親身になってくれました。
見習いさんとは言っても、看護師として経験のある人。心強かったです。
この時断らなくて良かったです。
去り際に先生、「昼過ぎ、目標!!」と一言。
昼過ぎに生まれるのか!
まだまだ長いけど、頑張るぞ。
ハァーーー、ハァーーーー!!
*****
・・・それからは、ながーいながーい陣痛に耐える時間が続きました。
入院時6分間隔だった陣痛が、もう何分だか分からないくらい頻回に。
1~2分間隔くらいだったんじゃないかな?
陣痛の余韻が消えぬまま、次の陣痛がやってくる。
だけど、まだまだ張りが弱いから、歩きなさいと言われる。
これで弱いってどういうこと??
めちゃめちゃ痛いのに、階段を上らされる。
寝ていたいのに、椅子に座らされる。
いや、でもそっちの方がましかも??
いや、もう分らん。
はあ、はあ!!
*****
昼ごろ。
また院長先生が来て、内診をしてくれました。
またまた痛すぎ。
「あ”----%&+*!#=~”!!!」
ビシャ!!!
「あー、破水したね」
・・・いやいや、あなたが。
確かそのころ子宮口6センチくらいだったかな。
破水したおかげで、急に陣痛が強烈に強まる。
ハァーーーーーー!!ハァーーーーーーーーー!!
いや、もう生まれるでしょ?
もうすぐに10センチになるでしょ?
すると院長先生、
「思ったより進行が遅いので、お母さんと赤ちゃんの体力を考えて、今のうちから促進剤を少しずつ点滴してあげましょうね。はじめから促進剤で陣痛を促す場合よりは、3分の1程度の量です。その方がいいと思いますよ。」
「分かりました」
促進剤は打つと陣痛が痛いという噂があったので、不安でした。
どうせ打つならもっと早く打ってくれたら良かったんじゃ??!とか色々思いました。
でも、助産師さんが、「今までが無駄だったわけじゃないのよ、促進剤打っても痛みがきつくなるってわけでもないからね」と励ましてくれました。
「目標3時!」と院長先生。
それでも3時かー。頑張らなきゃー。
*****
・・・それから時間がたつのが遅くて。
生理痛でもバファリン飲む私が、なぜに痛み止めを打たずして陣痛に耐えてるの??
なんで、痛み止め打ってくれないのーーー??
おねえの言うとおり、和痛分娩にすれば良かった!!(姉は和痛で甥っ子を生みました)
2人目は、絶対和痛、いや、無痛にするっ
・・・とかいろいろ思いは駆け巡りました。
何も食べれず、ポカリを無理やりストローで飲まされるけど、ちょびっとしか飲めない。
本当に辛かったです、もう痛みは忘れましたけど。
その間、Yはずーーっと背中をさすってくれました。
ちょっとでも席を立つと、「さすってー!!さすってーー!!」と私。
ほんとに、ひと時も休まずさすってくれました。
(期待以上・・笑)
病院でもらう紙のような薄いパジャマの背中がぼろぼろに破けるほどでした。
ありがとう、1人じゃ耐えられなかったよ・・・
そして、長野から急いで駆け付けてくれたお義母さん。
陣痛室には1人しか入れないため、せっかく来てくれたのに、一旦東京の我が家へ行ってもらいました。
せっかく来てくれたので会いたかったですが、とてもとても何か話せるどころか、顔を見ることさえできない状況で。
りんごを剥いて来てくれて嬉しかったです。
元気が出ましたっ!!
*****
子宮口7センチあたりからが、とっても長かったです。
「もう切って出してー!!!」と弱音を吐いたことも・・・あったらしいです。
覚えてないですが。
でもその度に助産師さんが、何とも素晴らしい神のような言葉で(そう聞こえたのです)励ましてくれました。
助産師見習いさんが、リラックスするハーブの香りを焚いてくれたりしました。
足湯もしてみましょうね、とか言ってくれましたが、正直そんな余裕は・・・という気持ちが届いたのか、それは実行されずでした。
9.5センチと言われてからは、もういいやろ?!と思って、
「いきみたいーー!!いきみたいーー!!」と叫び続け(笑)、助産師さんが仕方なく、
「いいよ、力入れていいよ」と言ってくれました。
(ほんとに良かったのか??)
でも「いきむ」ことは生まれて初めて。
「分からないーどうやっていきむのか、分からないー!!」
「無理にいきまなくていいよ」
(あ、そうか、ほんとはまだいきんじゃダメなんだもんな)
*****
目標の15時はとっくに過ぎ、もう終わりが見えない辛さの中、17時前だったかな。
ようやく「10センチ!」という見習い助産師さんの言葉をきっかけに、分娩室へ入る許可をもらいました。
いよいよ、手術台みたいなところに乗って、いざ生むのです!!
