井戸端会議
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開けられました

久しぶりに食パンを食べました。買ったのはもう1ヵ月ほど前で、そろそろ食べきらないといけないなと思いながらも、なんとなくタイミングを逃してしまっていたものです。袋を開けてみると、まだ見た目は大丈夫そうで、少し安心しました。せっかくなら、そのまま食べるよりも何かをつけて楽しみたいと思い、キッチンの棚を眺めていたときに、そういえばマーマレードを買っておいたことを思い出しました。瓶入りの、あの少し上品な香りがするタイプです。

ところが、その瓶の蓋がどうしても開きません。最初は軽く回してみて、「あれ、ちょっと固いな」くらいに思っていたのですが、力を入れても全く動く気配がありません。両手でしっかり握って回しても、まるで蓋が瓶と一体化してしまったかのようにびくともしませんでした。こうなると、意地でも開けたくなるものです。

そこでAIに「どうしたら蓋が開くのか」と相談してみました。返ってきた答えは三つ。

1. ゴムのようなものでグリップを強くして回す
2. 蓋の隙間に空気を入れる(マイナスドライバーなどを使う)
3. 温める


どれももっともらしく、どれか一つは成功しそうな気がします。まずは2番目の「空気を入れる」を試してみました。スプーンの柄の部分を蓋の縁に差し込んで、てこの原理で隙間を作ろうとしたのですが、手応えがありません。空気が入っている感じもなく、ただスプーンが少し曲がりそうになっただけで、結局うまくいきませんでした。

次に試したのが「温める」方法です。これは昔からよく聞く方法なので、期待を込めて瓶をしっかり温めました。沸騰するくらいのお湯にしばらく浸けて、蓋が少し膨張してくれるのを待ちます。そして、満を持して蓋を握り、全身全霊を込めて回しました。手が痛くなるほど力を入れ、もうこれ以上は無理だというところまで頑張ったその瞬間、「コッ」という小さな音がして、ついに蓋が開きました。

思わず「やった!」と声が出そうになるほどの達成感でした。長い戦いの末に勝ち取った勝利のような気分です。

これで「めでたしめでたし」といきたいところですが、実はその時点でパンはすでに食べ終わっていました。マーマレードをつけるために頑張っていたはずなのに、気づけば空腹に負けて、何もつけずに食パンを2枚食べてしまっていたのです。

とはいえ、食パンはまだ半分ほど残っています。次に食べるときには、無事に開いたマーマレードをたっぷり塗って味わおうと思います。もし蓋が開かなかったら、マーマレードは捨てるしかなかったので、それを避けられたのは本当に嬉しいことです。物を大切にするという意味でもそうですが、「やろうとしたことが失敗に終わる」という悔しさを味わわずに済んだことのほうが、より大きな喜びでした。

もちろん、食べ物を無駄にしなかったことも大事です。次に食べるとき、マーマレードを塗った食パンがどんな味になるのか、今から楽しみで仕方ありません。

久しぶりの食パン。トースターの操作がおぼつかなく黒こけに。


開けることができたマーマレード。


荷物が届きました

宅配の荷物が無事に届きました。昨日、「当方宛ての荷物がある」という通知メールを確認したのですが、その時点では発送元がどこなのか、はっきりとは分かりませんでした。メールには発送場所情報が書かれていたものの、曖昧で判断がつきません。ただ、毎年この時期になると必ず荷物を送ってくるところがあるので、今回もおそらくそこからだろうと、半ば経験則のような感覚で受け止めていました。

とはいえ、問題は受け取り方法でした。現在、家を不在にしているため、通常の対面受け取りはできません。そこで配送会社のサイトにアクセスし、置き配に変更できないかと手続きを試みました。しかし、サイトをいくら探しても置き配の設定画面にたどり着けません。説明をよく読むと、「発送元が置き配を許可していない場合、その荷物には置き配の選択肢が表示されない」という注意書きがあり、どうやら今回の荷物がまさにその対象であるようでした。

