星が出ない。


今年の冬は寒かったので、暖かくなってから天体観測をしようと考えていたのだが、どうやらその考えが甘かったらしい。

4月は春雨、5月は五月雨、6月は梅雨。見事に晴れた日は僅かしか記憶にない。それも夕方には曇りはじめ、期待していた星空とは寸でのところで幕が引かれてしまう。

「今日こそは」そんな苦渋を何度味わわされたことだろう。


だから、今日も退社してから祈る様に夜空を見上げたが、やはり星は出ていない。「今日もダメか」溜息を疲れとともに吐き出した。


自宅に着き、駐車場に車を止め、外に出る。

目の前に見えたのは、四つのひしゃく。

北西の空の低空に、まるで天から地上の人々の視線を掬うかの様に直立する北斗七星。

まさか、ひしゃくだけでこんなに大きく感じるとは。


四つのひしゃくに圧倒されながら、その先の柄を半ば誘導されるかの様に見上げていく。

美しい、北斗七星。


そして、その上に広がる星の競演に、俺は先刻の何倍も吃驚するのだった。


北極星が星空の中心に座し、北斗七星とカシオペアを天秤に掛けている。

僅かに東に偏った天秤のバランスを取る様に、りゅうとペルセウスとケフェウスがふんわりと載り、さらに天頂付近には真っ白く輝くベガと、その先にデネブ。そして東には雲の挟間を掻き分けてまるで俺を忘れるなとばかりにアルタイルもきらきらと瞬き、薄灰色の向こうから新しい季節の到来を主張する。

西の空には薄雲に陰りながらもアルクトゥールスが静かに若い星たちを見守り、空間の拡がりに時間の奥行きまでも与えているようだった。


雲に覆われていた、たった1/4の星空に、これだけ釘付けになり、これだけ癒された事なんて、初めてかも知れない。そう思ってしまうほどに足が動かなかった。


すると、そんな空気を察したのか、雲が再び全てを覆い始めたのだった。