そう思うと、ゴールが近い気がして、俄然気持ちがアガります。
ああ、生まれた瞬間の記念撮影の為に、家を出るとき髪をドライヤーしたのに。
もう汗びっしょりでそんなの意味なかったな・・・とか、ちょっと思考にも余裕が出てきました。
このころから、痛い、しんどい、とかいう気持ちは減って、コッコ(胎児名)が狭いところを頑張って出ようとしているイメージを持つことができました。
まず、Yには陣痛室で待ってもらって、私は隣の分娩室へヨチヨチ歩いて移動。イタタタ。
ヒョコヒョコ分娩台へ上る。イタタタ!
足を足置き台に乗せる。
「え、こんな体勢で力入れるの無理なんですけどっ!」
足置き台の角度を調整してくれる。
Yからリアルな場面が見えないように、足をカバーで覆ってくれる。
その間も陣痛は続き、いきまなきゃいけない。
そうだ、友人Sが、いきみ方をS出演動画でわざわざ教えてくれてたんだっ
お腹を見て、息を止めて、終わったらふーーーっとするんだっけ、目はあけるんだっけ!
いろいろ思いだしてきて、何度か実践を試みましたが、うまくいってるのか良くわかりません。
すると、Yが手術着を着せられ、入場を許されて入ってきました。
右手には買ったばかりのビデオが!!
こんな汗だくの醜い私を撮るの??
でもイヤとか、こう撮ってとか、今言えない。打ち合わせしとけば良かったよ・・・
(後で見れば、やはり、映してはいけない部分をしっかり映してました・・・)
「旦那さんは、いきむ時奥さんの頭を少し持ち上げて下さい」と、Yが真剣に助産師さんの説明を聞いています。
右手にビデオカメラを持ちながら、左手は私の頭を支えて、いきむ度に持ち上げてくれました。
「こっちに力入れてー!!」といきむ方向(オチリの方)を押さえてくれる助産師見習いさん。
「上手よー!赤ちゃんも頑張ってるよー!!」と常に励ましてくれる助産師さん。
いつの間にか他の助産師さんも加わり、何だか本当にクライマックスな感じ。
目をあけたままいきまなきゃいけないのに、毎回つぶってしまい、「目をあけてー!!」と毎回言われます。
いきむ時、私は息を止めるので、その度にコッコにいく酸素が止まり、コッコの心音が停止します。
コッコの心音は常に機械で聞いているので、その止まる様子が怖くて怖くて。
「ほんとに息止めていいんですか??」と聞いてみましたが、
「いきむ時は息止めなきゃ!終わったら、ふかーく深呼吸して酸素を赤ちゃんにあげてねっ」と言われました。
この深呼吸が辛いのです。
息が上がっているので、ゆっくり大きく息をするのが大変で。
でも、コッコに酸素を、酸素を、と思って、心音が回復するのを聞きながら頑張りました。
「もう頭見えてるよー!!」
「頑張れー」
「もうすぐよー!!」
「頭触ってみる?」と言われ、触ってみたかったですが、余裕がなく、結局触れず。
ほんとに上手にいきめてるのか、ほんとにもうすぐなのか分からず、
「ちゃんといきめてる?まだまだ?もっと?」と何度か聞いたと思います。
その度に、「ううん、上手よー上手!」と言ってもらえて、気持ちが楽でした。
*****
何回いきんだかな・・・
しばらくして、いよいよ院長先生登場!!!
さすが、ピリリと空気が締まり、いよいよ生まれる雰囲気になってきました。
最初は院長先生自らが私のお腹の上に乗り、赤ちゃんを力任せに押します。
「2回ずついきんで!」と言われ、
「ん”~~~~~~~~~~~~~~!!!」「ん”~~~~~~~~~~~~~~!!!」と休みを置かず2回連続でいきむ。
何回かそれでイキみましたが、あるとき、「よし、次最後にするよっ」と院長先生。
その言葉がどれだけ嬉しかったことか。
院長先生が赤ちゃんを取り出す位置にスタンバイし、助産師さんが私のお腹に乗る位置にスタンバイ。
「ちょっと機械を使って赤ちゃんを取り出してあげましょうね、鉗子といって、赤ちゃんの頭を挟んで引っ張ってあげましょうね、そろそろ赤ちゃん出してあげないとね」
と院長先生。
いよいよだ、がんばるぞ。
コッコも頑張れー
「いきますっ ん”~~~~~~~~~~~~!!!!」 お腹、激押され。
「ん”~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」 頭が出たような感じ!!?
