強制退院と出入り禁止を受けた私は、もうどうする事も出来ませんでした。
母親に「なんで、お酒を病院で飲むの!」 と、言われても返す言葉もありませんでした。
事実、身体がアザだらけになっているのも片方の目の廻りがパンダの様に黒くなっているのも、私自身、身に覚えが無いのです。
今、思えば「アルコール性 てんかん」ではなかったのではないでしょうか?
記憶も無く床に転げ落ちた自分を、どう説明してよいか? 私自身、どうしようも無かったのです。
病院を出たのは夜でした・・・そして、追い出された病院から紹介されたのが精神病院でした。
相当、ショックでした。 母は、もっとショックを受けた事と思います。
「アホか! なんで精神病院へ入らなアカンのや!・・・そんなんならココで死んだるわい!」
・・・・と、遮断機の下りた踏切内で座り込みました。・・・結局、母の力に負けて踏切内から引きずり出されました。
実は、離婚の時に元の嫁のお腹には子供が居たのです、その事もずっと考えて考え抜いて・・・。
(私が、酒びたりになる前くらいから性行為もしていないのに、妊娠3か月との事でした。
今、思えばよその男と遊んでいたんでしょうね・・・夜中に出ていくし、問い詰めても家に居たの一点張りです・・・車の駐車位置がズレテいるのに。
・・・離婚はするから産んでくれと言っても絶対にイヤと拒否されました。・・・・最後は、自分の子供やろが! 産め!とキレましたが答えはNO。
・・・確実に俺の子じゃないと確信もありました、後輩の結婚披露宴に出るのに先輩の車で式場に向かっていた時の事です、我々は信号待ちで停車していましたが嫁がアルバイト先から店長と一緒に出て来て(それも私服でしたね)店長と手を繋いで満面の笑みで私の前を横切っていったのです。それも店長のアパート方に向かって・・・・しかし、私には披露宴もあるし、横には先輩が運転している・・・・・・先を急ぐしかありませんでした。)・・・・・私の脳裏にはこの事が、あの瞬間が今でも許せません。
あまり、月日が経過すると母体に良くないと言う理由で、泣く泣く堕す方向で印鑑を押しました。
この、行為が「私を含め、元の嫁も憎らしく思え」
私は、ハンコひとつで人を殺めた!と、思うようになり次第に酒の量も増え「アル中でありながら、鬱病も発症してしまうのです」
なんで、あの時印鑑を押したのだろう?・・・ハンコひとつで簡単に人を殺せるのか?
人殺しやな「俺」・・・・と思う様になっていたのです(実は、この事は今も引きずっていますが、もう鬱ではありません・・・・生きていたら、今なら18かな。)
それから、自分を責めて責めて責め抜きます!
そして、都合よく忘れたいが為に飲んで酔い潰れて、また呑んで・・・の繰り返しの日々を送りました。
うちの祖父さんは、こう言いました。 もう、自分を許してやったらどうや?って。
酔ってはいましたが、号泣した事を覚えています。
それから、ほどなくして私はとにかく今の状態では駄目だと思い、重い腰を上げ「精神病院」へ行ってみる事を決意したのでした。
see you !