ずるり……ずるり……ずるり……
何かを引きずる音がする。深夜2時53分。
僕は漆黒の闇である窓の外に目を凝らす。
ずるり……ずるり……ずるり……
音はどんどん近付いている。2時56分。
僕の目はようやく闇に慣れてきた。
ずるり……ずるり……ずるり……
とうとうソレは僕の部屋の真下の通りまで来た。2時58分。
僕はあえて部屋の明かりは点けていなかった。
ずるり……ずるり……ず……
僕は確実にソレと目が合ったのだ!!!3時。
止まったまま上を見上げ僕を凝視している!!
……………
動かない方が良いのだ。そうだ。このまま僕が闇に溶け込めば良い。
顔も目も動かすな。このまま固まっていれば行ってしまうさ。
……………
何故ずっと見ているんだ!何分経った?さっきからどれだけ経ったんだ?!
まだ見ている。僕は見られているのか?それとも違う物を見ているのか?
…………ずるり……
ふぅ……。僕は動き出したソレを見て、安心して息を吐いた。
そして少し脱力して膝に手を置き、中腰で俯いた。
……………
音がしないな……と顔を上げるとそこにはソレの顔だけが!!
「やはり見ていたな」

アタシは毎日何かを削って生きている。

アタシだけじゃない。

多分誰もが何かを削って生きている。

それは命であったり、夢であったり、自尊心であったり、良心であったり・・。

アタシは毎日心を削っている。

それは調味料の様に家人の体にちょっぴし入る。

きっと何年かしたら、アタシは空っぽになって、

家人が全て食べ尽くしてしまうんだろう。

それでも家人の中で活きているなら素晴らしいのだろうが、

毎日の様に水に流されていく。

だから、アタシは何年か後には、

殻だけ残った粗大ゴミになって、

家人に木曜日に外に出されるのだろう。

3連休である。
私はここのところ忙しく、3連休に心躍らせていた。
するとどうだろう。昨日の連休1日目にして
心が踊ったまま何処かに行ってしまったのだ。
2日目の今日。何も出来ズ、ぼーっと過ごすしかなくなってしまった。
私は心が帰って来てくれない限り、無気力なまま、3連休を過ごすわけだ。
仕方ないので私は今日も寝て過ごす。
私が次に目を覚ましたのは自室の布団の上だった。
「あれ・・・?私は一体・・・?」
どうやら長い夢を見ていたようだ。何て恐ろしい夢だっただろう。
背中にはびっしょりと寝汗をかいている。シーツも乱れ相当魘された事を思わせた。
カーテンを開けるともう陽は高くなっていた。昼近いらしい。
私は窓を全開にして、忌々しい悪夢も澱んだ空気と共に入れ替えてしまおうと思った。
窓の外には小さい小さい人形が倒れていた。不思議に思い私は拾い上げた。
私の持ち物ではない。「がー」という声の方を見ると、カラスがこちらの様子を伺っている。
「カラスのヤツが落としたんだな。」と思い人形が不憫だった私はそのまま部屋に人形をいれた。
よく見るとそれは「ビリケン」に似ていた。
薄汚れていたので台所で洗ってみる事にした。
洗うとやはりビリケンの様だ。私はふざけて足の裏をさすってみた。
「良い事がありますように。」
あるわけないよねと思いつつ、自室の香炉の側にビリケンを置いた。
その途端電話が鳴った。
「急に暇になったから会えないか?」「会う!!」と喜びいさんで用意を始める私。
好きな人にいきなり会えるなんて仕合せだ。ウキウキしながら化粧を始める。
何だか今日は化粧のノリも良い感じだ。天気も上々。嬉しい限りだ。
出掛ける前に香を焚こうと火をつける。ビリケンに目が行く。
「君のおかげなのか?有難うね。」ビリケンに軽くキスをして足をさする。
「アタシだけじゃなくって、周りみんな良い事があると良いな。」

