気が付けば、今の今まで響いていた金属音がやんでいた。代わりに足音が聞こえてくる。逃げるような、慌ただしい足音。浪士たちだろうと推測する。
「よかった………‼」
緊張が解けるとともに香月はあることに気づいた。
鼻にこびりつくような、
血の匂い。
「見るな。お前は見なくていい」
顔色が悪くなった香月を気遣ってか、仁はそう言った。見せないようにその光景を背に隠してくれている。香月は頷きだけで答えた。
「とりあえず俺たちもここを離れよう」
「…うん。暗くなる前に行こうか」
仁が隠してくれた光景を見ないように、香月は道を逸れようとした。だが、それは叶わなかった。
刀身が行きてを塞ぐ。
「待て。お前らは何者だ。長州の仲間ではないようだが」
「土方さん、そんなこと聞くことないですよ。こんな所にいる時点で怪しいんですから。斬りましょうよ」
「お前は黙っていろ。副長、屯所に連れていくんですか?」
浪士から感じた”殺気”は”殺気”などではなかった。香月は恐怖した。あれは”怒り”であって”殺気”ではない。今感じている恐怖こそが”殺気”と呼ばれるものだ。
纏わりつくような感覚。首元に切っ先を突き付けられているような錯覚すらしてくる。
多くの者はこの恐怖に耐えられず、考えることを放棄する。逃げることも、喋ることすら出来ずにただ突っ立っているだけ。
でも、
香月は違った。考えることを止めなかった。恐怖に耐え。逃げようともせず言葉を発した。
「さっきから、勝手なこと、言わないで下さい」
六つの目がこちらを向く。
「わたし達は長州の者でもなければ、あなた達に斬られる理由もありません」
香月は瞳をあげた。
弱々しく濡れた瞳は青黒く暗い眼孔に晒されて、威圧されさらに縮こまる。本当に刃を突き付けられれば崩れそうな目だ。実際に土方はそうした。
しかし香月は崩れなかった。脅えた目をしながら逃げることも言葉をお発することもせず。ただ目の前の現実に自分を見せている。物乞うわけでも、刃向かうわけでもなく、茶色の瞳は晒され続けた。ただ真っ直ぐに。
「……チッ。わかった話は聞く。一緒に屯所に来い」
土方はつぶやきながら刀を鞘に納めた。
香月の答えは決まっていた。
「わかりました。行きます」