仕方がないので、直接電話で問い合わせることにしました。今朝7時頃に電話をかけたのですが、まだ受付時間外とのアナウンスが流れ、対応してもらえませんでした。案内に従い、受付開始とされていた午後8時に改めて電話をかけ直しました。ところが、なかなかつながらず、30回ほどコールしてようやく担当者が出てくれました。

事情を説明し、置き配にしてほしい旨を伝えたところ、「発送元が置き配を許可していないため、こちらでは対応できない」との返答でした。担当者としても規定に従うしかないのでしょう。こちらとしてはどうしようもなく、「それでは受け取れませんので、不在扱いで結構です」と伝えるしかありませんでした。

その後、荷物の配達状況がメールで届くように設定しておいたため、しばらく様子を見ることにしました。数時間後、スマホに「配達完了」の通知が届きました。正式には置き配不可の荷物であるにもかかわらず、担当の配達員の方が現場の状況を見て判断し、置き配として対応してくれたようです。玄関には「置き配可能です」という趣旨の張り紙をしてあるので、それを確認したうえで柔軟に対応してくれたのだと思います。

私としては、わざわざ取りに行く手間が省けて非常に助かりました。公式には先方が置き配不可の指定をしているのであれば「置き配不可」と案内しているのでしょう。規定と現場判断の間で、担当者の方が最善を尽くしてくれたのだと感じています。

いずれにせよ、荷物が無事に届いたことでようやく安心できました。これから家に戻り、届いた荷物の中身を確認するのが楽しみです。今回の一件で、配送の仕組みや現場の判断の難しさを改めて実感しましたが、最終的には良い形で収まったのでほっとしています。ただ、可能であったならば、発送元が置き配不可の縛りを解いてくれたらなあ、という一種のモヤモヤ感は残りました。

もうそろそろ切らないと

髪を切りたい、そう願いながらも実行に移せないまま、重たくなった頭を抱えて数日が過ぎてしまいました。鏡を見るたびに「そろそろ限界だ」と感じ、最後にハサミを入れてからもう一ヶ月以上が経ったことに気づきます。以前の私なら、一ヶ月に一度、あるいはそれより短いスパンで整えるのが当たり前でした。自分にとって、一ヶ月以上も髪を放置している今の時間は、かつてないほど長く、落ち着かない空白期間となっています。
こうした切迫感の背景には、理容師だった母親の影響が強く刻み込まれています。母にとって、髪を整えることは身だしなみの最低条件であり、プロとしての矜持でもあったのでしょう。そのため、私は子供の頃から頻繁に髪を切ってもらえる環境にありました。しかしそれは裏を返せば、少しでも髪が伸びることを許されない環境でもあったのです。
母は、私の髪が少しでも耳にかかったり、襟足が伸びたりしている状態を、まるで自分の職務怠慢であるかのように嫌いました。伸びた髪は母の目には「だらしなさ」の象徴として映り、私はその厳しい視線にさらされながら、「髪が長い自分は、人から頼りなく見え、認められない存在なのだ」という価値観を刷り込まれて育ちました。裾がきれいに刈り上げられていない状態は、単なるヘアスタイルの問題ではなく、人間としての規律が乱れている証拠――そんな強迫観念のような「植え付け」が、今の私を形作っています。
だからこそ、今の自分自身に対して耐えがたい嫌悪感を感じてしまうのです。鏡に映る、整えられていない裾や、重たく膨らんだサイドの毛筋。それが、母からずっと禁じられてきた「だらしのない自分」そのものに見えてしまい、まるで自分が自分を裏切っているような、あるいは母に叱られているような落ち着かない気分にさせられます。
この内面から湧き上がる不快感を拭い去るためには、物理的に髪を切り落とすしかありません。この「だらしなさ」を断ち切り、自分の中の規律を取り戻すために。明日こそは、この伸びきった過去を刈り取らなければならない。そう心に強く誓っています。

