
都内の病院に転院しました
転院した病院は子供専門の病院
子供専門
というだけで
なんだか少し安心
入院手続きを済ませ病棟に向かい
荷物を置いたら…
時間も時間なのでお腹を空かして
泣く息子

しかし…
病院ではミルクの時間が決まっているので
ギャンギャン泣いてる息子に
ミルクをあげることが出来ない
段々本気で大泣きしてる息子に
看護師さんがおしゃぶりをしたんだけど
こんなのにだまされるかー

的な感じで
直ぐにペッ
と出す息子
泣いてはおしゃぶり

…を何度か繰り返し
埒が明かないから
しまいにはおしゃぶりを
テープで貼り付けられて
口から離れない様に
されてしまいました(笑)
仕方なくおしゃぶりを
チュ~チュ~
する息子
テープを貼られてる姿を見ると
私もとても切なくなった
でも仕方ない…
その姿を横目に
私達夫婦は
一旦病院を出なければならず
面会時間になったら
また来て下さいとのこと
この病院は完全看護なので
面会時間しか会えないのです
この時点で息子は生後2ヶ月程…
離れるのはとても心配だし寂しい
でもそんな事は言ってられないよね…
検査をして
間もなく病名が分かりました
誤嚥性肺炎
陥没呼吸
誤嚥性肺炎と分かって
前の病院では結構なミルクを飲んでたので
肺炎は酷くなる一方
もしかしたら
そのまま死んでしまってたかも知れない…
それに投薬も全く意味を成さず
小さい身体に針を刺し続けていたのか
そう思った時はゾッと
しました
治療としては身体の向きや
ミルクを飲む前にタッピングをして
様子をみていきましょう
との事となりました
息子が転院してから退院するまでは
面会時間の少し前から
面会時間終わるまで
毎日欠かさず
病院に行きました
私が行けば
ミルクの時間になったら
直ぐに看護師さんに言って
飲ませてあげられるし
抱っこもしてあげられる
っていうか
何より私の方が
息子の顔見て安心したかったし
一緒に居たかったんだよね
そんな毎日を繰り返し
生後4ヶ月になる頃
ようやく退院できる事になりました
この時にたまたま出会えた研修医の先生
たまたまの出会いで
息子の命が救ってもらえたと思うと
本当に感謝
息子って何故だか分からないけど
昔から人に恵まれてるの
今に至るまでに
色々な事があって
私も沢山悩んだり泣いたり
してきたんだけど
何故か息子関連で出会う人には
都度恵まれてるの
数えきれない程の
沢山の人のサポートを受けて
私達親子はここまでこれたんだなぁ〜
ってしみじみ感じます
(しみじみ感じるなんて私も年とった証拠だな笑)
といってもまだまだ大変な事も
多いんだけどね
でも人の温かさに触れた時って
人との出会いって奇跡
&感謝
ご縁は大切にしていきたいな
って心の底から思います
私の息子は最重度の障碍があり
日本に同じ障碍の方がいるかどうか…
未だに分かりません
当時PCで探しても同じ様な方がいなかった為
サークルに入るとか
出来ないし
今後こうなる
等
何も情報がなく
どうなるかわからない息子の子育て…
何度も悩んだり泣いたりしました
でも家族や周りの方のサポートを受けて
息子は今21歳で元気に通所しています
障碍があってもなくても
初めての育児は大変だし
2人目以降の育児もとても大変
育児だけではなく
色々な悩み等
周りになかなか話せる人がいない…
等色々あると思います
私自身も息子が産まれてから
息子の育児を通し色々な経験を
させてもらっています🍀
その経験を活かし今私も通所施設で
働かせて頂いています
また息子の下にも娘がおります
その兄妹の問題等も後に書いていけたらと
思っています
一人で悩んだりされてる方等…
是非コメント頂けたら嬉しいです