ビール片手に研究計画思案中です。




今まで,臨床でも,研究するためにでも

文献を検索するとき・読むとき

自分の求めてる言語のみピックアップして

都合の良いように解釈していたように思います。




それは教授である森岡周先生に言われたように

暴力的思考であり

全て自分の思い通りにしようとした

結果そうなっていたと感じます。



ドラえもんで例えるなら

ジャイアン。




これではただの自己満足に過ぎず

ただのわがまま論文になってしまいます。



これじゃぁ通用しないことを

修士に行き始めて痛感しています。



最近よく「○○大学の院生という自覚を持ちなさい」と

叱咤されます。

その通り。私には自覚がなさすぎました。



周先生に言われることは

「その通り」と思うことばかりです。



私が注意されることは低次元のことが

多いけど(~_~;)




そして,大学院に行き始めて感じたことが1つ。



今まで臨床にける社会では

他のセラピストとお話させていただく場合

「アンダスタンド」ではなく「アクセプト」を

心がけてきました。



でも研究を始めて

「アンダスタンド」なしではアクセプトできない

とも感じてきました。



こちらの中途半端な理解では

相手の意見を受容できません。



虚勢をはってしまうばかりです。



アンダスタンドし

アクセプトすることから

謙虚な姿勢が生まれるのかなと。




ようやく周先生に言われたことが

わかった気がします。




うん、遅いね、私(笑)




そんな周先生がツイッターを始めました。



私のところからとぶか、

@Shu Moriokaで検索してください。



医療人以外でも

勉強になる、心にぐっとくることが

多いと思います。