ご無沙汰しております。
クリスマスに・・・。

みなさん 素敵なクリスマスをお過ごしでしょうか?
クーパーが空へ旅立ってからは
時がゆっくり ゆっくり流れているように感じます。
昨日、クリスマスイブには
主人がクーパーに鶏の丸焼きをたんとたべさせてあげたい・・と思い
近くに、せっかくオープンしたコストコで整理券なんぞをもらいながら
苦心して買ってきました。
クリスマスのコストコってこんなに大変なんだ・・・と初めて知ったのでした。(笑)
そして苦心して買ってきたこの鶏さんは・・・
クーパーの代わりにムニエルがウハウハと、ものすごく喜んで食べていました。
ムニが食べているのは、クーパーが食べているのと同じだと思いながら
ムニの食べる姿に元気をもらった私たちでした。
四十九日はだいぶ過ぎてしまったのですが
今日午後3時すぎに
家族みんなが集まって無事に納骨を終えました。
昨日クリスマスイブを私たちと過ごし・・・
今日のクリスマスは
クーパーが大好きなゴンちゃんとぷっちゃんと賑やかに楽しく
クリスマスパーティーをしてくれていると思います。
去年、ぷっちゃんが旅立った時に
家族みんなで手作りで作った裏庭にあるお墓は
私のキッチンの窓から、いつも見えて声をかける事ができます。
毎朝、毎晩ぷっちゃんとゴンちゃんに話しかけていました。
クーパーはぷっちゃんとゴンちゃんとブルドッグのキャンディーと一緒だから
寂しくなくて良かったね!
納骨後・・・
母が準備をしてくれて、ささやかなクリスマスパーティーをしました。
そして 食後に
クーパーとゴンちゃんがドッグスクールに通って
私たちと共に訓練していた8年前のビデオを観ました。
若いクーパーとゴンちゃん、懐かしくて かわいくて 楽しんでいる姿に・・・
いっぱい、いっぱい元気が出ました。
最近クーパーがこの家で私たちと一緒に時を過ごしていた事が
奇跡だったんじゃないか・・・と思う事があります。
クーパーに出会えて本当に幸せでした。
納骨が終わって、少し一区切りできました。
ちょっとした事で悩んだり、くよくよしていた私でしたが
クーパーがいなくなってしまった事に比べたら
こんなちっぽけな事、大した事じゃないか・・・って思ったり
少し強くなってきた自分を感じるようになりました。
いつも心の中にいるクーパーに話しかけながら
一歩ずつ 少しずつ歩いています。
みなさん 今年一年ありがとうございました。
良き年をお迎えくださいませ・・・・。
クーパー また逢おうね。

結婚してすぐに我が家に来たクーパー・・・
こんな風に、すっとぼけた顔をして宇宙人みたいな子でした。
仕事が忙しい主人は毎晩、夜中帰りで、社宅でクーパーと二人きりで過ごす毎日でした。
私の旦那様は、もしかしてクーパーなのでは?・・・と思うことも(笑)
それくらい主人といる時間よりもクーパーと過ごす時間のほうが多かったように思います。
ブログでは、ダンディーシニアの名でお馴染みのクーパーでしたが
実は、若いころは本当にやんちゃで悩んだあげくドッグスクールまで通ってしまいました。
ドッグスクールでは、ご褒美のおやつが楽しみだったのと、頭も意外と良かったので
しつけもすぐに覚え、見違えるほど変わったのでした。
それは・・・
クーパーが学んだ事もそうですが
一番は一緒に訓練を受けた私たちが変わらなくてはいけない!・・・と
勉強させられた事でした。
クーパーにとって、しっかりとしたリーダーになっていなかった事が原因でした。
クーパーから色々な事を学んだ未熟な私たち夫婦でした。(今でも未熟ですが・・・)
おもちゃで遊ぶことも大好き・・・
13歳半くらいまで、頭を使いながら遊んでいました。
お散歩も大好き・・・
でも、一番好きだった事は、食べる事でした。
食べる? ごはん?の言葉が大好きでした。
人から出されたものは、疑うことなく何でもよく食べて・・・
薬までも、苦労した事はありませんでした。(笑)
そんなクーパーが亡くなる3日前の発作から
なかなか思うように食べれなくなってしまった時・・・
ものすごく寂しい気持ちになった事を思いだします。
でも・・・
食べる事が大好きなクーパーが食べれなかった日が、たったの三日だけで本当によかった・・・(涙)
脳腫瘍が発覚した最初の発作から、約8か月間の闘病生活・・・
計4回の放射線治療・・・
毎日飲まなくてはいけない発作をおさえるものすごく苦い液体のお薬・・・
一生懸命に生きるために、大丈夫だよ!ぼく・・・という顔で頑張っていました。
夜中は体の機能が低下する事もあって
脳腫瘍の影響で、たんの調節ができなくなり、ねばねばした液が喉にはりついてしまい
せきをしたり、ゼーゼー ゼーゼー苦しく
眠れないときもありました。
発作の前後にゼーゼーがひどくなるために
いつも いつも・・・ どうか発作が起きませんように・・・と
祈るような思いで毎日を過ごしていました。
10月に入ってからは
急に歩くことができなくなってしまったり
それと同時にせきやゼーゼーする事が、いっそうひどくなってしまいました。
心のどこかで・・・
もしかしたら14歳のお誕生日は迎えることができないかもしれない・・・と
思うようになっていました。
でも・・・
信頼できる病院の先生の適切な処置と、励ましで
少し楽にしてもらいながら・・・
みんなに支えてもらいながら・・・
14歳のお誕生日を迎えることができたのでした。
クーパーが私たちをできるだけ悲しませないようにするために
お誕生日までは頑張るぞ!!って辛い体で過ごしながら精一杯思ってくれていたのでしょうか?・・・
お誕生日会を無事に終えた夕方
クーパーを20分くらい抱っこしながら
母と私とクーパーの3人で、楽しかった思い出話をしました。
クーパー いつもそばに寄り添ってくれてありがとう・・。
クーパーがいてくれて本当に幸せだよ・・・
14年間楽しいことも辛いこともよくがんばってきたね。
クーパー
クーパーが辛かったら
もう頑張らなくても良いよ・・・
ゴンちゃんとぷっちゃんにお願いしておかなくちゃいけないかな?・・・
そう声をかけた後
カートに乗せて、やっとねむりについたクーパーでした。
その数分後
苦しむことなく、眠ったまんまの穏やかな姿で
旅立って行ってしまいました。
私もこんなふうに逝きたいと思うような最後でした。
クーパーは私たち夫婦にとって最高におもしろい大切な家族でした。
毎日がクーパー、クーパーの日々でしたので
姿がない事が信じられず
今でも クーパーここでこうしているよね!と主人と二人で姿を思い浮かべてしまいます。
旅立つ前に・・・
クーパーがいなくても・・かあさん頑張るから、心配しなくていいからね!と
約束したので
クーパーがお空から私を見て、はずかしい思いをしないように
前を向いて歩いて行こうと思います。
また逢おうね・・・・ クーパーちゃん。
クーパーと二人三脚で書いてきた日記
つたない文章を読んでくださったフレブルシニアニュースの視聴者のみなさん
ありがとうございました。
機械音痴な私に、クーパーが教えてくれたブログでした。
クーパーのかわいい弟分のペコちゃんも立派なシニアで
一日一日を大切に過ごしているので
また 気持ちを整理しながら
ブログもやっていこうかな・・・と思います。






















