ここ数年、日本でも「ワンホンメイク」「ワンホンまつげ」といった言葉を目にするようになりました。
しかし、その背景にある中国の「ワンホン文化」については、まだ十分に知られていません。
本稿では、中国のワンホン文化に特化したオンラインメディア「cntr1」が、その全体像を日本語で整理してみます。
はじめに──なぜ今「ワンホン文化」なのか
ここ数年、日本のSNSや美容・ファッションの分野で、
「ワンホンメイク」「ワンホンまつげ」「ワンホンファッション」といった言葉を目にする機会が急増しています。
しかし、その一方で、
• 「そもそもワンホンって何?」
• 「中国のインフルエンサーとはどう違うの?」
• 「韓国のK-Beautyやオルチャン文化とは何が違うの?」
といった疑問を持つ人も少なくありません。
「ワンホン」とは単に“ネットで有名な人”を指す言葉ではなく、
美意識・ライフスタイル・消費行動・キャリア観まで巻き込む、
新しいカルチャーとして広がりつつある現象です。
そこで本稿では、中国のワンホン文化に特化したオンラインメディア「cntr1」(以下、本メディア)がキーコンセプトとして掲げる
「ワンホン文化」
を軸に、中国発の“网红(ワンホン)”現象を、できるだけ体系的に整理して解説します。
1.「ワンホン」とは何か――用語と起源
1-1.「网红(ワンホン)」という言葉のルーツ
「ワンホン(网红)」は中国語のスラングで、
• 「网络(ネット)」+「红(人気者・売れっ子)」
を組み合わせた言葉です。
直訳すると「ネット上で目立っている人」、つまりネット発の有名人という意味になります。
中国のSNS――微博(Weibo)、ショート動画アプリ「抖音(ドウイン/中国版TikTok)」、小紅書(RED)など――が急速に普及する中で、
• 歌やダンスが得意な人
• メイクやファッションが魅力的な人
• 日常生活のセンスや価値観で共感を集める人
などが、テレビや芸能事務所を介さず、一気に「网红(ワンホン)」として知られるようになりました。
1-2.日本語の「インフルエンサー」との違い
日本でも「インフルエンサー」という言葉は一般的ですが、ワンホンには少し異なるニュアンスがあります。
共通点は、
• SNSを通じて多くのフォロワーを持つ
• 情報発信や推薦で影響力を持つ
という点です。
一方、ワンホンには次のような特徴があります。
• ビジネスとの結びつきが非常に強い
• ライブ配信で商品を紹介・販売する「ライブコマース」(中国語で「直播帯貨(ジーボー・ダイフオ)」と呼ばれるスタイル)
• 自身のブランド・コスメ・アパレルの展開
• 外見・世界観・ライフスタイルを“作品”として作り込む度合いが高い
• フォロワーとの距離感が、単なるタレントとファンという関係ではなく、「姐妹(姉妹)」「朋友(友だち)」に近いコミュニティ感覚で支えられている。
つまりワンホンは、単なる人気者ではなく、
ライフスタイルそのものを発信しつつ、経済活動も行う存在と言えます。
1-3.なぜ「ワンホン“文化”」という視点が必要なのか
なぜ本メディアはあえて「ワンホン」ではなく「ワンホン文化」と表現するのでしょうか。
理由はシンプルで、「ワンホン」という個人だけに注目しても見えない、
• 若者の価値観の変化
• 都市ライフスタイルの変容
• 消費や美容のトレンド
• 新しいキャリアパスのあり方
といった広い社会的・文化的変化を捉えたいからです。
個々のワンホンを追うだけでなく、
その背後にある「社会的・文化的流れ」をまとめて理解するために、
本メディアでは「ワンホン文化」という言葉をキーコンセプトに掲げています。
2.ワンホン文化を構成する3つのレイヤー
ワンホン文化を理解するために、本メディアでは便宜的に次の3つのレイヤーに分けて整理しています。
1. ビジュアル・美意識のレイヤー
2. ライフスタイル・都市カルチャーのレイヤー
3. ビジネス・プラットフォームのレイヤー
順に解説します。
2-1.ビジュアル・美意識のレイヤー
多くの人がまず触れるのが、ビジュアル面での「ワンホンらしさ」です。