始めの一歩へ

目が覚めてから、かれこれ一時間が経とうとしている。布団の中は、外界から隔絶された楽園のように温かいが、ひとたびそこから出てしまえば、身を切るような極寒の異世界が待ち構えている。もし何も持たず、ただ横たわって天井を見つめているだけならば、この一時間は耐えがたい苦痛になっていたはずだ。しかし、手元にあるスマートフォンやタブレットという存在が、その退屈をあっけなく塗りつぶしてしまう。心地よいぬくもりに包まれながら画面を眺めていれば、一時間や二時間といった時間は、まるで魔法にかけられたかのように瞬く間に過ぎ去っていく。ふと我に返れば、出すべきゴミは手付かずのままであり、洗濯機に取り掛かる気配すらない。この状態は、物理学における「慣性の法則」によく似ている。静止している物体を動かすためには、動き続けるための力よりも遥かに大きなエネルギーを最初に注ぎ込まなければならない。この心理的な重みこそが最大の障壁であり、一歩目を踏み出すためには、並大抵ではない労力が必要となるのだ。だが、私たちは経験を通じて知っている。ひとたび重い腰を上げ、最初のアクションを起こしてしまえば、あとは案外とスムーズに動けるものだということを。一度かかったエンジンは、寒さを跳ね除け、私たちを次なる行動へと導いてくれる。だからこそ、今はその先の面倒な作業に怯えるのではなく、ただ一点、布団を撥ね除けて立ち上がるという「最初の一歩」にだけ、全神経を集中させるべきだ。その一瞬の決断さえ下せば、停滞していた現実は確実に動き始めるのだから。


電気ポットなし生活

我が家から「電気ポット」という存在が消えて、かれこれ一年ほどが経つだろうか。かつてポットといえば、沸騰したお湯を魔法瓶の構造だけで閉じ込める道具だった。機能は内部の真空構造頼み。時間が経てば、湯気が「ぬるま湯」へと形を変えていくのは世の常であり、数日も放置すれば情けないほど冷めてしまったものだ。

それがいつしか、電気の力で指定した温度を寸分違わず保つ「保温機能」付きが当たり前になった。我が家でも長年重宝していたのだが、ある時、その相棒が悲鳴を上げた。故障によって、沸騰が終わることのない「永久機関」と化してしまったのだ。いつの間にか中身は空っぽ、部屋には蒸気だけが立ち込める。買い替えを検討し、機能や値段を吟味したはずなのだが、結局「これだ」という決め手がないままズルズルと今日に至っている。

「不便」が教えてくれた贅沢

現在は、お湯が必要になるたびにコンロに火をつけている。たしかに、欲しいと思った瞬間に熱いお湯がある便利さはない。数分のタイムラグは確実に存在する。しかし不思議なことに、その待ち時間を「不便だ」と感じることも、火にかける手間を「面倒だ」と感じることもないのだ。

むしろ、電気代の面でもこちらの方が賢い選択なのではないかと考えている。かつて耳にした「電気ポットの保温は、実はかなりの電力を食う」という話が頭の隅にあるからだ。技術革新が進んだ今では昔の話かもしれないが、チリも積もれば山となる。

思い返せば数十年、我が家では夜になってもポットの電源を落とす習慣がなかった。電気の無駄遣いには厳しい家風で育ったはずなのに、なぜかポットだけは聖域のように24時間通電し続けていた。今となっては、我が家の「七不思議」の一つと言える。

バラの包装紙と、姉妹の対比

そんな我が家とは対照的だったのが、今は亡き親戚の家だ。そこにお邪魔した際、真っ先にポットのスイッチを入れる伯母の姿が、今でも鮮明に記憶に焼き付いている。使う時にだけ沸かす。その潔いまでの合理性は、他の生活の端々にも現れていた。

