日本においては、郵便物、手紙だったり小包であったり書留、内容証明、なんだって相手方に届くだろうかと不安に思ったりしませんね。

はがきは50円、封書は80円の切手を貼って赤いポストに投かんすれば、近くでは明日、遠くても3日あれば受け取った人から「ありがとう、着きましたよ!」なんて返事が来て嬉しくなっちゃいますね。

勿論、たまにですが、アルバイトの高校生が年賀状を川の中に配達しちゃう事があったり、酔っぱらった不満分子がポストの中に火の付いたタバコを投げ入れて郵便物が燃えちゃうなんて事故はありますが、そんなことがあったよねという程珍しい事ではないでしょうか。

相手方の住所が少々違っていたりしても、郵便配達をしてくれるお兄さんは、チャンと理解してアテナのところに配達してくれたりするではないですか。

降雪地帯の冬の配達なんて、50円、80円ではやってられないですよね。ご苦労様です!!


バングラデシュの悪いところをこれから指摘します。

私はあまり良く事情が分からず、日本と大差はないだろうと思って都合3回郵便では失敗してしまいました。
1・2回は3年程前の事なのですが、驚きました。
郵便局で封筒に30枚程度の写真を入れて送りました。EMSとか言うんですか。それですよ。
「1週間で付きますからね。」なんて言われたので、マそんなもんだろうと当たり前みたいに思いました。
ところが1週間、2週間経っても「まだきませんよ」の返事ばかり。
よせば良いのに、2番目の写真が出来たので1ヶ月後にまた送ってしまったのです。
イヤー、驚きましたね。半年経って私のもとに送り返されてきたのですよ。

驚いたのは、良く調べたら住所の1文字RとLが間違っていたなんて事でした。
彼の国にとっては大変重要な事なのかも知れません。中身の写真は調べられた形跡がアリアリでしたが、6か月も経って御丁寧に日本に返してきたことの方が驚きでした。

さて、今回は以前の事もあるので、書留郵便にしてみました。普通で330円、書留で740円と言う事でした。
サア、届いたでしょうか?1か月経ちますが未だに届いてはいないのですよ。
今回は、バングラデシュの人を招へいする為の重要な書類を送ったのですが、残念ながら着かないようです。

仕方ないので、再度書類を作りなおし、銀行、区役所の証明を再度作成して、再送することにしました。

FedEXと言うバカ高い料金の会社を使ったのです。なんと約7,000円がかかりました。涙涙でした。
FedEXは書類を自宅まで取りに来てくれます。特定の封筒や荷物を入れる物までも支給してくれます。しかも各5枚位置いて行きました。
「1週間以内に配達しますから。毎度ありがとうございます。」と言って帰って行きました。
発送伝票に番号が付いていて、その書類が現在どのあたりにあるのかは、書留郵便と同じでした。
書留郵便は日本国内だけ追跡できますが、相手国の追跡は無理のようです。
しかし、FedEXでは相手方が受け取るところまで追跡できます。
料金が高いことは当然なのでしょう。

感心したのは、1週間くらいで届きますと言っていた書類がなんと2日後に「つきました!!」と言う返事が来たのです。高い料金を出した効果は十分にあったという事です。


日本の郵便システムが評判が良い事は世界中に知られています。私達は誇りに思っていいでしょう。
この郵便システムをアジアの国々に売り込もうと言う動きがありますね。
現在、ミャンマーとスリランカが手を上げてきているそうです。

その内、私の関係しているバングラデシュも日本の優秀な郵便配達システムを使って欲しいものです。
2・3日で確実に郵便物が届くようになる日が来るかも知れません。
そうなると、FedEXは申し訳ないけど、退却してしまうのでしょうか。
いやいやそんなことはないでしょう。企業はまた逞しく新たな事業を切り開いて行くのでしょう