• 立体感のあるベースメイク
• 目元を強調したアイメイク
• 顔の骨格・パーツを活かしたコントゥア
• カラコンやアイラインによる印象づくり
など、いわゆる「ワンホンメイク」は、すでに日本の美容サロンやコスメブランドにも影響を与え始めています。
ファッション面では、
• 体のラインをきれいに見せるシルエット
• モノトーンやニュアンスカラーをベースにした配色
• バッグ・アクセサリー・スマホケースまで統一感のあるスタイリング
など、「写真に切り取られたときに最大限魅力的に見える」ことが重視されています。
日本の「量産型」「地雷系」と比べると、
ワンホン文化のビジュアルはやや都会的で大人っぽい方向に振れている点が特徴です。
2-2.ライフスタイル・都市カルチャーのレイヤー
ワンホン文化の多くは、
• 上海
• 北京
• 深圳
• 成都
など、中国の大都市を舞台に形成されました。
おしゃれなカフェに行って写真を撮り、SNSに投稿する。中国語ではこうした行為を「打卡(ダーカ)」と呼び、日本語の「チェックイン」に近い“聖地巡礼”的な文化です。最新のモールやポップアップストア巡り、街中でのスナップ撮影――こうした日常の一コマがSNS上でコンテンツ化され、「ワンホン的な生き方」として憧れの対象になります。
重要なのは、ワンホンと「普通の若者」の間に明確な境界線がないことです。
• フルタイムで活動するワンホン
• 会社員や学生をしながら発信する人
• フォロワー数は少なくても、自分なりの“ワンホン的ライフスタイル”を楽しむ人
など、グラデーション状に多様なスタイルが共存しており、
その全体を「ワンホン文化」と呼びます。
2-3.ビジネス・プラットフォームのレイヤー
三つ目は、ビジネス・プラットフォームの側面です。
中国では、ワンホン文化はすでに産業として成立しており、
• ライブコマース(直播带货)
• ブランドコラボレーション
• コスメ・アパレルの自社ブランド立ち上げ
• マネジメント会社やMCN(マルチチャンネルネットワーク)の存在
など、多層的なビジネスモデルが展開されています。
淘宝(Taobao)、小紅書(RED)、ショート動画アプリ「抖音(ドウイン/中国版TikTok)」などの、中国独自のEC・SNSインフラと密接に結びつき、
個人とプラットフォームの影響力の掛け算で、ワンホン文化は急速に拡大しました。
このレイヤーを理解すると、
• なぜワンホンが職業として成立しているのか
• なぜ中国ブランドがワンホンと密接に組むのか
という背景も見えてきます。
3.ワンホン文化が生まれた背景 ― 中国社会とデジタル環境
ワンホン文化は偶然の一時的ブームではなく、
中国特有の社会状況とデジタル環境の中で形成されました。
3-1.スマホとSNSの超高速普及
中国では、ここ10年ほどでスマートフォンとモバイルインターネットが爆発的に普及しました。
• 若者の多くは、最初からスマホを前提としたインターネット体験をしています。
• テキストだけでなく、短尺動画・ライブ配信・画像投稿など、「映像+コメント」の文化が一気に浸透しました。
この環境の中で、
「誰でも発信者になれる」
「日常生活そのものをコンテンツ化できる」
という感覚が当たり前になり、
その象徴として“网红(ワンホン)”が登場しました。
3-2.若者の自己表現欲求と「上昇志向」
もう一つの背景は、自己表現欲求と上昇志向の強い若者世代の存在です。
• 進学・就職・安定したキャリアだけが成功ではない
• 地方出身でもSNSを通じて都市部の人々にリーチできる
• 自分のセンスや世界観を武器にチャンスを掴みたい
こうした若者にとって、
「ワンホンになる」という選択は、現実的なキャリアの一つになっています。
もちろん、誰もが有名になれるわけではありません。
しかし、
• 「うまくいけば人生が一気に変わるかもしれない」
• 「自分の好きなことで仕事ができるかもしれない」
という可能性が、多くの人を発信へ向かわせています。
3-3.消費社会と「种草文化」
さらに、中国のSNS文化には「种草(チョンツァオ)文化」という独特の習慣があります。
