2022年JAF全日本ダートトライアル選手権第3戦

「DART-TRIAL in NASU」

(丸和オートランド那須)

 

旅の途中

 

 

 

CMSC選手結果および各クラス結果(CMSCブログ)

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「大会のひとコマ」(CMSCブログ)

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大会情報  https://dirt-nasu.com

リザルト https://dirt-nasu.com/wp-content/uploads/2022/04/20220424result.pdf

 

 

「旅の途中」

PART1 人物編

 

今回も行きに寄り道をして親しい友人を訪ねました。 

お忙しい中お相手頂きありがとうございました。

 

 

1 埼玉県白岡市の三角武史さん 細井元さん 安東貞敏さん

 

 

 

 

 

 最初は3人で撮影。

 

 

せっかくだから近くの安東さんも呼んでしまいました。

 

 

2 群馬県館林市の谷田川敏幸さん

 

勤務中なのでネクタイ姿で出迎えてくれました。

 

 

工場内

 

 恋の浦以後の車のメンテは終了していました。

 

前の競技車はスペアカーとして待機。

 

 

商売道具のトラックは全部で30数台。

 

地元丸和は「打倒!炭山裕矢」で燃えましたが、惜しくもJD1クラス2位でした。

 

 

3 栃木県佐野市の亀山晃さん 

 

 

ちょうど車のメンテが終わったところでした。

 

 

 

 お客さんのエボⅩを架装中

 

 

事務所内

 

 最後は仕上げの洗車。

 

丸和はJD1クラス3位でした。

 

 

4 栃木県宇都宮市のCMSC栃木・赤羽政幸さん

 

     

 

 

来客中でした。

 

日曜日には丸和までメープルスポーツ選手の応援に来ました。

 

赤羽さんの奥様隆子さんからお手製の食パンが丸和まで届けられました。

美味しく頂きました。

 

 

 

「旅の途中」

PART2 観光編

 

途中で名所旧跡を訪ねるのも楽しみの一つです。

 

 

1 おくのほそ道の風景地 草加松原 (埼玉県草加市)

 

 

 現在634本ある松の中には、江戸時代からの松の古木が60本も残っています。

 

 

 

松尾芭蕉も歩いた日光街道 

 

  

松尾芭蕉像 

像は右手に杖を持ち左手で笠をかけ、友人や門弟たちとの別れを惜しむかのように、

千住方面を振り返る「見返りの姿」です。

 元禄2年(1689年)3月、江戸深川を船出して千住に向かった芭蕉は、

そこで見送りに来た人たちに別れを告げ、日光街道の2番目の宿場町・草加にたどり着きました。

しかし芭蕉は草加に泊まらずその先の春日部で泊まったそうです。

 

河合曽良像      

曽良は奥の細道の旅に随行した芭蕉の門人です。

 

 

松尾芭蕉文学碑

 

「ことし 元禄 二とせにや奥羽 長途の行脚  只かりそめに思ひたちて 

呉天 に白髪 の恨みを重ぬといへ共、耳にふれていまだめに見ぬさかひ若生て帰らばと 

定めなき頼の末をかけ其日  漸早加と云宿にたどり着にけり 

痩骨の肩にかかれる物先くるしむ 只身すがらにと出立待るを 

幣子一衣は夜の防ぎ ゆかた 雨具   のたぐひあるはさりがたき餞などしたるは 

さすがに打捨がたく路次の煩となれるこそわりなけれ」

西村本 「おくのほそ道 」より

 

奥)ドナルドキーンお手植えの萩

    左)「月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり。」

 

 

矢立橋(やたてばし)

 

 百代橋(ひゃくたいばし)

 

百代橋から見下ろした松並木

 

 

大名行列タイル

 

正岡子規句碑「梅を見て 野を見て行きぬ 草加まで」

 

 高浜虚子句碑「順礼や草加あたりを帰る雁」 

明治27年3月、子規は虚子を誘って千住~草加~西新井を散策しています。

公園内にある句碑に記されている俳句は、この旅で二人が詠んだものです。

 

 

草加は草加せんべい発祥の地(おせん公園)

 

 

 

 

2 忍城(おしじょう 続日本百名城 埼玉県行田市) 

 

 

 

戦国時代は城の回りは沼地でした。

石田三成は秀吉の関東平定の命を受けて忍城を水攻めしましたが、守りが固く失敗に終わりました

 

 忍城跡の石碑

 

 本丸跡の石碑

 

 

本丸土塁

 

本丸下の堀は一部埋め立てられて遊歩道

 

 

3 さきたま古墳群 (埼玉県行田市)

 

今から1300~1500年前=6~8世紀に造られた9基の大型古墳が現存し、関東有数の古墳群を形成しています。

正面は丸墓山古墳(円墳】

 

 

 

 

稲荷山古墳(前方後円墳)

 

丸墓山古墳頂上への階段 

丸墓山古墳は直径が105mで高さが18.9mもあり、日本で2番大きな円墳と言われています。

 

 

丸墓山古墳頂上から南方面を見た景色 右手奥には将軍山古墳 その左側には稲荷山古墳

 

  丸墓山古墳頂上から南西方面を見た景色 正面緑が二子山古墳

 

 3キロ北西に忍城が見える。

石田三成が忍城を水攻めしたとき、丸墓山古墳頂上に陣を張って忍城を監視したと言われています。

 

 

 

石田堤(丸墓山古墳の直ぐ脇) 石田光成が忍城を水攻めしたときの堤の一部。

 

周囲には今でも沼地が残っている。

 

目指せ世界遺産

 

    この地は昔埼玉村(さきたまむら)と呼ばれていて、埼玉県の名の発祥の地です。

 

 

4 メスティンご飯

 

今回も木々が芽吹く新緑の景色を眺めながら、道端でバーナー2機を使いのんびり食事しました。

 

メスティンご飯にはちりめん山椒が合います。

 

 食後には季節がら柏餅を食べました。

 

 

 

5 レカロシートで車中泊

 

レカロシートで車中泊も慣れました。ホールドがいいから快適です。

 

 

レカロシートはシートバックを倒すとシートクッションとシートバックの段差が大きくて、

寝るにはお尻が沈んでしまいます。 

   

 

枕をシートクッションに置いて段差をなくすのがコツです。