何回かバングラデシュに行く間に親しく話をできる人が増えていきます。

宿泊もホテルではなく、親しい人の家に泊めて貰えます。

ホテルにはない心が繋がるチャンスになるのは嬉しいことです。


そう言う親しい人にBobyさんという人がいます。

彼は、日本で働いていたことがあるので日本語が話せます。


Bobyさんは、私の顔を見ると「貴方はBANGLADESHで何をやりたいのですか」と聞くのです。

その度に私は「農業開発がやりたいのです」と何度でも答えるのです。

それから、色々な農業のやりたいことの内容を話すのです。理解してくれたのかはよくわかりません。



前回、BANGLADESHに行った時に、是非COMILLAに行きましょうと誘われました。

そこは彼の故郷で、DHAKAから東に道のりで約100Kmの国境に近い市です。

車で行くのですが、かなり混んでいて結構な時間がかかります。簡易舗装の道路は傷みが激しいです。

COMILLAの先に行くと、大きな港町のCHITAGONGに行く道路ですから幹線道路ということです。

この国の主産業である繊維製品の輸出、外国からの物資の輸入はこの港を使います。


日帰りのつもりですから朝早くに出発しました。途中何度か燃料を補給し休憩しながらやっと到着です。


着いたところはこの辺りでは普通の農家で、池もいくつか持っていました。

大変な歓迎ぶりで、家族はもちろん近所の人達まで集まって、池の魚を大勢で追い込んで大きな魚をつかんだり網ですくって見せてくれたりしました。


ここでなるほど、Bobyさんが私に見せたがっていたものが分かりました。

三つの池に小さいポンプ1台で地下水を供給しているのです。

私が彼に話した中に、この国の農業の内タンパク源になっている淡水魚の養殖は、雨待ちが主体です。

11月から翌年3月までの乾季には雨が降らず、池の機能は落ちてしまいます。

この間も水を地下から吸い上げ魚を育てるべきだと言っていたのを、フンフンと気のないフリをしながら聞いていて、実行したと言うわけなんですね。


私がBANGLADESHの農業でやりたいことを彼は先に実行してみたということです。

井戸はパイプを打ち込みで作り、エンジンの付いたポンプで水を組み上げビニールパイプで三つの池に給水しています。

これで、この三つの池では乾季でも魚を十分に養殖でき、タンパク源の魚は補給できるでしょう。


よかったですよ。私の案がほんのチョッピリでも実行されて、私にとっても良い試験台になってくれたのですから。

この農家の前庭に日本から持ってきたトマト等の種を植えて貰いました。

芽が出て実がなるかは不明ですが、何らかの成果につながってくれれば本当に嬉しいです。

私の農業開発がスタートする前に実験をしているような良い気持ちがしたのです。


私がバングラデシュの事をあちらこちらで発言するので、関心を示してくれた方達から、こんなことが書いてある。こんな経験をした人がいるなど、教えて頂くことが出始めています。
少し前までは一方通行の発信をしていたのが、交互に知らせ合う形になってきています。

バングラデシュの人で、日本で会社を設立して活躍している人ともたまに会って話しをします。
バングラデシュ政府の批判、同国人の悪い性格に付いて等ですが、大変勉強になります。

バングラデシュの人が日本で会社を作り、バングラデシュに進出したい人や会社に情報提供とビジネスツアーを実施している人達も出て来ています。

バングラデシュのニュース源になるサイトを教えていただいたりして、これまで私が知らなかったバングラデシュが少しずつ見られるようになってきて、情報は豊富になってきました。

バングラデシュに何度か行って、あちらの人達と親しくし始めると、ビジネスを共同でやらないかと言う提案が出てきます。誰でもそうでしょうがお金を多く持ちたいと言うことが根底にあります。

