1月17日 My Birthday



20年前の震災の事は、


一生、忘れないでしょう・・・。


亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

皆さん、ファンキーしてますか?



先日、新しい心療内科へ受診(初診)に行って来ました。

(今のクリニックで全く症状改善されなくて・・・)


前に、「病歴(職歴)と現状の症状と原因」を、

書面にまとめたものがあるので、それも持参して。

口頭だけだと、訳分からなくなりそうだし、
話の手間が省けると思ったから。

今回はセカオピ前の相談のみで、処方はナシ。



結論から言うと、その先生の見立てで(診断結果)は、


鬱病ではなく・・・



双極性障害(そう鬱病)Ⅱ型」 との事。



元々の性格や、

・神経質・まじめ・責任感強い・自信過剰

・積極的・リーダー気質・優しいけど怒りっぽい


言動、職歴(仕事の仕方)、

これまでの病歴(症状)を踏まえると、


ただの鬱ではないとの事。


確かに、言われた事はどれも該当して(当てはまって)いた。



一瞬、マジか・・・?と思ったけど、

逆に何だか腑に落ちたような、
気が抜けたと言うか、気が楽になった感じ。



なので、


「今の薬では改善しない」とも言われ、
「必ず良くなるから、こちら(私=医師)に任せて下さい。
あなたは必ず、また以前みたいに仕事が出来るようになります」


と言ってもらいました。



と言う事で・・・


セカンドオピニオンします。


今度、現クリニック(医師)には紹介状を依頼します。



以上、実は「そう鬱」でした。みたいな





皆さん、ファンキーしてますか?

珍しく真面目な投稿です。
良ければ一読下さい。


私の息子は、発達障がい(自閉症)で、
現在、特別支援学校高等部1年生(15歳)です。


うちは幼少期、特に療育?という事をしなかったです。
(その頃にはまだそういう所が少なかったと記憶しています)

私も仕事人間で休日出勤も多かったし、
息子が2歳の時には、娘が産まれたので、
元嫁も息子が2歳~5歳くらいまでは、
なかなか付きっきりでいられなかったと思います。
(これは経験されている方も多いと思いでしょうね)


だからではないけど息子には、
自由に伸び伸び好きな事を好きなようにさせてきたつもりです。
(少なくても私は。元嫁は分かりません)



何が言いたいかというと、


息子が幼少の頃もそうだし、
発達障がいについて本格的に情報収集や勉強したり、
この歳(41歳)で福祉分野へチャレンジした今でも、

恥ずかしながら15歳の息子の事を、
まだまだ理解してあげられていないダメ父だと思います。

(だから「東田直樹」君の番組や書籍、生き方、
母親の支援に強く興味を抱いたのかもしれません)



なので今は、息子に対して、

「どうしたらもっと理解できるだろうか?」
「どういう支援ができるだろうか?」
「どうしたら息子の性格や特性が伸ばせるだろうか?」
「どうしたら成人して(社会に出て)仕事ができるだろうか?」

日々勉強、模索中です。


一緒に暮らしている時には、
残念ながら一度も「好き」と言われた事はなかったけど(娘にも)、
離婚して離れて暮らして、
初めて子供達の「大切さ」や「私の支え」になっていたんだと実感してから、
私が変わった、(話し方や接し方や気持ちが伝わった)のかは分かりませんが、


初めて二人に「好き」って言われ、

「ママよりパパと暮らしたい」と言ってくれました。

今は、一緒に暮らせない(離れている)事が、
とてもとても歯痒くて悔しいですけど、
その子供達の「気持ちに応えたい」「恩返しがしたい」強い想いを持って、
子供達と会った時にはその気持ちと想いで常に接しています。



最後に。


ただ息子に対しては昔と変わらない想いがあります。

それはこれからも、息子のしたい事、

興味のある事を自由に伸び伸びとさせてあげる事です。

そして私が「決意・決断」したのは、


鬱と向き合いながらも、どこまでできるか分かりませんが、
息子が自由にできるような支援と、
将来息子がしたい(なりたい)仕事への支援をしてあげる事です。



これが私の愛する子供達(愛息子・愛娘)への、
今の「想い」です。



日々「感謝」の気持ちを忘れた事はありません。


これから先もずっと・・・。



長文失礼いたしました。
最後まで読まれた方、ありがとうございました。感謝