伯母は、買い物といえば「バラの包み」で知られる某百貨店と決めているような、いわゆる真の「お得意様」だった。形見分けでいただいた伯父の背広のブランドタグに百貨店の名を見るたびに、一つの時代を感じずにはいられない。こうした「質の良いものを、信頼できる場所で買う」という層が購買の主役から退場していくのだから、百貨店業界の苦戦も当然の帰結なのだろう。

伯母の家は、いつ訪ねてもチリ一つ落ちていなかった。同じ姉妹という血を分け合いながら、一方は電気をつけっぱなしにし、一方は使う分だけを沸かす。一方はおおらか(と言えば聞こえは良いが)に暮らし、一方は背筋を伸ばして整然と暮らす。その対比の面白さを、今になって静かに反芻している。

一杯のコーヒーが繋ぐ時間

さて、コンロの火を見つめて沸かしたお湯で、インスタントコーヒーを淹れた。

シュンシュンと鳴るやかんの音、立ち上る真っ白な湯気。それは電気ポットでは味わえない「今、私はお湯を沸かしている」というささやかな実感だ。

便利さを手放した代わりに手に入れた、このゆったりとした時間。熱いコーヒーを啜りながら、亡き親戚のあの几帳面な横顔を思い出している。


射倖心を煽られてますけど、、、

競輪の話をすると、まず欠かせないのが「車券」だ。正式名称は「勝車投票券」と言うらしいが、日常的には誰もそんな堅苦しい呼び方はしない。昔は競輪場に足を運ぶか、街中にある専用の車券売り場で買うのが当たり前だった。あの独特のざわめきや、紙の車券を手にしたときのわずかな緊張感も含めて、競輪という文化は“現場”とともにあった。

ところが時代は変わった。コロナ禍で外出が制限され、人々が家にこもるようになると、競輪の売り上げが意外な形で伸びた。巣ごもり需要というやつだ。特にネット投票の普及が一気に進み、今では売り上げの大半がオンライン経由だという。スマホひとつあれば、どこにいてもレースに参加できる。便利と言えば便利だが、かつての“場の空気”を知る人間からすると、少し寂しい気もする。

ネット投票の仕組みは複数の民間企業が運営していて(例外が一つあるらしいが)、それぞれがユーザー獲得のために工夫を凝らしている。ポイント還元、キャッシュバック、限定キャンペーン、豪華賞品の抽選など、まるでネット通販のセール合戦のようだ。だが、こうした宣伝方法に最近、偉い人たちからメスが入りつつある。「射倖心を煽る」表現はダメ、という方向に規制が強まるらしい。

とはいえ、「射倖心を煽る」とは何を指すのか、その線引きは結局のところ偉い人が決める。例えば、「100円が1万円になる!」という広告。確かに事実ではある。競輪はオッズ次第で100倍だってつく。しかし、そんなに簡単に当たるなら、この私がとっくに億万長者になっている。現実はそんなに甘くない。むしろ「1万円が数分で0円に!」という方がよほどリアルだが、そんな正直すぎる宣伝をする企業はまず存在しない。

ギャンブルが原因で破産する人が増えている、という話も耳にする。実際のところ、どれほど目立っているのかは分からないが、ネットで手軽に賭けられるようになったことで、距離感がつかみにくくなっているのは確かだ。ギャンブルというのは本質的に、小さなパイを大勢で奪い合う仕組みだ。勝つ人はほんの一握りで、ほとんどの人は長期的にはマイナスになる。これは競輪に限らず、競馬でもパチンコでも宝くじでも同じ構造だ。

それでも人は夢を見る。「もしかしたら今日こそは」と思ってしまう。そこにギャンブルの魔力がある。だが、夢を見るのは自由でも、夢に溺れてはいけない。儲けようと思ってのめり込むと、たいてい痛い目を見る。むしろ、適度に楽しむことこそが肝心だ。レース展開を予想したり、選手の調子を読み解いたり、友人と結果を語り合ったり、そうした“遊び”としての側面を大切にした方が、長い目で見れば健全だし、結果的には継続的に車券を買うことにもつながる。