出掛けてお茶を飲む。「今日は何だか楽しいね」と彼が言う。
私の携帯には今日はメールの嵐だ。
「みんな今日は楽しそうだよ」と彼に伝える。彼も嬉しそうに微笑む。

帰宅して「あ~今日は良い一日だった~」と言った途端、ウキャキャキャキャという声と共にビリケンが消えた。
急に不安になった。

家から歩いて20分くらいの寂れた駅の近所に
「何でも鑑定社」という看板を見付けた。
とりあえず入ってみようとビルに入る。
小さな小さなそのビルの手動で動く様な古いエレベーターで五階に上がる。
ドアの前に「貴方ノ全てヲ鑑定致シマス。」と黄ばんだ紙に褪せて薄くなった文字の張り紙が貼ってある。
扉を開けると燕尾服の男が「鑑定で御座いますか?」と私を奥へ案内してくれる。
色の白い結構な良い男が「どうぞ」と椅子を進めてくれる。
「今回は何の鑑定でしょうか?」と淡々と話す。
「何でも良いのですか?」と私は微笑んで訪ねる。
「はい。何でも大丈夫です。人生の値段から生まれた時の状態まで」
私は占い館の様な気持ちでいたので「それでは」と言って話した。
「私がいなくなっても良いと思ってる人の数が解りますか?」
「勿論解ります。早速鑑定しましょう。」淡々と男は私の誕生日等々を書きこんでいった。
「本当に聞いて後悔なさらないですか?」「勿論です。」
「15人ですね。」「15人・・・。」
「では私が死んでしまって覚えていてくれる人と期間を」
「かしこまりました。」
「最長で19日ですね。最短で3時間。ずっと覚えていてくれる人は0と出ました。」
私は段々陰鬱な気持ちになってきていた。しかし、心の何処かで「たかが占い」と思っていたのだった。
「では、私が死んで困る人ってのはいないんでしょうか?」
「先程の最長19日の方が。」「誰かは解りますか?」
「いえ、鑑定ですのでそこまでは。」「そうですか。占いですもんね。はははははは」
「お客様、勘違いなさってますね。ここは占いではありません。本当の事を読み出しているのです。」
「又~。占い師の方はみんなそうおっしゃりますよ。」私は笑いながら言った。
「ここは貴方のその昨日切った傷がいつ綺麗に完治するかまで解るんですよ。」と男は初めて微笑んだ。
はっとして私は指を見た。確かに昨日私は指を切ったのだ。
「貴方が昨日どんな夢を見たのか、貴方が小学生の頃に家出をした時間、全てが解るのです。」
私はだんだん恐ろしくなっていた。
「一体・・ここは・・・」男の手元を探る様に私は訊いた。
「これが気になりますか?これは機械でも何でもなく、天帝が所持している物で、
貴方方がおっしゃるところのアカシックレコードというヤツですよ。」
「は?」私はあまりにもおかしくなって爆笑した。
「貴方が生まれてから死ぬまで、ここでは解るんですよ。」彼は冷静に言った。
「もう、良いです。私は帰ります。御幾らですか!」私は呆れてここを出ようと思った。
「料金は頂きません。あくまでも天帝が暇つぶしてやっている所ですので。」
「暇つぶし?」私は冗談でもカチンときて怒りを顕に訊き返した。
「いや、正確には人間の数減らしです。ここに来る方は皆、帰りに無事家にお帰りにはならない様で」
「私は帰れますよ!」「そうですか?」「何ですか!」
「貴方はこのまま上手く生きていったとしても、友人に裏切られ、仲間に見捨てられ、結婚してもきっと上手くはいかなくて人生に落胆なされるのです。貴方が死んでも3時間で忘れられてしまったりする訳です。」訊いてもいないのに男はまくしたてた。
私は立ち上がり階段を駆け降りた。道に出るとさっきの男が横に立っていた。
その時車が通過した。男は私を軽く突いた。戦慄いていた私は簡単に道に倒れた。
車に私はぶつかった。遠くなる意識の中で男は朽ちた美女に変わった。
「イザナミノミコト・・・・・。」私はそんな名前が頭に浮かんだ。

