例えば、人の素敵というものがオニギリの梅干しのようなものだとしたら…
その梅干しは背中についているかもしれません。
世界中、誰の背中にも
色々な形、色々な色や味の梅干しがついていて
でも、背中についているせいで
せっかくの梅干しが見えないのかもしれません。
自分には何もない
真っ白な、お米だけ…
そんな事ない、背中にはちゃんと梅干しがついているのに。
誰かを羨ましいと思うのは、他人の梅干しならよく見えるからなのかもしれません。
(フルーツバスケット2巻 参照)
この言葉に何回救われたことか 泣
他人がよく見えるのは、自分にはないものがたくさんあるから…
だから人を、羨まずにはいられない。
それは、
自分が羨ましいと思っている人もまた誰かを羨ましいと思うのです。
もし、背中ではなくお腹についていたら…もちろん他人のはよく見えます。
そして、自分もよく見えます。
見えてしまえば、梅干しを自慢するでしょう。
そうすると、羨むこともなくなり、人を思うことも無くなってしまいます。
そう考えると、羨むって素敵な事ですよね(。-_-。)
あの人みたいになりたい
あの人みたいになるために、努力をします。
一生懸命頑張っていくうちに、どんどん自分の素敵な梅干しが輝いていって、それを見てまた誰かが一生懸命頑張ってくれたら、嬉しいですよね。
自分の欠点が、誰かの魅力です。
頑張りましょう(o^^o)
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