「ええっ!? ・・・・・・えっと、最上さん?ソレはいったい・・・?」

事務所へ戻るなりキョーコちゃんを見つけ、笑顔で近づいた蓮が、らしからぬ大声を上げたのも無理はない。
俺も目の前の光景に、はあ?となっていたのだから。


――――――――
ウピ ウピ グワッ
――――――――


「あ。敦賀さん、社さん!(ウピッ) おはようございます。(ウピッ) 今日もいい天気ですね。(ウピピピピッ)」

「ああ、ほんとにいい天気だよね・・・じゃなくて、キョーコちゃん。ソレ。ソレはいったい何?」

相変わらずきれいなお辞儀と可愛い笑顔で挨拶してくれるキョーコちゃんに、ついいつもどおりに返事をしかけて、いやいやいやと思い切り突っ込みを入れる。

「ソレ、ですか?」

その顔に大きく浮かんだ疑問のハテナ。
えっと・・・本気で疑問に思ってる?
君の足元にまとわりついている、薄黄色い小さな固まり。・・・のことなんだけど?

俺の視線を辿るように、キョーコちゃんも目線を下げ、ようやく「ああ!」と頷いた。

「あひるの雛なんです。」

いや、それは見ればわかる。
あひるか鴨か、ちょっと迷いはしたけれど。
とりあえず、雛だってのはひと目見てわかった。
そうじゃなくて、俺が知りたいのは、なぜそれがキョーコちゃんの足元に纏わりついてるのかってことで・・・。


「あ、もしかして、先週出てた動物番組で君が育てることになったあひるの赤ちゃん?たしか・・・コーンって名前だっけ?」

動転する俺の横で、蓮が落ち着いた様子で口を開いた。

な、なに?お前、なんで知ってるの?
っていうか、キョーコちゃんが出演した番組って、お前いったいいつ見たわけ?
そんな暇・・・なかったよな?

頭の中でスケジュール帳をぺらぺらめくる。

「そうなんですっ!うわあ、敦賀さん、先週の『動物×××』、見て下さったんですか!?」
「うん。ちょうど控室で休んでいるときだったんだ。なんとなくテレビを点けたら、君が出ているのをみつけてね。」

・・・・・・嘘だろ。

『動物×××』が放送してるのって、たしか日曜夜8時だよな。
先週も、先々週も、その時間はお前、ドラマの撮影真っただ中だったはずだ。

お前、まさか・・・・・・。
まさか、キョーコちゃんの出てる番組をチェックして、わざわざ全部録画したりしてるんじゃないだろうな。
そういえば、最近新しいブルーレイレコーダーを買ったとか言ってたけど・・・。
もしかしてソレ、名前検索自動録画ができるってやつじゃ・・・。

つい、じとりと眺めた俺の視線に気付いたのか、蓮がさっと振り返る。
にこにこと満面の笑顔の中で、視線だけがキラーンと刃のように鋭く、俺の心臓に突き刺さった。
いや、抉られたというべきか?

「社さんが、ちょうど打ち合わせで席を外されてるときだったんですよ。だから、社さんはご存じないんですよね。残念。」

ひいいいいいいい。

い、言いません。
余計なことは何も言いません。
だから、そんな目で俺を見ないでくださいー。


「あまりに可愛くて、ちょうど時間が空いていたから、つい最後までみちゃったよ。」

俺のことなどどこ吹く風。
あっさりキョーコちゃんに向き直り、蓮は平然とそう言ってのけた。

「ですよね!私、もうすっかりこの子に夢中で!」

(いや、キョーコちゃん。蓮の言う“あまりに可愛くて”・・・って多分、あひるのことじゃないから。)

「刷り込み、っていうんですけど。初めて見た動くものを親だと思いこむ習性があるらしくて。ほら、こうやって私のあとをずっとついてきてくれるんです。」

いいながら、キョーコちゃんがその場を行き来する。

すると

トテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテトテ


慌てたように早足で後を追いかける黄色い固まり。
・・・いやあひるの雛。


(か、可愛いじゃないかぁ~~~~)


思わずしゃがみこんで、ツンツンとつついてみれば、


ウピッウピピッウピッ


くううううううううーーーーー。
なんだ、この可愛すぎる生き物はぁーーーーー!!!!