これは「いいものを見つけて他人におすすめする」ことを意味します。
• コスメやファッション
• カフェやレストラン
• 旅行先やライフスタイルグッズ
ワンホンたちはこの“种草文化”の中心的存在として、
• 実際に使っている商品・サービスを紹介し
• そのレビューや使い方を通じてフォロワーの購買行動に影響を与えます
つまり、ワンホン文化は
スマホ時代のインフラ+ 若者の自己表現欲求+ 消費と日常
が一体化した“种草文化”の交差点で生まれた現象だと捉えられます。
4.ワンホン文化の代表的なジャンル
ワンホン文化にはさまざまなジャンルがありますが、
特に影響が大きい三つの領域を紹介します。
4-1.ビューティ:ワンホンメイク/スキンケア
まず、日本でも広く知られているのが美容領域です。
「ワンホンメイク」は、
• 肌の質感を重視したベースメイク
• 立体感のあるシェーディングとハイライト
• 目幅を意識したアイライン
• カラコンやまつげデザインを含めたトータルアイメイク
など、写真や動画で見たときの完成度を強く意識したスタイルです。
また、多くのワンホンはスキンケアにもこだわり、
• 成分にこだわった中国コスメブランド
• 医療・美容クリニックとのコラボ
• 「素肌から整える」ことにフォーカスした情報発信
を通じて、新しいビューティトレンドを生み出しています。
4-2.ファッション:ワンホンファッションのスタイル
ファッション領域では、
• 体のラインや骨格を美しく見せるシルエット
• シンプルで計算された配色
• バッグ・シューズ・アクセサリーまで含めたトータルコーディネート
といった特徴があります。
全体として、「都会的で洗練された雰囲気」が漂うことが多いです。
韓国ファッションや日本の韓国風スタイルと比べると、
• ややエッジの効いたシルエット
• 背景にある都市(上海・深圳など)の空気感
• 「ラグジュアリー」と「リアルクローズ」のミックス感
など、中国ならではのニュアンスが加わっています。
4-3.ライフスタイル:カフェ、旅行、日常Vlog
ワンホンは日常生活も発信します。
• カフェでの過ごし方
• 週末の小旅行
• 部屋のインテリア
• ワークスタイルや日常のルーティン
ここで重要なのは、
「キラキラした非日常」だけでなく、
「リアルな日常」を心地よく見せる表現力です。
フォロワーは、
• 「このカフェに行ってみたい」
• 「この部屋の雰囲気を真似したい」
• 「この人の一日の過ごし方を参考にしたい」
と感じ、それが消費行動や価値観の変化につながります。
5.ワンホン文化の国際的な広がりと誤解
ワンホン文化は中国国内だけの現象ではなく、
近年は日本や韓国をはじめとする東アジア全体にも影響が広がりつつあります。
5-1.日本での受容 ― 「ワンホンメイク」「ワンホンまつげ」の登場
日本では、美容領域を通じて「ワンホン」という言葉が広まりました。
• まつげエクステサロンが「ワンホンデザイン」としてメニュー化
• コスメブランドが「ワンホンメイク風」のキャンペーンを実施
• SNS上で「中国ワンホンっぽいメイク」「中華圏風の顔」といった表現が使われる
しかし、多くの場合「ワンホン」はメイクの一スタイルとして捉えられがちで、
• 背景にある文化や社会状況
• ワンホンがどのように生きているか
• 共有される価値観
といった部分は十分には理解されていません。
5-2.韓国・東アジアでの見られ方
韓国やその他の東アジア地域でも、
• K-BeautyやK-POPと比較される形で
• 中国のワンホン文化に注目が集まりつつあります。
具体的には、
• 「韓国的な美」と「中国的な美」の違い
• ブランドコラボ戦略の違い
• コンテンツの見せ方や編集スタイルの違い
など、東アジアの若者文化の中で、ワンホン文化は、一つの**独立した極(ポール)**として存在し始めています。
5-3.よくある誤解・ステレオタイプ
一方で、ワンホン文化には誤解やステレオタイプもあります。
• 「派手で目立つことばかり考えている」
• 「お金やブランド品ばかりに関心がある」