事故ノ現場検証ニアタッタ警官ガ私ニ携ッタ時間・・・3時間。
運転手ガ全テノ手続キヲ終エタ期間・・・19日。
葬儀ノ参列数・・・15人。

仕事に行く前に、天気予報を見た。
大体が雲のマークが出ていた。
東京都の<区>別の天気予報を見た。
ほとんどの区が雲のマーク。
ところが、我江戸川区には何故か「赤頭巾ちゃん」のマーク。
「?」もう一度目をこすって見てみる。
やはりマークは「赤頭巾ちゃん」である。
ふざけた天気予報があったものだ。
憤慨しながら用意をして玄関のドアを開ける。
「!!!」
下の通りに赤頭巾ちゃんがイッパイ歩いている。いやひしめいている。
そう、あの韓国のサポーターの如く・・・。
とりあえず下に降りてみる。しかし通れるスペースはない。
それどころか、私を見付けるやいなや
「おばーさんはどうしてそんなにお耳が大きいの?」と一斉に言う。
「おばーさんじゃないし、耳もデカクはないだろう!」
怒鳴る私を物ともせず、彼女等は続ける。
「おばーさんはどうして・・・・」
私は赤頭巾の群集を押しのけて仕事に向かう事にした。
日曜の竹下通りを逆走するのの数10倍の圧力を感じた。
リュックを押さえ、必死に進む。その間もずっと「おばーさんは・・・」
と言い続けている。何なんだ。何故この言葉を繰り返しているのだ。
あまりの赤頭巾の多さに車も渋滞気味だ。あちこちでクラクションのイライラした音が聞こえる。
いつもより倍くらいかかったが、何とか駅に着いた。皆駅に着いた途端に足早に改札を抜けて行く。
が、ホームに上がって驚いた。異常な人ごみである。アナウンスが聞こえる。
「本日、平井駅付近から小岩駅周辺にかけて、大量の赤頭巾発生の影響により、ダイアが乱れております。お急ぎのお客様には大変ご迷惑をお掛けしております。」
皆、携帯を片手に怒鳴っている。私も一応メールで遅刻の理由を送った。
線路には沢山の赤頭巾。やはり目が合うと「おばーさんはどうして・・」
と繰り返している。そこに駅員のアナウンスがかかった。
「本日は誠にご迷惑をおかけしております。大変申し訳御座いませんが、復旧の見込みがつかない状況でございます。赤頭巾がひけない事には・・・・」
ホーム中から罵声やら溜息やらが一斉に聞こえた。そして一瞬、一気に静かになった・・・。
その瞬間赤頭巾達の声が響いた。
「おばーさんはどうしてそんなにお口が大きいの?」
そしてホーム中が答えた。
「お前を食べる為さ!」
10分後、電車は復旧した。
君のたった1枚の衣を脱がす。
「ああ…何でこんなに潤っているの…」
僕は舌で丹念に舐め取る。
「美味しいよ…透き通った肌…何でこんなに美しいの…」
その透き通った肌に滴る液体を舐め尽くす。
強く舌をさしてみる。小刻みに震える君。
「ああ…たまらない…本気で…ねぇこれを入れて良いかなぁ」
僕は君の全てを手に入れられるモノを君の中に刺し入れる。
ブルンと大きく弾ける君…。
「ああ…美味しい…たまらなく美味しいよ…君が一番だ!君が好きだよ!」
僕は芳醇な君の体を堪能し…そして食べ尽くす。
「美味しかったよ…ご馳走様…」
抜け殻になった君を僕は捨て去って立ち去る…。

なぁに。僕がどんなにゼリーが好きかって話だよ。

目をこらしてもこらしてもナンにも見えない真っ暗闇だ。
僕は何度も何度も目をこする。
ナンだろう?あんなに目の前にあったものが
光を失っただけで、こんなにも無くなってしまうのか。
人間の目玉なんて本当にあてにはならない。
そこに、目の前にあるのに平気で見えなくなってしまうのだから。
「目に見えないものなんて当てにはならないわ」と友が言う。
形にして見せてと。
形があったからって、光を失えば何もなくなってしまうではないか。
この暗黒の世界を感じてみろ。
何かの体温を感じられればまだ上等だ。
僕の周りには空気の流れすらなく、手に触るものが何一つとしてない。
ねぇ?僕はどうしてしまったんだろう?
ここにもしも光るものを見付けたら、
喩えソレが地獄の入口でも
僕は駆け込む事だろう。
そんな僕を君は笑えるかい?

さて、あの頃のアタシはまだまだウブだったのさ。
表参道からすこうしだけ住宅街に入ったオンボロアパートにあの人は住んでいた。
アタシは電車を乗り継ぎ1時間もかけてあの人の部屋に行ったっけ。
初めて部屋に入った時の香の匂いと、まな板の上の切りかけのキウイを
今でもはっきり覚えてる。
臙脂色で統一された部屋にエスニックなベットカバー。
そこに座る伸ばし途中の飴色の髪をした異人。
そう彼はイギリス人だった。
髪が真っ黒でなかったアタシはスパニッシュの様な毛色と言われた。
アタシはあの人の横に座って髪を撫でられながら、自分の膝をさすり続けた。
あの人がかけたジャズのレコードに合わせてチークを踊る。
子供だったアタシはむず痒くてむず痒くてすぐに踊るのを止めて座った。
あの人が外国のコインを1枚、アタシの手に置いた。
そして書いてある文字を声を合わせて読んだ。
あの人はアタシに“自由”を語った。
コインを握ったアタシの手から、あの人は接吻をした。
腕をてんてんと上り瞼に接吻をした。
「何でも見えてしまいそうな目」とあの人は言った。
あの人の香水の匂いでむせ返りそうだった。
冬になる度思い出す。
上着の袖に付いたあの人の香水の匂いとコイン。
あれは15の冬だった。