「もう1回っ」 え、2回ちゃうのんっ うそつき~~
「ん”~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
*****
ドロンッ
「肩出たよー もう力抜いてー」
でもまたいきんでしまう私。
「いきまないでっ!!力抜いてっ」
*****
おぎゃあっ
*****
「あたま、おっきい~~~!!!」と開口一番に、助産師さん。
ああ、生まれたんだ、やっと終わったんだーーー
ちゃんと泣いてる、良かったー・・
18時4分、元気な男の子誕生。
カンガルーケアを希望していたので、私の胸の上に軽く体を拭いたコッコが置かれます。
最初はおぎゃあ、おぎゃあ、と言っていたコッコが、しばらくすると安心したのか、私の胸の上できょとんと落ち着きました。
ああ、かわいい!!
Y、みてみて、私たちの赤ちゃん、かわいいよ!!
重いよー、大きいね。
頭、大きいね。
脳みそ、詰まってるのかな(笑)
嬉しくて、力が抜けて、声は震えてうまく話せませんでした。
*****
「めずらしいねー!!ほら、ご主人、見て!へその緒がこんな、丸結びになってたんだよ、危なかったねー。これがもうちょっとギュッと締まっていたら、大変だったよ、良かったねー」
「ご主人、これは自然分娩ではなくて、鉗子分娩と言います。こういう機械で頭を引っ張って最後ちょっと助けてあげましたからね、コメカミのあたりが赤くなっているのはそれです。今後経過を見ます。頭が大きい赤ちゃんでしたからね、最後は助けてあげないと無理でしたね。」
Yにいろいろと説明をしている院長先生。
危なかったんだ・・・一度逆子になったから、ぐるっと回った時に丸結びになっちゃったのかな・・・
だからイキんだ時、心音が弱かったのかな。
でも、元気に生まれてきてくれたんだ。よかった。
ほんとに奇跡なんだなー。
ありがとう。
*****
幸運なことに、その時分娩は空いていたので、最初は無理と言われていたカンガルーケアも、30分以上も長い間することができました。
後で聞けば、こんなに長くできた人は初めて、とのことです。
Yは記念撮影をしたいと言ってカメラを向けてきます。
とっても嬉しそう。
頑張って笑顔を作りますが、私は処置の最中。かなり痛いのです。
だいぶ我慢していましたが、あまりに痛いので「イタタタ!!」と言うと、「麻酔追加ー!」と院長先生。
あぁ、早く言えば良かった。痛かったのよ。
「そろそろ体重測ってもいいかしら?何グラムかなー大きいわよー」とみんなの期待を集めての体重測定。
「3715グラム!50.2センチ!」
「大きいね~~!!おめでとう!!!」
*****
そして、処置も終わり、車いすを勧められたのになぜか断った私は、歩いて陣痛室へ戻りました。
椅子の方が痛い気がしたので。
でも、立った瞬間、内臓が動いて気持ち悪い感じが。
そりゃ、今まで大きかった子宮がペタンコになったんだもの、何か感じるよね。
陣痛室へ行って、Yが初めてコッコを抱っこしました。
嬉しそう!!
いとおしそうに抱っこしているYを見て、いいパパになるかな、と思いました。
その間、私は持ってきたパジャマに着替えさせてもらう。
あー汗だくで着たくなかったな、シャワーしたいな、無理だけど。
そして、初めての授乳。
この時は全く出てなかったと思いますが、助産師さんの指導のもと、初めて授乳してみます。
今、お腹から出てきたばかりなのに、チュッチュっと吸うしぐさを見せるわが子を見て、こんなにかわいいもんなのかーと思いました。
この時は、その後の授乳で辛い思いをするなんて思ってもみませんでしたが・・・
そして、我が家からまた病院に来てくれたお義母さんが、赤ちゃんと初のご対面。
唯一のおばあちゃんだよー、よかったねー、よろしくねー。
*****
21時ごろ、Yとお義母さんは家に帰り、早速私とコッコとの生活が始まりました。
普通は初日くらいはナースステーションに赤ちゃんを預けるものらしいのですが、そんなこと知らなかった私は、一挙手一投足を見逃したくなくて、母子同室を希望しました。
後でその疲れがどっとやってくるのですが、この時私は興奮して眠くないし、最初のうんち、最初のあくび、最初のしゃっくり、最初の全てを全部自分で確かめたかったのです。
夜、個室に2人っきりになって、病院が静まり返ると、何だか感動が押し寄せてきて涙が止まりませんでした。
ホルモンの関係もあったんでしょうが。
私は結局母から自分が生まれた時の様子を聞けませんでしたが、こうやって母も生んでくれたのかな、とちょっと分かった気がしました。
*****
それからは、妊婦時代に先輩ママから、「生まれてからが大変だから」と言われ続けていたことを、やっと理解し始めるのです。
入院中から、産後2,3週間くらいが一番精神的・体力的に大変でしたが、お義母さんやYの助けがあって、乗り越えられ、今は子育てを楽しんでいます。
この子にいつでも、あなたは奇跡なのよ、と言えるようにこの日のことを覚えていようと思います。