そして、そうやって適度に楽しむファンが増えることこそ、胴元にとっても一番ありがたいのだろう。短期的に大勝ちする人より、長期的に少しずつ遊んでくれる人の方が、はるかに大切な存在だ。競輪という文化がこれからも続いていくためには、ユーザーも運営側も、ほどよい距離感と節度を保ちながら付き合っていくことが必要なのかもしれない。

寒い一日

半年前といえば7月。あの頃は連日の猛暑が続き、朝から晩まで容赦なく照りつける太陽の下で、街全体が熱気で揺れているようだった。7月という月は、毎年決まって身体にずっしりと堪える時期だ。外に出るだけで汗が滝のように流れ、ちょっと歩いただけで息が上がる。そんな猛烈な暑さの中でも、家の中にいてスマホを手に取ると、すぐに本体が熱を帯び始めたのを覚えている。
操作自体に目立った支障はなかった。画面はちゃんと反応するし、タップもスワイプも問題なくできた。それでも、使い続けていると突然「充電を停止しました」という警告が表示されることが何度かあった。バッテリーが危険な温度に達したため、スマホ自身が身を守るために充電を拒否したのだ。あの頃は、冷房を効かせた部屋にいても、スマホを握っている手がじんわりと温かくなり、しまいには熱くて持ちにくくなるほどだった。ケース越しでも熱が伝わってくるので、時々机に置いて冷ますなんてことを繰り返していた。
それに比べると、今はもうスマホが熱くなることなど想像もつかない。むしろ、手に持った瞬間ひんやりとした冷たささえ感じるくらいだ。外は吐く息が白く、指先がかじかむような寒さなのに、スマホだけはまるで別の季節にいるかのように、涼しく快適に動き続けている。充電も途中で止まることなく、安定して陽のエネルギーを取り込んでいるようで、どこか不思議な気分になる。
寒い時期というのは、人生でいうと裏側を歩いているような感覚がある。もし陰と陽で表すなら、完全に陰の領域に足を踏み入れている時期だ。気分で言えば、まるで冬眠中の動物のように、活動量を極端に落としてじっとしているような、そんな静かな時間。外に出るのも億劫になり、暖かい部屋にこもって、必要最低限のことだけをしてやり過ごす日々。そんな中で、スマホだけが例外的に、まるで夏の陽光を浴び続けているかのように生き生きとしていて、妙に頼もしくさえ思える。
他のことはすべて我慢の連続だ。厚いコートにマフラー、手袋を重ねても、冷たい風は容赦なく頬を刺す。暖房をつけても、足元はいつまで経っても冷えたまま。布団から出る瞬間が一年で最も辛い瞬間かもしれない。それでも、スマホの画面を点けると、そこにはいつも通りの明るい世界が広がっていて、少しだけ心が軽くなる。あの猛暑の7月が遠い記憶のように感じられる今だからこそ、あの頃の暑ささえどこか懐かしく思えてくる。

三連休二日目

日中は、まるで季節がひとつ前に戻ったかのような、やわらかい陽気に包まれていた。歩いているだけで背中にじんわりと熱がたまり、上着の前を少し開けてもまだ余裕があるくらいの、あの「ぽかぽか」という言葉がぴたりとはまる暖かさだ。冬の真ん中に突然差し込んだ春の予告編のようで、思わず深呼吸したくなる。空気の匂いまでどこか軽く、街の色彩もほんの少し明るく見える気がした。

ところが、陽が沈み始めると、景色は一気に冬へと引き戻された。夕暮れの境目を越えた瞬間、風が急に存在感を増し、頬を刺すような冷たさを連れてくる。昼間のぬくもりが嘘のように消えて、まるで誰かがスイッチを切り替えたかのようだ。コートの襟を立てても、指先の冷えはじわじわと忍び寄ってくる。季節の変わり目ではなく、季節同士が一日の中で交代制をしているような、そんな極端な温度差だった。