• 「加工やフィルターで盛っているだけ」
しかし実際には、
• 地方出身で一歩ずつキャリアを築く人
• 社会問題やジェンダーに関する発信をする人
• 自分のコンプレックスを乗り越える過程を共有する人
など、多様な背景と価値観を持つワンホンが存在します。
本メディアでは、ワンホン文化を語る際に、
こうした単純化を避け、立体的な視点で伝えることを重視します。
6.「ワンホン文化」がもたらす可能性と課題
ワンホン文化には多くの可能性がある一方で、
ポジティブな面だけでなく複雑な課題も存在します。
6-1.ポジティブな側面
ワンホン文化のポジティブな側面としては、
• 新しいロールモデルやキャリアパスの提示
• 従来の芸能界や企業キャリアとは異なる生き方
• 自分のセンスや経験を活かした働き方のモデルケース
• 中小ブランドやローカルビジネスへのチャンス
• 大手広告代理店に頼らず、ワンホンとの協業で認知を広げられる
• カルチャー交流のハブとしての役割
• 中国と日本、韓国といった国境を越えた情報やトレンドの循環
特に国境を越えたコラボやイベントの増加により、
ワンホン文化は東アジアの若者をつなぐ共通言語になり得ます。
6-2.課題・リスク
一方で、課題やリスクも無視できません。
• 外見至上主義や消費プレッシャー
• 「かわいくなければ意味がない」「お金をかけ続けなければならない」というメッセージとして受け取られる可能性
• 労働環境・メンタルヘルスの問題
• 常に発信を続けるプレッシャー
• フォロワー数や再生回数に自分の価値が左右される感覚
• 情報の信頼性・広告との境界の曖昧さ
• PRであることが十分に明示されない場合
• 実際には使っていない商品をおすすめしてしまうリスク
ワンホン文化を肯定的に捉えるにしても、
こうした影の部分から目をそらさない姿勢が重要です。
7.cntr1は「ワンホン文化」とどう向き合うのか
ワンホン文化は単なるトレンドではなく、
現代の東アジアを理解するうえで重要な現象です。
7-1.本メディアのスタンス
本メディアは、
• ワンホン文化を一方的に賛美するわけでも
• 批判的に切り捨てるわけでもなく、できるだけフラットな視点で「記録し、翻訳し、伝える」ことを重視します。
具体的には、
• ワンホン本人へのインタビューやストーリー紹介
• ファッション・ビューティ・ライフスタイルのトレンド分析
• ビジネスや社会的背景の解説
• 日本・韓国・その他地域との比較・対話
などを通じて、ワンホン文化の「表」と「裏」の両面を丁寧に扱います。
7-2.これからのリサーチ・コンテンツ
今後、本メディアでは例えば次のようなテーマでの発信を構想しています。
• インタビューシリーズ:「ワンホン文化を生きる人たち」
• スナップ企画:「ワンホン文化 SNAP in 東京/ソウル/上海」
• 年次レポート:「ワンホン文化トレンドレポート20XX」
本稿は、cntr1にとって、これらのプロジェクトに向けた出発点となる「宣言テキスト」です。
8.おわりに ― 「ワンホン文化」を誰が語るのか
最後に、大切な問いを投げかけます。
「ワンホン文化」を誰が、どの立場から語るのか。
ワンホン本人、フォロワー、ブランド、プラットフォーム運営者、メディア…
立場によって見える景色は大きく異なります。
cntr1は、
• 中国発のカルチャーにルーツを持ちつつ
• 日本・東アジアで生活し、学び、働く立場
を活かして、
ワンホン文化を一方通行ではなく「対話」として捉えます。
これからも、本メディア独自の視点で、
ワンホン文化の現在とこれからを追いかけていきます。
さらに、ワンホンという存在は、
現在の中国の若者にとって人気のあるキャリアの選択肢の一つであると同時に、
企業と消費者をつなぐ新しい情報発信のチャネルにもなっています。
もしこの記事を読んで、
• 「もっと深く知りたい」
• 「自分の経験も語ってみたい」
と感じた方は、今後も本メディアの発信をフォローしていただければ幸いです。
これからも、本メディア独自の視点で、
ワンホン文化の現在とこれからを追いかけていきます。