キョーコちゃんとの会話は蓮にまかせ、俺はしゃがんだまま雛と語り合う。

が・・・。

「いっしょにお風呂に入ったりもするんですよ。リアルあひる隊長って感じで、もう最高に可愛いんです!」

「え?最上さんといっしょにお風呂に?」

「ええ。あ、もちろん、コーンにはお湯でなく洗面器にいれたお水を用意するんですけどね。いっちょまえに、その中をすいーって泳いでみせたりして、それがまた可愛くて・・・・。」

「たしかに、そりゃもう可愛いだろうな。つい、想像しちゃうよ。」

「ふふっ。敦賀さんにもお見せしたいです。」

「ほんと?」

「ええ。・・・それにしても、私、敦賀さんが、そんなに動物好きだったなんて知りませんでした。でも、ほんとに可愛いですものね!お気持ちわかります。」

「ああ、可愛い生き物は大好きだよ。」


頭上を行き交う会話には、いろいろモノ申したい点も多いが、あえてなにも言うまい。
なあ、コーン。お前もそう思うだろ?
小さなくちばしをちょいとつつけば、

ウピピッ

と返事がくる。

だからつい、
「だよな。お前もそう思うよな。」
小さく声に出してしまった。

・・・ん?
なんかすごーく、冷たい視線を感じたような気がするけど、気のせい、だよな・・・。



「っと、いけない!もうこんな時間!これからまたこの子といっしょに収録なんです。」

慌てた口調でそういうと、キョーコちゃんはすっとしゃがみコーンを両手で包み込んだ。

「社さんも、コーンを可愛がって下さってありがとうございます。」

しゃがんだ目線でにっこり微笑まれれば、
「い、いや、ほんとに可愛いからさ。」
俺だってつい口元が緩んでしまう。
そうして俺とキョーコちゃんの間に交わされた視線が気に入らなかったんだろう。


「あっ、最上さん。こんどまた食事を作りにきてくれるかな。コーンの話も聞かせてもらいたいし。何なら、つれてきてくれてもかまわないよ。」
蓮が上から言ってきた。

まったく、小学生といっしょだよな。
すぐひとり占めしたがる、そういう態度。


「はい。ぜひ。」

立ち上がったキョーコちゃんが、まっすぐ蓮を見上げ、にっこり微笑みながらそう答える。
それを受けて妙に無表情になったその顔は・・・もしかして、照れてるのか?

いつもとは違う位置から蓮の表情を観察すると、新しい発見があって面白い。


が、キョーコちゃんはそんな蓮の様子などまったく気にすることなく
「それじゃ、失礼します!」
元気にそう言うと、コーンを抱えて駆けだしていった。

「じゃあ、とりあえず上に行こうか。」
ふうと息を吐き、立ち上がりながら、心なしかオーラの力が少し弱まった担当俳優にそう声をかけた。

「はい。そうですね。」
すっかり静かになったロビーを、男二人並んでエレベーターホールに向かって歩きだす。


・・・と。




「そういえばちょっと前にアヒル口っていうのが、流行ってましたね….。」

蓮が、ぽつりと呟いた。


は?
それ、どういう意味だ?

「れ、蓮…」


ふと頭に浮かぶオソロシイ妄想。

ま、まさか、アヒルの真似をしてキョーコちゃんのあとをついていこうとか思ったんじゃないよな。それもあわよくば風呂場まで・・・なんて。
まさか・・・な。

浮かんだ妄想がどんどん暴走しかけ、俺はぎょっとして、担当俳優の顔を見た。
すると彼は、見事に華やかな“営業スマイル”を、意味もなく俺に向けてくる。

「いやだな。社さん、そんなことしませんよ。ちょっと、イメージしてみただけです。」

うぐっ

(お、お前、今心を読んだな。俺の心を読んだよな。っていうか、イメージってなんだよ。それ。)


言葉が詰まってあたふたする俺に、蓮はそしらぬふりで言葉を重ねる。

「どうしたんですか?社さん。そんな顔をして。さ、急がないと。時間ですよ。」


有無を言わさずそう言って、すたすたと歩き始めた担当俳優の後ろを、俺は慌てて追いかけた。


・・・と、そのとき。

・・・風に乗って


『ぐわっぐわっ』


小さくそんな声色が聞こえた。

・・・・ような気がするのは、俺の気のせいだよな。



なあ、蓮。

気のせい・・・だよ・・・な。



Fin

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