さて、明日はどうなるのだろう。天気予報を見る限り、最高気温は今日よりも下がるらしい。数字だけを見ると、少し身構えてしまう。しかし、風はどうやらおさまるらしいという情報もあって、その点が気になる。体感温度というのは不思議なもので、気温が低くても風がなければ案外過ごしやすかったりする。逆に、気温が高めでも風が強いと一気に寒さが増す。明日はその「風がない」ほうに転ぶのだとしたら、数字ほどの冷たさは感じないのかもしれない。

午前中は立ち仕事――といっても、厳密には「仕事」と呼ぶほどのものではないのだけれど――で、屋外にいる時間が長くなりそうだ。おそらく太陽の下での作業になるだろう。冬の朝の光は角度が低くて、当たると意外なほど温かい。風さえなければ、陽射しが身体の芯まで届いてくるような、あの独特の心地よさがある。だからこそ、明日の風の具合が気になっている。

もし風が完全に止んでくれたら、きっと快適な時間になるはずだ。寒さに肩をすくめる必要もなく、手袋を外しても平気なくらいの穏やかさが期待できる。逆に、少しでも風が残っていると、立ちっぱなしの身体にはじわじわと堪えてくる。太陽と風のせめぎ合いの中で、どちらが勝つのか。それによって、明日の午前中の印象は大きく変わりそうだ。

そんなことを考えながら、今日の夜風の冷たさを思い返している。明日はどんな空気の色になるのか。冬の厳しさが前に出るのか、それとも太陽が味方してくれるのか。少しだけ期待しつつ、少しだけ身構えながら、明日の空を想像している。

明日は三連休の三日目にあたる。普段なら、休みの日は目覚ましをかけず、自然に目が覚めるまで眠ってしまうのが自分の習慣だ。平日の緊張がほどけて、身体が勝手に調整してくれるあの感じが好きだし、休みの日くらいは時間に縛られずにいたいという気持ちもある。ところが、明日に限っては6時起床と決めている。仕事ではない用事があるので。こういう時に限って早起きが必要になるのが自分らしいというか、どこかで「またやってるな」と苦笑してしまう。

そもそも、自分は昔から休みの日のほうが起きる時間が早くなる傾向がある。平日はあれほど布団から出るのに苦労するのに、休日になると妙に目覚めが良い。身体が「今日は自由だ」と察知して、逆に活動モードに入ってしまうのかもしれない。あるいは、休みの日の朝の静けさを味わいたいという無意識の欲求が働いているのかもしれない。理由はよくわからないが、とにかく休みの日ほど早起きになるという「自分あるある」は、もう長年の癖のようなものだ。

そして今日は成人の日だと思い込んでいた。実際には違うのだが、どうしても1月15日が成人の日だった時代の感覚を引きずってしまう。あの頃は「1月15日=成人の日」という等式が完全に身体に染みついていて、カレンダーを見なくても自然とそう思い込んでしまう。法律が変わって、1月の第2月曜日が成人の日になったのは知っているはずなのに、どうも頭の奥底に古い記憶が残っていて、ふとした瞬間に顔を出す。

もっとも、自分にとっては「1月の第2日曜日が成人の日で、その翌日が振替休日」という形でも、実際のところ大差はない。祝日がどこに置かれていようと、生活のリズムが大きく変わるわけではないし、成人式に参加する年齢でもない。けれど、昔の固定された祝日の感覚がまだ身体に残っているという事実が、なんとなく時代の移り変わりを実感させる。