人口が爆発的に増えると言うことは彼らも良く分かっているのです。ではどうするのか、と言うところで彼らの考えは、自己保存に多くの思考を使います。食料が不足するのではないか。この国は食料が高騰して住みにくくなる。それではアメリカやカナダに移住することを考えようと言う方へ向かいます。
食料が足りなくなるなら増産する農業の改革をしようと言うことを聞いたことがありません。
バングラデシュでは農業は最低の地位しか与えられません。儲からないのです。
人間は生きていくためにお金ではなく食料が大切であることは直線的考え方であるにも関わらず避けて通ろうとします。
農業は儲からない。ドロにまみれてきたない。力仕事で疲れる。云々。

大切な原点に帰りましょう。仙人でない限り食料は命を繋ぐ大事なものです。
食料が足りなくなると争いの素です。これまでに歴史が証明していますよ。
日本の休耕地10%も、もっと規制を解除して使って行こうではないですか。
バングラデシュももっと農業に目を向けて今から増産体制を組んで行き方向を探らないといけません。
人口100億人に向かって増えて行くのですから、食料は絶対欠かすことはできません。
人の体は60%の水分でできている。なんだか不思議な感じですが事実です。
そして、人は毎日2リットル以上の水を摂ることが健康に欠かせません。
日本はきれいな水が豊富にあって、普段は飲み水のことを深刻には考えていません。
大洪水で水が溢れてもこの水は生活用水には利用できません。
氾濫するほど水があって、利用も出来ないと、逆に生活を脅かす厄介なものとなってしまいます。
昔から治山治水が国を治める基本であったのですね。


海外のニュースで農業が発達したため、湖の水が枯渇してしまったなんて報道もあります。
砂漠では、飲料水は死活問題で、水のあるところを伝って旅をすることになります。
日本では、どこの家庭でも蛇口から豊富なきれいな水が溢れるほど出てきます。
砂漠での苦労など考えることもできません。
広い砂漠のある国は水がない為に大変な苦労をしなければなりません。

海、海にはたくさんの水があって、南極の氷が解けて増えると言われ、すでに海水におおわれた土地も出て来ています。

こんなにたくさんの海水を生活用水に使えたらどんなにか助かると思いませんか。
海水の淡水化は技術的に日本が一歩先に進んでいます。
逆浸透膜を使用し、大がかりに海水を淡水化して生活用水に使っているのです。
特に、アラブの石油産出国では有名です。
石油を売って、水を買うと言う状態です。
大がかりな淡水事業は、大きなプラントに多量の電気エネルギーが必要です。
何万年も昔から砂漠だったところは緑地にならないそうですが、緑地だったところが砂漠化したところは頑張って、植林すると、農地に戻すことができるようです。

石油産出国は、今のうちに海水を淡水化して、緑地を増やし、農業の発展をさせていくことが必要です。
日本の高い技術がそれを実現させる手助けになると言うことです。
日本には世界が必要とする求められる技術があると言うことです。

我々日本人は少し元気がありませんが、こういう高い技術の産める力を持っていることに、自信を持っていきたいと言う意思表明をしたいですね。
世界の人口が70億人になるそうですね。日本の人口はこれから減って行くと予測されますが、世界、特にアジアの人口は爆発的に増加するようです。
70億人の人が食べていけるようにするためには、世界で一番広いロシア全土の広さの耕作地が必要だと言うことです。将来100億人になったらどうしましょうか。

日本政府でも言い始まったのは食料栽培工場の構想です。特に日本のようにせまい耕作地しかないところでは、横に広げることは難しいので縦に天に向かって広げる構想です。水耕栽培で、肥料と水温管理、温度管理をして年に3・4回の収穫を目指します。
必要なエネルギーは温泉熱(地熱)、太陽光、太陽熱発電、風力、バイオ発電、空気中の熱吸収、なんでも使うのです。みんな自然のたまものですね。
人口太陽も必要な要素ですね。

