7/26に予定していた2ヶ所目のディサービスのお試し。
「職員の家族がコロナに感染した」
と、延期になった。
連絡を待つこと、約2週間。
ようやく決まった8/12も、「職員のコロナ感染」で当日朝に延期の連絡が入った。
何となく気が進まないし、3ヵ所目の候補を優先したいと希望するが、2ヶ所目を試してから、と却下された。
待っていた1ヶ月半ほどの間に、家の中の段差に足の指をぶつけること2回(足が上がっていないため)。腰の曲がりと腰痛も悪化。
痛みがあって、買い物も一緒に行きたがらず、明らかに歩く力が弱っている。
そして、9月の母の誕生日。
妹と孫に誘われて、ランチと買い物に隣町のイオンまで行った母は、長く歩けず、途中から店内の車椅子を使用することになった。
妹と孫にとっても、母自身にとっても、かなり大きなショックだったよう・・・
母は、車椅子の件を私には何も言わなかった。言いたくなかったのかもしれない。
そして迎えた、3度目の正直の9月9日。
この施設を立ち上げた方は、とても素敵な尊敬する女性だった。病で亡くなり、今は別の人が引き継いでいる。
幸い、知人は不在。
(良かった。10年ぶりくらいに来たなぁ、ここ・・・私の心の声)
担当職員さんは、すごくいい人で、母に説明しながら私にも声をかけてくれる(家族だけに説明ではなく、主役は本人という姿勢が感じられた)。
些細なことでも認めよう褒めようとしてくれて、「姿勢がいいですね」と褒められた母は、いつもは曲がっている腰を伸ばして立ったまま話をしている。
※よく見ると、片手は背後にあったテーブルに置き、身体を支えつつ、プルプルしてた💦
数日前に自宅の障子を張り替えたと話して褒められ、「毎年張り替えている」と得意げに言う(ほんとは数年ぶり💦)
席も、同年代で話が合いそうな女性の隣りにしてくれていて、2人で話している。
3時間ほどして、昼食後に迎えに行く。
私「どうだった?」
母「良くも悪くもないちゃ。ま、近いのはいいわね」
自宅に到着するなり、トイレへ駆け込む母。
施設内には、4ヵ所もトイレがあったのに、行かなかったらしい。
お風呂もキレイだったけど、入りたくない、自宅で入るからいい。
何年か後に通わなければならなくなったら時は近くていいけど、今はまだ行きたくない。
「仕事のお手伝い」という作戦は、施設の人手不足(2名欠員だそう)もあって、「都合よくこき使われたくない」と言い出す。
そっか。
嫌がりながらも、ちゃんと出かける準備をしてお試しに行ってくれたことに感謝しよう。
母の視点で考えてみたら・・・
ヘルパーという仕事を昔していて、高齢者への介護に自分が関わる立場だったからなおさら、自分が介護を受ける側になる日が来ることの実感がなかった。
1ヶ所目のディサービスに行った時。
そこで見る光景は、母にとってはショックが大きかったのかもしれない。
「病院」と「ディサービス」の雰囲気の違いも含めて。
2ヶ所目の今回。
どんな感じかわかっていた分、1回目よりはショックは少なかったように思う。
とはいえ、4人掛けのテーブルに席が決められていて、場所移動できるほどのスペースもなく。
周りを見れば、自分よりも認知症が進んだ人ばかり。
共感性が強い母にとって、言葉は不適切かもしれないけど地獄絵図のように感じたのかもしれない。
自分の老いを受け入れるプロセスの途中で葛藤している母にとって、行きたくないのに行くことを強要されている、自分は不要な人間扱いされている、そう感じたのかもしれない。
もし、私が母だったら、あの空間で過ごすのはいたたまれない。
職員さんは、1ヵ所目も2ヶ所目も、とても優しく感じのいい人たちだった。
施設自体も、悪くはない。
施設を利用すること自体は悪いことではない。
誰が悪いとかいうわけではない。
家族の誰かの負担の上に成り立つのではなく。
社会の仕組みとして、その人が望む暮らし方を誰もができるような社会になって欲しいと思う。
私たちが高齢者になる頃には、施設も職員も足りなくなる。
住み慣れた自宅で、最後までその人らしく暮らせることを願います。
そして、本命の3ヵ所目に続く。