子供の頃を思い返すと、そもそも振替休日という制度がなかった。日曜日が祝日と重なると、そのまま「終わり」で、なんとなく1日損したような気分になったものだ。カレンダーを見て「え、これ日曜なのに祝日なの」とがっかりした記憶がいくつもある。あの頃の自分にとって、祝日は特別な輝きを持っていて、1日でも多く欲しかった。だからこそ、日曜日に吸収されてしまうと、何か大事なものを奪われたような気がしたのだろう。

今では振替休日が当たり前になり、日曜に祝日が重なっても翌日が休みになる。制度としては便利になったはずなのに、昔の「損した気分」を覚えているせいか、いまだにどこかで腑に落ちない部分がある。祝日の意味や位置づけが変わっていく中で、自分の中の時間感覚だけが少し取り残されているような、そんな不思議な感覚だ。

明日は早起きしなければならないという事実と、三連休の最終日というゆるやかな空気と、祝日の記憶のズレが混ざり合って、なんとなく落ち着かない夜になっている。けれど、こういう小さな勘違いや昔の記憶の残り香も、日々の生活のリズムを形づくる一部なのだと思う。明日の朝、6時に目覚めたとき、どんな空気が待っているのかを少しだけ楽しみにしながら、今夜は眠りにつくつもりだ。

新年です

年が改まり、気持ちも自然と新たになります。

新しい年を迎えるにあたり、あれこれと目標を思い描くものですが、今年の新年の抱負は、何よりも「健康に過ごすこと」。この一点に尽きます。


というのも、昨年は年の瀬も押し迫った頃に帯状疱疹を発症するという出来事がありました。まさか自分が、という思いもありましたが、身体は正直なものです。すぐに病院を受診したところ、診察時点ではすでに帯状疱疹そのものは治癒している状態とのことでした。しかし安心したのも束の間、医師からは「後遺症として腹痛が出ている可能性がある」との説明を受けました。


どうやらこの腹痛は一過性のものではなく、しばらく付き合っていく必要がありそうです。日常生活に大きな支障が出るほどではないものの、身体のどこかに常に違和感を抱えながら過ごすというのは、想像以上に気になるものだと実感しています。健康であることが、いかに日々の生活の質を左右しているかを、改めて思い知らされました。


折しも今年は厄年にあたります。迷信と片づけてしまうこともできますが、こうした出来事が重なると、やはり無関係とも言い切れない気がしてきます。だからこそ、無理をせず、体調の変化にきちんと耳を傾け、健康第一を意識して過ごしていきたい。新しい年は、そんな慎ましくも大切な決意とともに歩み出そうと思います。


正座が楽になってきたけど、、、

ベッドから立ち上がって座ろうとすると、足元にものがあって動けないことがある。

そんなとき、私は正座をする。

足を体の下に隠せば、ものを蹴ってしまう心配もない。


ただ、正座には難点がある。長く続ければ足が痺れ、痛くなるのだ。

だから、どうしても支障となるものを蹴ってしまったり、痺れや痛みから逃れようとする。

「その前に家を片付けろ」と言われれば、反論の余地はない。


これまでの私は、正座をすると踵とお尻がなかなかくっつかなかった。

ふくらはぎの筋肉が邪魔をして、どうしても隙間ができてしまう。

前のめりになりながら、無理やり両点をくっつけようと努力していた。


しかし最近、踵とお尻が自然にくっつくようになった。

柔軟性が増したのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

ふくらはぎや太ももの筋肉が減ったことで、障害がなくなり、座りやすくなったのだ。

足が細くなったことは目でもわかる。


筋肉が減った分、正座は楽になった。

でも、これは歓迎できることばかりではない。

走る量が減り、年齢も重なって、体の筋肉は確実に減っている。

これでは、歩いても走っても、すぐに疲れてしまう。


だからこれからは、筋肉量の減少を自覚した上で、意識的に体を動かさなければならない。

歳をとって歩けなくなると、何かと不便だし、体の不調も避けられないだろう。

少し面倒でも、走ることは続けよう。体を動かすことの大切さを、改めて感じながら。


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