耕作放棄地も使うことは必要ですが、食料工場的発想もよろしいのではないでしょうか。ミツバチを使う授粉や、細菌からの防備など、管理が徹底できます。

国は、一つの新たな産業として見本になる工場を東日本震災で大きな被害を受けた東北地域に作り、民間にも奨励して計画的に増やしていけば、土地活用、雇用の増大、食料の増産、そして再生の出来る農業と発展していけばいいでしょう。
民間も、発電事業の時のように、法的整備が出来て、事業として有効と判断したら計画に乗ってくれるところはあると思います。当初は税金での恩典もあっていいかも知れません。設備の償却を優位に考えることは出来るでしょう。

41%の食料自給率は心細いですね。80%にはしたいところです。食料輸入の財源は、民政特に福祉、子育てに回しましょう!
輸入先の特に中国に対しては別途思案をしましょうか。重要です。

勿論、問題も多いことは分かります。しかし、何かに向かって進めていかなければ、ジリジリと座して環境悪化に向かうばかりです。

天候の大きな影響も避けられるかも知れません。贅沢をする必要はありませんが、十分に栄養を取れる世界を作るのは人類の大きな願望でしょう。

今回の大震災から復興する大きな機会を天は人類に与えたのかも知れません。
被災された多くの人達、亡くなった多くの人達のことを思えば、苦労とは思えない
新規事業となって欲しいですね。
全世界人の、そして日本人の英知を結集して人類の幸福に思いを致したい!
ECO推進委員会


どういう委員会だか分りませんが、私の方針によって返信します。
私は、農業開発を目指していますので、食べ物に対しては厳しく対処しています。
食事の時は、作った料理は勿論残しません。
基本的に、1日2食です。夕食は何かの時にしか食しません。
おおよそ、30%以上の節食をしています。カロリーが足りないということはありません。
(久しく昔は、こんなに多くの食事はしていなかったでしょう。)


その為に、体重はほぼ一定を保ち、夕食をしなくてもひもじい感じはありません。
良いこともあります。
サーチュイン遺伝子が眠りから覚め、働いてくれます。
血液の中のミトコンドリアが増え、血管のダメージをおさえることができるのです。
血管が何時までも若々しくしなやかで、動脈硬化、心筋梗塞、肝硬変、脳溢血等の
関係病魔から遠ざかることが米国のマサチューセッツ工科大学の博士によって証明されています。


日本でも数年前から、京都大学等では研究が始まっています。
有名な研究ですからご存知かも知れません。


少し話しがズレてしまいました。

私は世界でも貧困国と言われるバングラデシュで農業開発を志しています。
この国は、教育が行き渡っていなくて、子供の2人に1人は学校に行けていません。
ゴミ捨て場では、多くの子供たちがゴミ収集車の到着を待って争うように残飯を探します。
ダッカの街中には道路上に大きな鉄製の箱が据えられ、生ゴミを捨てていきます。
街中に、生ゴミが腐るにおいが広がって何とも不衛生極まりませんが、
そこでも、食べ残しの食料を探す人がいるのです。

日本が裕福だと言うのは錯覚です。日本だって苦しい時代はあったのですからね。
1度裕福さを経験すると人間は弱くてなかなか生活を下げられないのでしょうか。

日本全国で、3食から2食にしたらどうでしょう。約30%の節約です。
食料自給率は一気に上がります。農家は困るかも知れませんが。
中国も困るでしょう。バカな日本が買ってくれないと問題です。
この余った食料を安く国連の機関が買い上げ、食料の本当に困っている国に配布するのです。
あまり良い食料?とは言えませんが、当面は飢餓線上の人々は助かります。

これは夢でしょうか。
50年以上昔に夢みたいな話が、現実に起きています。
なんでも最初にやるのは難しい、反対意見もある、現実的ではない。
やらない事を正当化しようといろいろ考えます。
やってみないと絶対結果は出ませんね。
宝くじを買わないで当たらないと言っているようなものです。