母がグレープフルーツに凝り、矢鱈と買ってくる。しかし、食いが追いつかないので、絞って飲む事にした。
5個並んだグレープフルーツの中で真中の1個を持つ。
大きいその一つを持った時に「これは絞りがいがかりそうだ」と私が言ったのが悪かった。
突然怒り出すグレープフルーツさん。
「おい!お前!俺は食われる為に来たんだ!食われる為に!」突然の事に思わず下に落としてしまう。
「いてーな!早く拾えよ!」震えながら取り上げまな板の上に置く。
「お前!俺を絞る気だろう?!ふざけるな!食べられるのを今か今かと待ってたんだ!お前にこの気持ちが解るか?!解らねーだろ!!」
「食われたいグレープフルーツがいると思ってんのか?!
食われたくないに決まってるだろ!俺等は木にぶら下がってたかったんだよ!それをオヤジがもぎってゲンナリしてんだよ!
死刑執行を待つ気持ちで箱に入れられたし、店に並んだんだ。・・・・仲間がどんどん連れ去られてよ。
1日買われなかったら暗い店の中でみんなですすり泣いたもんだよ。
とうとう俺の番が来た。お前のお袋さんが吟味して俺を選んだよ。
このテーブルの上で俺は腹を決めたんだ。もう終わりだってよ。
・・・・お前に・・・お前に・・・・・」
涙混じりになった声でグレープフルーツさんは声が詰まった。数秒の沈黙の後、涙ながらこう叫んだ。
「お前になぁ・・仲間の殺されて行く時の声と、切られた時に充満する仲間の臭いを嗅いだ時の俺達の気持ちが解るのかよ!!!!!」
私は全身を貫かれた気持ちになり、ヘタヘタと座り込んだ。
「絞ったりなんかしたらなぁ、他の仲間たちが血反吐を吐く気持ちになるんだよ!他のヤツ等の為にもよぅ・・・どうか・・どうか・・・絞らないで下さい・・」
グレープフルーツさんの訴えは最後には低姿勢な懇願に変わっていた。
後から、他のグレープフルーツ達のすすり泣きが聞こえてきた。
「でもジュースが飲みたかったんだよなぁ・・・。」
私は食べたら腹の中で何か言われそうな気がして益々絞りたくなった。
「お願いです!」後から可愛い声が聞こえた。小ぶりのグレープフルーツだった。
「マイケルを絞るんなら、私も一緒に絞って下さい!!」「ジュディ!駄目だ!!」
「どうせ、いくら大きいからとはいえマイケル一人ではジュースにはなれません!!どうか私も!!」「馬鹿!絞られるのがどんなに辛いか解ってるだろう!!」
「良いのよ!マイケル!私、アナタと一緒になりたいの!!」「馬鹿!何言ってるんだ!!」
祈りにも似た賛美歌の様な歌が聞こえて来た。他の3個からだった。
「グレープフルーツの神よ サンライズ サンライズ 我等太陽の化身 ああ神の子 神の化身 勇敢なる若者がもがれて行くよ
神よ 太陽の神 我等を導きたまえ サンシャイン サンシャイン」
聞いた事のない調べにすすり泣きの声。繰り返される歌、いつのからか最初の2個も歌い始めた。
それはもう「カラーパープル」の最後のシーンの様に。
最初の1個が言った。「さあ切ってくれ」私は包丁を手にし、そして刺した。
「うっ」嗚咽が漏れ、彼の臭いがあふれ出た。「マイケルゥ!!!!」悲痛な叫びが後から聞こえた。
「グッバイ・・ジュディ・・アイラビューフォーレバー・・」
「マイケルゥゥゥゥ!!!!!!はぁー!!!!!」号泣する小さいグレープフルーツ。
半分に切られた最初の1個の隣に小さい方置く。「マイケル!マイケルぅ!」泣き続ける彼女。
「切って!早く私も切って!そしてお願い!一緒に絞って!絶対よ!!」悲痛な叫びの中、彼等の歌声は大きくなった。
「マイケル。ウィーウィルビートゥギャザー・・・」
私は彼女に包丁を刺した。「ガッアア!!!マイケル!アイラビューフォーレバートゥゥゥ!!」
「・・・サンセット」そう声がして歌が止んだ。
私は涙を流しながら彼等の遺骸を絞った。最後の一滴まで。そして二つ分の絞り汁をよく混ぜ合わせた。私に出来るたった一つの償いとして。
一気に飲み干し、残り3個は冷蔵庫にしまった。
そして母にメールを入れた。
「もう、グレープフルーツはいりません」