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 ビルマのシャン州第一特別区(コーカン特別区)で、特別区を廃止し自治区に変えるにあたり、阿片を巡って、コーカン族民兵とビルマ政府軍の戦闘が勃発した。このためか、タイの近くの国境検問所はいつもは長閑だったのが、一応、銃をかまえていた。(上の写真)

 もともと、タイ族もビルマ族も支那の迫害を逃れ、故地から現在の地に移って来た民族である。ここに支那人も南下し、ビルマではコーカン族と呼ばれている。このあたりは芥子の栽培で有名な黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)と呼ばれ、麻薬王クンサー(支那・シャン族混血)が阿片を支配していた。黄金の三角地帯とは、最も狭義には、タイ・ビルマ・ラオスの3国の国境の交点にを乾期にメコン河に出来る三角の砂州を指す。転じて、この周辺を指している。先週、黄金の三角地帯に行ってきたので写真を載せた。100kmくらいで比較的近いので。何回か行っている。手前の小さな川がサイ川(メーサイ)で、小船は対岸のビルマのカジノへの送迎舟。船着場でマイクロバスに乗り換える。向こう側がメコン河で、遊覧船が走る。ビルマの木の間から見える金色の建物は建築中のラオのカジノ。(下の写真)

 クンサーが、1996年にビルマ政府に帰順し、つい最近病死している。トラックの運輸業に転じたとか。この後の阿片利権を襲ったのが、コーカン族、ワ族、カチン族。武器は支那、北朝鮮から買い入れ、代わりに、阿片の出荷ルートでもある。北朝鮮からの不法入国者やオウム真理教の逃亡犯も潜んでいるとか、特定アジアの犯罪国家(支那・朝鮮)の暗部が見え隠れする。タイ領でも、時折、ビルマ軍が越境したり、ワ族のロケット弾がメーサイに飛び込んできたりで黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)国境地帯は危険を孕んでいる。メーサイなんかに行かない方が吉。何の因果か、この近くにいる身にとって、まったく人事ではない。

http://sankei.jp.msn.com/world/asia/090829/asi0908292044003-n2.htm
>  ミャンマーには少数民族の特別区が15ある。1988年のクーデター後、軍事政権は各少数民
> 族に、帰順に応じるのと引き換えに兵力の維持や自治を認め、停戦協定を結んできた。しかし、来
> 年の総選挙を控え、軍事政権は新憲法に基づき今後、特別区を「自治区」とし、民兵組織を国境警
> 備隊に組み入れ政府軍の統制下に入れることを決めた。
>
>  これに対し、コーカン族だけでなく、ワ族、カチン族など民兵組織を持つ少数民族は反発。国外の
> 反軍政組織も少数民族に、軍政打倒への協力を呼びかけている。こうした動きを政府は押さえ込もう
> としており、今回の衝突もその一環だ。
>
>  コーカン特別区は、ミャンマーと中国の国境貿易の中心地の一つで、中国人ビジネスマンも多く、
> 通貨も人民元が流通している。電力も中国から供給を受け関係が深い。ただ、昨年来、経済危機の影
> 響もあり中国人は減っていたという。
>
>  特別区では麻薬の原料であるケシの栽培が盛んで、2003年には禁止されたが、その後も、多額
> の現金収入が得られるだけに栽培や、合成麻薬の製造は続いていた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%B3
> コーカン(Kokang(ビルマ語)、果敢(漢語))はミャンマーシャン州北部の漢民族集住地区で西は
> サルウィン川、東は中国雲南省に接する。総面積約2700平方キロ。1989年のビルマ共産党瓦解後現
> 地勢力はミャンマー中央政府に帰順しコーカンはその大部分がシャン州第一特別区となった。

> 特別区は、軍事政権側がビルマ共産党の下で反政府活動をしていた少数民族側に、帰順の取引条件
> として優先的に開発支援を受け一定の自治を認める地区としたものである。特別区は中央委員会を
> 有し、そこでの合議制で特別区の運営が決められていく。MNDAA(Myanmar National Democratic
> Alliance Army:緬甸民族民主同盟軍)は帰順時には約4000名の兵士がいたが、その後ミャンマー中
> 央政府の削減圧力もあり、2000名以下に縮小。
>
> 2003年のコーカン地区の人口は特別区政府によると約14万人であった。その内ミャンマー人は10万
> 人前後で、その他は中国人と思われる。ミャンマー人の中では漢民族が90%前後を占める。コーカン
> の漢民族は華僑と異なりミャンマーの先住少数民族と認定され、『コーカン族』と称される。その他
> にシャン族、パラウン族、ミャオ族、ワ族、リス族、ペー族、ビルマ族などが住む。ビルマ族はその
> ほとんどが任期を定めて派遣されている政府派遣の軍人、地方官およびその家族と小学校教師、農業
> 指導員、医療従事者など公共サービス要員である。 2000年のコーカン地区人口は約18万人と報告さ
> れているがその後の減少は、ケシ栽培の縮小・禁止により景気が悪くなったことにより多くの中国人
> が中国側に戻ったための減少であると思われる。
>
> コーカン地区の多数派である『コーカン族』は、約400年前中国の明朝末期に迫害されて雲南省まで
> 逃げてきた民族が起源といわれている。実際には、そうした正統派コーカン族に加え、四川省から流
> 入した形跡もある。また第2次大戦後に中国雲南省から移住し、そのまま現在に至るまですみ続けて
> いる中国人も「コーカン族」と自称している。