数年ぶりに会った友。正直、「弱者の強者」を見た気がした。
あれ?こんなだった?と、首を傾げ、、、回想。
「病気している人には配慮」そういう気持ちを逆手に取られた気分だった。
友は長年、強迫観念・パニック障害・不眠症などなど、
精神が辟易していた。ゲッソリしていて、大丈夫かな?と
心配になり、それなりに配慮していた気がする。
どこか行こうと言えば、どんなところに行きたいかを振られ、
お寺・神社巡りしたいとか、食べ歩きしたいとか、
結構気持ちが明るくなれるように、色々策を練って話はしたし、
急かすようなこともせず、出来るだけ前向きになれるように、
心が柔らかくなるように、慎重に言葉も選んでいた気がする。
それでも、直前キャンセルされたり、家族の病気などもあって、
数年会えなかった。
それが、つい先日連絡が来たので、ご飯に誘ってみた。
すると、スルスルと事は進み、ご飯当日になった。
数年ぶりに会った友は、以前よりふっくらして、体調も悪そうではなかった。
家族の病気も手術をして、一定の「安心」を得ていた。
友の病気に関しては、不眠が解消され、睡眠の大切さを延々と話してくれた。
長年心療内科に通っていた病院が閉めることになり、
医師が紹介状を書いてくださり、新しい病院に通うことになったそうだ。
そして、その新しい医師がとても友にはとても良かったようだ。
お互いの会えなかった時間経過を話しながら、友は前よりも明るく、変な話私より元気だった。
友は、薬局に勤めており、それなりに薬の知識もある。
私は、数年患っている胃痛の悩みなどで通院している話や、母の介護などの話をした。
病気の感覚はひとそれぞれだと思っている。
友が、私が今治療を受けている内容に助言してくれるのだが、それが「正解」だと私は思っていない。
私は血管注射が苦手で、極力採血だってしたくない。
色々と私だって思うとこあるのよ、、、と伝えたけれど、伝わらなかった。
まぁ、それでもいいか、と諦めた。
最近の私は、説明をくどくど話すのが嫌になっているようだ。
端折って、中心だけを話す。色々と附属を話せば、心情があってそこを理解してもらおうと、またくどくど。
それが、私には煩わしい。だから、理解してもらおうと思う事を諦めた。
だから、友と久しぶりに会えた。
友が不眠の悩みを解消した。
まだまだ色々と抱えているけれど、明るい兆しが見えている、希望があるって素晴らしい、そう思う。
友の言葉の端々に「心療内科は容易ではない」を感じたけれど、誰も軽視してないよとね。
それでも、元気でいてくれと願う。
人生なんてあっという間。1日1日なんて、大事に過ごしていても365日のうち忘れてしまう日のほうが多いのさってね。