センテンス多めでございます。記事にしなくてもいいことを記事にしたので、お時間のある時に。私の記録です
キッズルームで「ドラえもん」を見る娘
私、2006年11月末に娘を出産しました。ぶっちゃけますけど、人生で初めて避妊しなかったら一発で妊娠したってやつです
もちろん、そろそろ子供がいてもいいかなぁと思っていたので、嬉しかったです
マジで生理が来ないよ!って、旦那と騒いだことを昨日のことのように覚えています
その後の妊婦生活は、悪阻がゼロで(ちなみに母も姉も悪阻がなかったので体質かな)、とっても楽チンな日々でした
だからか、出産後はうつ病寸前(いや、患ったかな)くらいまで苦しみました、、、
それまでの人生が単純で順調だっただけに、困難に打ち勝つ能力が備わってなかったんでしょうね(笑)
以前、娘の成長記録の記事にも書きましたが、娘が2才半になるまで暗~い生活を送っていたんですよ
昔から子供&赤ちゃん大好きな私なんですが、「赤ちゃん育て」にかなりビビッてしまい、娘は一人っ子ほぼ確定でした
もう妊娠はないなと、私も夫も近しい親族もみんなが思ってました。そんなことしたら、ほんとに私が病気になるでってね
もちろん、そんな行為も産後はずっとなく、夫から「僕たちはセックスレス夫婦」っていうメールを貰ったくらいでした
娘が2才を過ぎた頃から、周りのお友達はぽこぽこ第二子を出産していきました
やっぱり赤ちゃんは可愛いくて、癒されましたよ~
でも心の中では、「スゴイ勇気あるよなぁ。あの超しんどい赤ちゃん育てをまたするなんてぇ、素晴らしい~」と
時の流れは不思議で、そんな私も生意気にも赤ちゃんが欲しくなったりして、、、女の本能なのか、何なのか
変な言い方だけど、娘に妹か弟を作ってあげたいなと、、、
もっと正直な言い方をすると、娘の時に全く楽しめなかった「赤ちゃん育て」を、次こそはお気楽に楽しんでやりたいと、、、
自己中で申し訳ないけど、「私にも出来るやーん」と思いたいのかも。でもこれ、偽りのない正直な気持ちです
前置きが長過ぎた
昨年の秋くらいから本気で「赤ちゃんが欲しいかも」と思うようになり、夫とも話をして、子作りをスタートさせました
なんとなく、きっとまた一発で授かるだろうと思っていたんだけど、もちろんそんなにうまくは行かず、、、
でも、3回目で検査薬の陽性反応が出ました。いよいよ妊婦かぁと気合が入ったりしておりました
先走り過ぎて「授乳服」をネットで検索したりして、、、自分でも笑えます、、、
※娘は混合(途中からはミルクonly)で育てたので、次は母乳で育てたいんです※
第一回目。雨の日に、娘とバスに乗って行く。何年か振りにエコー写真を貰って、とりあえずの確認が取れてホッと一安心
第二回目。娘の幼稚園での保育中に、ひとり自転車で行く。ところがドッコイ、なんだか小さいなぁと言われてしまう
第三回目。春のような暖かな日に、ひとり自転車で行く。やっぱり前回と全く変わってない、、、育っていない、、、
よく耳にはしていたけど、まさか自分がなるとは、、、と不思議な気持ちです
残念なことに、今回の妊娠は「稽留流産」となりました
産院の先生は「6回に1回は起こるくらいの確率です。あまり深く悲しまずに次に臨んで下さいね」と仰いました
幸いなのか、胎嚢に赤ちゃんらしき姿を私が目で確認することなく終わったので、あんまりぴんと来ない感じでもあります
ほんとに残念だけど、ショックで、悲しくて、涙が止まらない、、、ということはないです。私、冷たい人間かな
きっと何をしたから流産になったというものじゃなく、染色体の話なので私にはどうする事も出来なかったのだし、、、
なんだか自分の潔白を必死にアピールしている、、、ちっこい人間、、、
落ち着いて、素直に、先生の言葉を受け入れようと思っています
自然に出血するのを待ってもいいそうなんだけど、親の勝手な計画で、出来れば来年の3月までに第二子を出産したいので
来週の火曜日に手術します。ちょっと怖いけど、大丈夫だよね、、、
妊娠報告の記事を書くのを楽しみに過ごしていたら、流産報告の記事になっちゃいました、、、人生って、いろいろありまんな
数ヶ月後に、今度こそ妊娠報告の記事をUPできるよう、健康な日々を過ごしたいと思ってます
今夜、aikoが「カブトムシ」歌ってました。懐かしい、私が社会人一年目に流行った曲です
生涯~忘れる~ことはないで~しょぉ~、、、あぁ心に沁みます