FX生活開始日記 -2ページ目

FXとの出会い

FXの存在を知ったのは2004年の夏くらいでした。

たしか、平井堅の瞳をとじてがよくかかっていました。

初めて勤めた会社を辞めてから無職中に

飲み屋で知り合った人が会社を開業するので手伝ってほしいとの

話があり、Webサイトの作成などを行っていたときでした。

会社を開業といってもデリバリーヘルスをオープンさせるというもので、

まったくの未経験。事務所は渋谷区の松涛にありましたが、

当時前年に、渋谷区は小学生デリヘル嬢を斡旋していた業者が摘発された後だったので、渋谷区は無店舗型性風俗特殊営業届出の届出も

なかなか行えないような状態でした。始めはWebサイトの作成など手伝いのつもりでしたが、そのうち何故か無店舗型性風俗特殊営業届出を

中野区に届けにいくなど結構色々なことやっていました。

結局デリバリーヘルスは大失敗でほぼ3ヶ月間で閉鎖。

その間ほとんど給料ももらえず徒労に終わりました。

散々でしたが、色々良い経験にはなりました。

この時の知り合いは都内の人でしたが、彼のスポンサーは岩手県の人

でした。スポンサーである岩手の人は私より1歳年上で

1500万円の開店資金をヤフオク(HIDを輸入販売してたとか言ってた)と

FXで儲けたとのことでした。

その時はFXって良くわからず先物と同じような感覚で捕らえていました。

やってみたいとも思いましたが、知識も資金も足りませんでした。

会社辞めました。

 私、2007年末に会社を辞めました。

1976年生まれの30代です。僕らの年代が就職する時は超不景気で有名大学卒だろうが、高卒だろうが就職先はIT関連の会社くらいしかありませんでした。

私は高校卒業後、浪人してその後プー太郎してニートしてフリーターして専門学校入って、2000年にやっと社会人になりました。

開発やったりサーバ構築させられたりして技術はそこそこついたけど

この技術って一生つかえるのか?と自問自答してみると・・・。

DOGイヤーと言われるこの業界今の技術は3年後使えなくなっている可能性はザラです。常に新しいことを勉強しなくてはならず、

今は大丈夫でも40代以降仕事がなくなってしまう恐怖があります。

IT技術がさらに進めばIT技術者自身を効率化してしまい10年後には

IT技術者が10分の1になるとの記事を目にしたこともあります。

残業が多く月300時間こえたこともありました。

年収は300万少し。1回転職しましたが、転職前の会社と転職後の会社どちらも

残業代とボーナスの概念がなく社会に先駆けてホワイトカラー エグゼンプションを導入していました。8年間くらい働いてやっと50万円くらいの貯金ができました。

もうつかれたので実家に帰り2008年の10月まで仕事せずにのんびりする予定です。

実家に戻りすずめの涙ほどの退職金と生命保険の積み立てを崩すと

100万円位の現金が手元に残りました。

これで1年間生活できるようにFX生活を始めます。