どうしても気になったので、覚書程度に記述。
先日テレビ放送で、コドモの生活云々と、食事、家庭、という絡みで
番組放映がありました。
そういうことに関心をもち調査しているその道の方が、
現地調査をしていた、その一部の随伴ルボ風味仕立て。
場所は中国。
ひとりっこ政策が長いのと、高度経済成長とでますます学力重視に
なっている、ちよっと日本とは周辺事情が違うアジアの国。
ひとりっこ政策下のコドモがそろそろ二世代にわたっているので
ひとりのこどもに両親と両家の祖父母の
期待と関心が大学生になるくらいまで
(場合によってはそれ以降も)
四六時中「きらーん」と光っている。
それが一般的になっているなどは日本と事情が違う。
それはオプションだとして、その方(60代の女性、お孫さんもいるようでした)は
スーツに身を包み、主に上海あたりを軸に、現地の方々、そのみち系(肩書きあり)の方や
一般的(しかし平均年収の三倍以上の年収家庭は特殊だろうよ)な家庭を訪問し
(数時間なので、それはあくまで「訪問調査」では・・)、公立の小学校(統一の制服名残ありでした)で
「夕食のときの絵を描いてください」調査をしていました。
食事風景の描画課題の調査、というのは、信憑性があるので頷けました。
それ以外のは、なんかちょっと。。
ブルジョアの範疇を出ていない調査だなぁ。。という感がぬぐえませんでした。
私は昨年「食べるとはなにか」ということについて、
食事の意義、心身の発育や社会性とのかかわりを
調べました。そういうのがテーマで卒論を作りました。
だから、とっても関心があり、興味深く、番組をみていました。
うがった言い方ですが、
ちょっと。。「あまい」というか、個人的にはいろいろと
つっこみが入るような感覚が最後までぬぐえませんでした。
一番ひっかかったのが、
年収が平均の三倍近い御家庭を「一般的」という
扱いにくくり、そのご家庭でのケース(あくまでも、そのご家庭の事情)しか
紹介しなかったこと、それだけで「一般的な中国のご家庭では」
という進め方やまとめ方をしていたこと、それに対して
番組も、調査しているご当人も、まったく違和感がない感じだったこと。
あとでわかりましたが、
調査されていた女性、この方ご自身が、相当にブルジョア。ozz
御家庭でも「腕をふるって」高級レストランのような
メニューを、特別な日(記念日、パーティー)のために
調整している、それを「日常のこの方の姿」として紹介
感覚的に相当に製作サイドもずれているんじゃんと確信 orz
中国の事情は複雑で、多様なので、
どこをきりとって「標準・一般的」とするか、
そのさじ加減は、日本なんかの比較にならないくらい、
難しくデリケートなことです。 現地に行ってみて
それがわかんないって相当に特化されてるどうかしてる。
(どこをみとんじゃ!というのが正直な気持ち)
番組中で「一般的なご家庭は、家政婦さんを雇い、
その方に夕食を作ってもらい、家族揃って食事をします。」
と言い切った、言い切ってた、断言したよ。。
それはあくまで、その調査協力してくださったご家庭のケースでは。orz
また、そこで「理想的、すばらしい!」と絶賛していたクダンのセンセイ。
私は、家庭にずっといる人が
次世代になる子どもたち(または)とともに
少なくとも「目の前」で、調理して、食事をともにして、
一連の体験を日々繰り返していくってことのほうが
重要だと思うんですが、そこんとこは欠落していても
かまわないのかしら。
そこの家政婦さんは二時間しか勤務してないって言ってたよ。。
「栄養バランスへの配慮が素晴らしい」と絶賛していました。
ああそうか栄養学のほうに関心がありますかセンセイ。。。
私は、「一連の食事に関する文化」が、
極化 または特化 されてしまう素養を含んでいるような、
そんな気がして、「二時間だけ勤務の家政婦さんが
食事を用意してくれるのを雇い主家族全員で戴く図」には
手放しでの賛同はできかねたよ。
その日常の繰り返しには、
以下のような落とし穴がある気がして、不安だったけどなー。
◆食事の支度を自分でできる
というのが、
裕福な生活水準でないファミリーだから
または、「別途、資金や時間を工面して「学んできました」という、
特殊なケース、「食事の支度を身につけたスペシャリスト」である
という図式・階級化、にならないかの懸念。
(「食べる」っていうのは生きていくうえでは避けられない、
それゆえ「普遍であるべき」だと思うのが私の持論)
◆食事に関する文化が、蔑視される素地にならないかの不安。
そこのとこの視点がまるっっきりなかったのが
かなりショックでした。orz
あの11歳のオンナノコは、野菜の炒め方とか
スープの作り方とか、身についているのだろうか。。
一生涯、自分で食事の支度や手配をせずとも
安泰に暮らしていける保障があるなら
それもまた人生のひとつですので「よけいなお世話」を
承知ですが、
ゴハンの作り方を知る、っていうのも
楽しくていい体験だ、と思うのが私の持論。
一般人からみた疑問でした。
(描画で心理分析や家庭環境の推測云々は、いろいろと
信憑性もあり、頷けるところがありました。そこは鋭かったと思う。)
私は、ものごとの視点ポイントがすべて合致するパーソナルは
この世に複数はいないとわかっちゃいるけどもさぁ。
でも、ベタ褒めだっただけに、なんだかなぁ。
(ぶるじょあに庶民の感覚はわからないってこれか、
ダブル異文化だ!と、別の方向で痛感)
そのセンセイのくちからは、「食育」のハナシもでていたけど、
食育と、私の「懸念」とが、微妙にずれていたのを
昨年感じたが、その具体例のひとつなんだなぁ、と思いました。
肝心の番組名称は失念しました。orz
(これは批判ではないです、疑問点がでただけ)