ボブ・ラブことロバート・ラブは14人兄弟の1人として生まれた。父は家族を捨て、母は大規模農場で働いており、少年時代のラブは裕福とは程遠い環境で育った。貧困に南部に色濃く残る黒人への差別など、ラブの周囲は辛いことばかりだったが、幸いにも祖母の優しい庇護を受けることができ、次第にバスケットボールに熱中していくようになった。しかし当時のラブにはバスケに必要な道具を取り揃えるお金はなく、そこでハンガーでバスケットを作り、ボールは靴下を丸めて作った。彼が本物のバスケットボールを手に入れたのは8年生の頃だった。
高校はモアハウス高校に進学。彼はここで持ち前の身体能力を活かし、バスケットとフットボールで頭角を現した。高校生になっても彼は栄養失調で倒れることもあったが、フットボールのコーチはポケットマネーでラブに食事を与えた。また酷い吃音症だったラブはクォーターバックとしてチームメイトに指示を出すのに苦労していたが、フットボールのコーチはラブに言葉ではなく歌を歌わせる事でこの問題を解決した。周囲の助けを借りながら様々な困難を克服したラブは大きな成長を見せ、大学進学のための奨学金を得られるまでに至った。ラブは高校卒業後、サザン大学へと進学した。
サザン大学ではカレッジバスケのスター選手として活躍し、オールアメリ カンにも選ばれた。またキャンパスライフの中で社交性を身につけてきたラブは、全米規模の学生友愛会アルファ・ファイ・オメガに入会し、また「女の子が多かったから」という理由で栄養学を専攻した。