観念の解体
「私はいつか見捨てられ孤独になる」
そんな決意(観念)を持っている自分は
いつかの過去にこれをつくっているわけだ。
母に幼少のころ虐待されたからかもしれない
戦争で孤児になったからかもしれない
奴隷の時に無人島の置き去りにされたからかもしれない
決定的な決意(観念)は、過去生でつくられたものかもしれない
これを解体すれば、感情は本質的に癒される
どうやって癒すかはまた次回
観念の解体
「私はいつか見捨てられ孤独になる」
そんな決意(観念)を持っている自分は
いつかの過去にこれをつくっているわけだ。
母に幼少のころ虐待されたからかもしれない
戦争で孤児になったからかもしれない
奴隷の時に無人島の置き去りにされたからかもしれない
決定的な決意(観念)は、過去生でつくられたものかもしれない
これを解体すれば、感情は本質的に癒される
どうやって癒すかはまた次回
怖れていること、それを思い浮かべて、感じていく。
どんどん感じていく、30分でも1時間でも。
そうするとそれが消えていく。
悲しみとか、憎しみとか、ネガティブな感情はこうやって開放していく。
でも感情を作った根本の観念を解体しないと、一時的に開放されたネガティブな感情は
また日を改めて生まれてくるかもしれない。
根本の観念とは、
「俺はあいつに裏切られたから復讐してやる」という憎しみの決意だったり、
「自分はきらわれて捨てられる運命にある」という悲しみの決意だったり、
「自分はいくら働いても貧乏から抜けられない」という怖れの確信だったり。
観念の解体についてはまた次回。
ステージ4の肺がんから、全快した著 者のノンフィクションストーリー。
私なりに、超ざっくりまとめると、成功法則2つの王道が語られていた。
最初の1つは、成功した自分のイメージをリアルに感じること。
でもこれってとてもむつかしい。なぜか?
成功したイメージをリアルに感じられないから(笑)。
成功したイメージを「無理だ、嘘っぽい」というもう一人の自分がいるから。
じゃ、どうする?
「無理だ、嘘っぽい」と言っているもう一人の黙らない自分にどんどん喋らせることがコツなんだな。
2つめ、あきらめること(爆)。
自分では無理、神様にお願いしましょ、ということ。
神様より自分を信じている人は自分のやり方をやりつくしてあきらめた後でないと、神様にお願いできないかもしれないけど。
以上、かんたん解説でした。
1996年のアトランタオリンピックでの爆発テロで、犯人扱いされた無実の警備員と支援する弁護士を描く実話の映画化。
題名の『リチャード・ジュエル』は警備員の名で、彼が犯人像としてシナリオを描きやすいバックグラウンドを持った人物であることから、功を焦るFBIとマスコミとシンプルな真相を欲しがる大衆からたちまち犯人として祭り上げられる様が描かれる。気骨ある弁護士の助力を得ながら、周囲から馬鹿にされてきたリチャードの後半の反撃が感動的だ。
10年ほど前、まだ自分がサラリーマンだった時に、会社の顧問弁護士と酒席で話す機会があり、痴漢の冤罪について聞いたことがある。なんでそんなこと聞いたかというと、当時痴漢の冤罪が多少社会問題になっていて、邦画『それでもボクはやってない』が公開されていたころだったからだと思う。
弁護士先生は明確に「もし、私のクライアントが痴漢の容疑で捕まって弁護することになったら、たとえ無実でも容疑を認めてさっさと終了させる」と言い切っていたことを思い出す。それは痴漢自体、罰は重くないし、嘘でも早く認めれば社会的損失がサラリーマンでもほぼない事、逆に法廷で争うと社会的損失が拡大してしまうとうことだったと思う。
法律上の真偽や扱いは別にして、現実は自分が創造しているというスピリチュアリズムの観点に立てば、冤罪の被害者になるということは、無実でありながらも、なにかしら相応する罪悪感を持ってしまっているということでもあるかもしれない。
昨日と同様、今日も高松湯に行ってきました。
少し深い浴槽とバブル噴射の浅めの浴槽が並んでいまして、
お湯は備え付けの温度計では42度くらいですが少し熱めに感じます。
自宅のユニットバスでは味わえない、肩まで湯につかって芯から温まる。
お客さんは見た所40前後の方が多く、皆一人で来て、もくもくと洗い湯につかり
帰っていくという印象です。
私の住んでるマンションから今は使われていない高松湯の煙突が識別できるんですが、
創業は昭和3年らしい。
3連休の中日の夜に給湯器が故障してお湯がでなくなり、
必然的にお風呂にはいれなくなりまして、じたばたしたものの修理に来れるのは3日後ということになり、
やむなくというかチャンスというか今日はほぼ50年ぶりに銭湯に行ってきました。
昨年暮れに目黒駅近くに越してきまして、行った銭湯は、近所の『高松湯』。
http://shinagawa1010.jp/list/takamatsuyu/
番台には黒電話、30円入れて使えるドライヤー、昔の小学校の板敷廊下と同じ床、明治牛乳の冷蔵庫、
売り物として1本だけあったブロンソン顔のマンダムの化粧品、昭和45年の空間を変えることなくそのまま保存。
明日も行きますよ♪
、
明日で、昨年12月23日から続けてきた21日祈願が終了します。
21日祈願とは、願いを成就するために神社に連続21日間通って祈願すること。
自宅から30分程度なので、赤坂の日枝神社に通い続けてきました。
一昨年の夏にはお金のことで、昨年の夏には仕事のことで、21日祈願してほんわかと苦労せず願い事が叶いました。
お願いをしていく前提として、神様を信じて尊重していること、祭られている神様のお名前をきちんと事前にわかっていること等は必要です。
会社の社長にお願いに行くのと同じですね。
祈願の方法については、自分の願いとともに、関係する人々の幸せも願うことと、願いが成就したことを先取りしてお礼も併せておつたえしておくと神様が動かれやすいなと感じています。