2019年JAF全日本ダートトライアル選手権第1戦
「DIRT-TRIAL in NASU」
旅の途中
1 3月14日(木)自宅を出発


① 全日本ダートトライアル第1戦にメディア申請しました。受理されて早々とパスが届きました。今年も全日本ダートトライアルには全10戦フル参加の予定です。
② 選手が第1戦に向けてマシン(競技車)を整備するように、メディアもマシン(カメラ)をメンテ。この際中古ですがボデイ(D3)とレンズ(24~70mm)を買いました。(一番右のセット)

③ それでは栃木県丸和オートランド那須」に向け、エボ10で出発。
2 埼玉県白岡市 「キャナス」

① オーナーの三角武史さんとは1999年以来の付き合い。小生がパリダカでモーリタニアに行くとき、モーリタニアでのNGOボランティア活動の経験から現地情報のアドバイスをしてくれた人。元々はラリーが趣味で、4WDブーム先駆けには国内、海外のオフロードレースやラリーレイドに多数参戦した事もあるベテランメカニック・ドライバー。


②③ 現在の自動車整備工場のお店は16年前にオープン。


③④ 丁度お昼時、キャナスのテクニカルアドバイザーの細井元さん(左)も来てくれたので、そば屋でモータースポーツ意見交換をしながらのランチミーティングとなりました。
3 栃木県足利市「ツルガイ理容室」


①② 14日(木)の最終地は足利市の「ツルガイ理容室」。鶴貝勲さんとは小生が大学自転車部の北海道夏合宿のとき、同じく自転車旅行中の鶴貝さんと網走駅前で出会って以来の長い付き合い。年1回は足利まで散髪に行きます。散髪が終われば夕飯をご馳走になり、そのまま民泊しました。


③ ビフォー 左が鶴貝勲さん。 ④ アフター


⑤ 翌朝 近くの八雲神社にお参り。森高千里の「渡良瀬橋」の唄に出てくる神社です。
➅ ついでに「床屋の角にポツンとある公衆電話」にも立ち寄りました。この床屋は「尾沢理容店」 残念ながら「ツルガイ理容室」ではありません。唄のおかげでNTTも公衆電話BOXの撤去を中止しました。
4 名水百選「出流原弁天池湧水」と佐野名物「いもフライ」


① 足利を後に、途中佐野市の出流原弁天池で一休み。
② ここの湧水はとてもきれいで、環境省が選んだ「名水百選」のひとつです。



①②③ 佐野名物はラーメンがありますが、「いもフライ」も有名です。小腹がすいたので一串頂きました。
5 蔵の街 栃木市



①②③ 栃木市は江戸時代から日光例弊使街道の宿場町として、また、江戸との舟運で栄えた問屋町として北関東の商都と呼ばれていました。市内には今でも往時を偲ばせる建物が多く残り、「蔵の街」として人気があります。


④⑤ 巴波川(うずまがわ)幸来橋近くで、地元の岡澤正一さんが切り絵を製作中(コピーを販売)。モノクロが歴史ある蔵の街の味を出しています。
6 珍車 プリウスストレッチ


①② 鹿沼市内でプリウスストレッチを見かけました。良く見るとご遺体搬送車。運転してみたいが後ろにはあまり乗りたくないです。
7 松尾芭蕉 奥の細道 ゆかりの地
7-1 鹿沼市光太寺

① 光太寺


② 鹿沼市光太寺 芭蕉翁像
元禄2年(1689年)3月27日(旧歴)江戸深川を出発して奥の細道に向かった松尾芭蕉は、3月29日鹿沼宿の光太寺で3泊目の宿を取りました。 翌朝この寺で新しい笠に換えて日光に向かいました。
③ 芭蕉笠塚 「芭蕉居士 嵐雪居士」と彫られています。
7-2 塩谷町玉生


①② 塩谷町玉生「「芭蕉一宿之跡」の石碑
芭蕉は日光街道を歩き4月1日に日光を参拝後、4月2日黒羽に向かう途中激しい雷雨に遭い、玉生宿の名主の家で一夜を過しました。その屋敷跡にこの碑が建てられています。

③ 玉生にはもう1か所「芭蕉一宿之跡」の石碑があるとのこと、必死に探したが見つからず、地元の郷土歴史に詳しい早坂久さんに出会い、「奥の細道芭蕉翁の遺跡」と書かれた石碑の場所にたどり着きました。何と「芭蕉一宿之跡」の石碑のすぐ隣、100mと離れていない空き地でした。
7-3 太田原市黒羽町「雲厳寺」



①②③ 芭蕉は、下野国の黒羽藩・城代家老の家に招かれ、奥の細道の旅程では最長となる14日間も黒羽に滞在しました。そして古刹・雲厳寺まで足を延ばし、「木つつきも 庵はやぶらず 夏木立」の句を詠んでいます。
雲厳寺は吉永小百合さんが出演、2018年オンエアされたJR東日本のCM「大人の休日倶楽部」の撮影場所とあって、最近は訪れる人が多いそうです。