実は私は教員で中学生に陸上競技を教えている。つい先日の話。

 

 ハードルを専門にしている生徒が何人かいる。私の専門の競技だ。だが、中学生を相手に指導した経験は多くはなく、手探りだ。

 

 中学生に限った話ではないが、自分が経験してきたことや感覚的に理解できていることを伝えたり指導したりした場合に、それが有効である場合とそうでない場合がある。レベルの差かもしれないが、私自身の感覚と生徒の感覚がかけ離れすぎていて、意味を持たない指導言語を使ってしまうことがある。

 

 かなりピンポイントな話だが、前述の生徒の取り組みと成長スピードに明らかなギャップがあるように感じていた。簡単にいうと、練習している割に伸びない、のである。

 

 それでもそのうち伸びるようになるのかなとも思ってみるが、どうもそうではない気がしてきた。

 

 ボトルネックがあるのだと感じ始めたのだ。つまり、練習はしているが肝心なポイントがずれている、抜けている、できていないので身につかない。そのポイントというのは今回の場合は「動き」であり、これは自然に身につくと考えていたがそうではなさそうだと思い始めたのである。

 具体的にいうと抜き脚の動きだ。ハードルを超える際の振り上げ脚に続く抜き脚の動きがポイントだ。もしかしたら、小学校や中学校の児童・生徒を指導している指導者にとっては教えることが当たり前なのかもしれない。抜き脚は足首よりも膝が常に同じか高い高さに位置していないといけない。初心者にはその逆で、足首のほうが高くなってしまう動きが見られ、私の見ている生徒もそうなっている。

 

 私は動きを直すのが苦手だ。苦手というか違和感がある。基本的には人は動きやすいように動いているのであり、筋力をはじめとする体力が高まれば、動きは合理的なものに変容していくはずだと考えている。

 

 いわゆる、動きの結果であるキネマティクス(運動学)よりも重要なのはキネティクスであり動きの原因のほうだと。方程式でいえば解のほうになる「動き」「形」よりも、力の入れ方や鍛えるべき部位に重きを置いてきた。

 

 だが、生徒を見ると、動きそのものにアプローチしたほうがよさそうだと思い始め、動きを矯正するドリルを教えた。

 

 動きを直すのは違和感を伴うし、たいていは初めはうまくいかない。それでも必要だと感じた。

 

 考えてみれば、自分も含め、身の回りのハードル選手は日本のトップクラスであり、誰でもほとんど基本的な技術は身に付けていた。当たり前か、だから日本のトップなのだ。その基本的な技術、というか動きの一つが、前述の抜き脚における膝と足首の関係だと考えているわけだ。

 

 このあとどうなっていくか。教えた直後は生徒によって反応は分かれた。ドリルはできても、その後の実践になると元通りになってしまうもの。そうではなく、実践でも動きが変わった生徒がいたのだ。やはり、これはできていなければ後天的に身に付ける必要があり、教えるべきことなのかもしれない。

 

 大事な大事な、ボトルネック突破の知見になるかもしれない。