さて、下手なワープロで疲れてしまいました。
このあたら意で失礼させていただきます。
Eco頑張ってくださいね。



6ヵ月間の基金訓練に参加していました。終了してしまうとさみしいですね。何もすることがなくなってしまいました。

私は今再び自由の鳥となってバングラデシュに向かおうとしています。今度は数多くの仲間が支えてくれるようになり、やりがいも大いにある状態です。

日本にいるバングラデシュの人達とも連絡が取れるようになりました。
今度は、希望も情報も以前とは格段の量になって出かけます。


過去の失敗からも得るものは豊富です。今度は失敗することは絶対に許されないでしょう。

若者の中にもバングラデシュに興味を持ってくれる人もいることが分かりました。
私だけでは荷が重いので精神的にも助かります。


国同士で考えると助けたことが今度は助けられることになるのではないかと考えます。
過去の歴史を見てもそのようなことを繰り返しています。

若者はこれからのことを考えて、年配者は過去のことに思いを馳せて多くの人達にもっと関心を持ってほしいですね。

仏教徒の多い日本人は、仏教が生まれた寺院跡がバングラデシュに遺跡として残っています。
その遺跡を巡礼することは、イスラム教徒がメッカを巡礼するような精神的価値があるのではないでしょうか。
バングラデシュは貧困国と言われ続けていましたが、今やメラメラと燃え始めています。

人口は日本より多く、若さもあって目覚ましい勢いを見せ始めました。

元気のない、日本から見たらエネルギッシュに感じます。

かって、日本が戦後の焦土から立ち上がって行ったあの勢いを見ることができます。


バングラデシュのこの勢いを実際に自分の目で見てみませんか。

暑い国と言われ、敬遠する人もいるでしょうが、今年の日本の夏に比べたら大したことはありませんよ。


最高気温が日本より低い日が何日も続いたのを確認しています。

これから、日本と同じように気温は下がっていきます。


私は久しぶりにバングラデシュを訪問します。

泊まるところ、食事、見るところを確認してきます。

10人位でワイワイしながらツアーを組んで行きましょう。

なんだか楽しくなってきましたね。



質問などがありましたら是非私に1報下さい。待っています。

基本的ですが、HPもありますので是非のぞいてみて下さいね。

http://bangladesh-japan.net

$ここにブログタイトルが入ります
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今日の気持ちは、少し高ぶっています。
何気にテレビを見ていたら、女子バレーをやっていました。
結論から言うと、3ゲームストレート勝でした。1度もリードを許していない完勝でしたね。
相手は、昨年の優勝チームで世界ランキング1位の”ロシア”でした。
2セット目の途中からロシアはやる気がうせたような感じを受けました。
いろいろ考えてみましたが、ロシアのエースアタッカーを封じ込めたのが大きな勝因だったようです。

過去に、日本チームが強い時期もありました。しかし、最近はロシアに勝てるような気がしなかったのは確かです。
でも今日はすっきりと頂きで、日本選手ははつらつとして見えました。

「盛者必衰の理を表す」という言葉を思い出しました。次に対戦したらガラリと変わるかも知れません。
でも、勝を呼ぶのは実力だけではないということも事実です。運でしょうか。私は気持ち、気力と思いたい。
私は、人に良く勝癖を付けようと言っています。内容はなんでもいいので、少しでもいいことがあったら勝を意識するんです。それをならべて行って、本当の勝者になっていくことを提唱しています。

かくいう自分も以前、いい時がありましたが、いまだ浮上せずの状態がつづいています。
今は、暗い気持ちを抑えて過去の成功体験はしまいこみ新たな挑戦をしていきたいのです。

少し、説教じみた話になってしまいましたが、お許しを請う。

自分の気持ちを引き立たせるために、このサイトをお借りしてしまいました。
最終的には、砂漠を緑化することが目標ですが、まだ遠い先になるのでしょう。

現在、バングラデシュに肩入れしています。農業開発を目指して計画を練っています。

スタートは出来そうで良いところまで行ったのですが、失敗してしまいました。

今度は、自分ひとりで始めます。船頭が多いと船が山に登ると言う事ですね。