成立後。キョコ1人暮らし中前提です。

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お願い、聞かせて
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「今日はどうしてもダメなんです。」

詰まりに詰まった仕事の隙間を見つけ、久し振りに可愛い恋人に会えると心弾んでいた夕刻。
ようやく仕事を終え、張り切って掛けた電話の向こうから思わぬ拒否の言葉が返り、心臓がどくんと震えた。

「どうして?急な仕事でも入った?」
「いえ、そうじゃなくて・・・。」

かすれ声で曖昧に言葉を濁す彼女に、急に不安な気持ちになる。

「何かあったの?それとも・・・俺が、なにかした?」

恐る恐る、けれど続けざまに疑問を投げる。

「あの・・・。」

ほんの僅かな間が、怖い。

「・・・なんだか風邪引いちゃったみたいなんです。」

そう言われて、ほうーっと安堵の息が洩れた。
だからつい、

「それは大変だ。それじゃすぐ看病に行くよ。なにか必要なものはある?症状は?食べられそうなものはある?」

矢継ぎ早に訊ねてしまった。


「あの・・だから、今日は会えません。・・・コホコホッ」

慌てて口を挟んだせいか、咳き込む彼女に、はっとする。
でも、飛び出す言葉をとめられない。

「大丈夫?無理しちゃだめだ。すぐ行くから。」

「だからダメですって。」

「どうして?」

「どうしてって、蓮さんに風邪がうつったら大変だもの。」

「それなら大丈夫。俺、風邪引かないから。」

「・・・うそつき。」

たしかに嘘だけど。
でも・・・。

「でも、心配なんだ。」


「あの・・・ですね。もう着替えてお布団に入っちゃってるんです。引き始めだから、あったかくして寝れば治ると思って。」

困った声でそう言われ、しゅんとした。

「そう、か・・・」

やっぱり・・・迷惑、だよね。


「蓮さんに会いたい気持ちはいっぱいあるけど、今日はダメ。明日からドラマの撮影がはじまるから、今倒れるわけにはいかないんです。それに、蓮さんも今大事なお仕事を抱えてるでしょ?」

たしかに・・・そうだ。

「でも・・・心配だよ。」

「でも、ダメです。いらしても絶対家に入れません。」

「ほんの少し、顔をみるだけでも・・・。」

しつこいかな。

「ダメ!それとも・・・ゆっくり寝かせてくれないつもりですか?」

そう言われればうなずくしかない。

「わかった・・・よ。」

「ごめんなさい。」

「いや、いいんだ。こっちこそ我儘言ってごめん。」

「ううん。あの・・・ですね。」

少しトーンの変わる声。

「ほんとは・・・、ほんとは、私もすごくすごく会いたかったんですよ。」

いつもなら、そう簡単に言ってくれない言葉を不意に落とされれば、それだけで気持ちが一気に浮上する。
なんて・・・、単純。

「・・・うれしいよ。」

思わず固まってしまうのだって、仕方ない。
・・・だろう?

「会ってぎゅってしてもらいたかったんです。」

・・・え?
君の言葉に、こっちの心臓がぎゅっとされる。

「でも・・・、次に会えるときまで我慢します。だから・・・」

「だから?」

「ひとつだけ我儘を聞いてもらってもいいですか?」

その前に投げられた言葉がわんわんと頭に響いていて、危うく答え損ねそうになった。

「・・・・・もちろん。君の願いならいつだってどんなことだって叶えてあげる。なんだい?」

「あの・・・、私、さっきも言った通り、今お布団のなかなんです。それで・・・ですね。できたら・・・。」

「うん。」

「できたら・・・寝る前に、蓮さんの声を聞いていたくて。そして、そのまま眠れたらいいな。なんて・・・。あっ、でもそれは我儘すぎるから、ほんの少しでいいんです。もうちょっとだけ、声を聞いていてもいいですか?」

愛しさが込み上げて、言葉が出ない。
その沈黙を勘違いしたように、慌てた声が聞こえる。

「あの、な、なんでもいいんです。仕事のことでも、最近見た映画の話でも。知り合った方のことでも。ちょっとだけでいいので、お話、してくれませんか?・・・安心して、眠れるように。」

そんな可愛いお願い、聞かずにいられるはずがないだろう?

いつまでだって君とならつながっていたい。
眠くなるまで、話をしてあげる
夢の国でも、俺の声を聞いていて。
俺も・・君の寝息を聞いているだけで、ほんとに幸せになれるから。

「ねえ、キョーコ。」

「はい。」

「俺にとって、君のお願いで我儘すぎることなんてひとつだってない。今までも、これからも。ぜったいにない。だから、いつも今みたいに素直に何でも言ってくれないか?」

「でも・・・。」

「でも、じゃなくて、はいって言葉を聞かせて。」

「・・・はい。」

ちょっと困ったような、でもどこかに嬉しさの滲む声が聞こえる。
それから少し間を置いて、

あふぅ・・・

小さなあくびの音がした。

「なんだか、こうしてお話してるだけでも、眠くなってきました。蓮さんの声を聞いてると、なんだかとっても安心するみたい。ありがとうございます。」

ありがとうって言いたいのは俺のほう。
君がいてくれるから、こんなにやさしく、温かい気持ちでいられるんだから。

「じゃあ・・・、このまま眠れるように、俺が小さい頃いつも聞かされていた子守唄を歌ってあげる。」

「ほんとですか?」

「歌はあんまり得意じゃないけど・・・いいかい?」

「もちろんです。・・・うれしい。」


*


やがて、電話線を通じて流れ出す英語の子守唄。
ゆったりと穏やかに口ずさまれるその旋律が、キョーコの身体を毛布のように温かく包み込む。
それは、ただやさしさに満ち溢れていて・・・。
その心地よさに導かれるように、キョーコはゆっくりと目を閉じていった。


「いい・・・歌・・・ですね。私、この歌、すごく好き・・・です。」

眠気が強く襲ってきたのか、たどたどしく語られる言葉。

「それに・・・蓮さんの声も・・・、好き・・・。蓮さんが・・・すごく・・・好き・・・。」

蓮の鼓膜を撫でるようにやさしく入り込んでくるその言葉。
そして、その後に聞こえてきた、すぅーすぅーという規則正しい寝息に、蓮はそっと耳を寄せる。



そうだ。
今から、この曲が流れるオルゴールを買いに行こう。
そして、君の大好きなイチゴといっしょに、玄関ドアにそっと掛けておこう。


それくらいなら・・・きっと、君もゆるしてくれるよね?




切れない電話を片手に、蓮はやさしく微笑んだ。





Fin

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