連日の宣伝活動で、最初はそんなに興味がなかったのですが
上映が始まると見に行きたい気持ちが高まり
夫と二人で見に行ってきました。
私の行った映画館は上映時間が微妙で
夕飯の前に見るか、後に見るかで悩む時間帯。
結局、早めに夕飯を食べて18時台の上映を見ました。
入り口で『ポチ袋』を貰えて
夫が中身なんだろう♪と言ってたけど
いや、中身は『ポチ袋』でしょう!
他に何が入ってると思ったの?と突っ込みたくなりましたが
イラストレーターの人が新たに書き下ろしたデザインなんですよね?
流石ですね!
色んな方が『木村拓哉』のためになら時間を割く。
その生きざまの背中を見ていたくなる。
本物の彼は、実物の彼は、どんなにか魅力ある人なのか。
木村さんの映画は、数年前に見た『マスカレードホテル』
こちらは、ほぼ室内ロケで
私としては視野狭い系の映画は映画館で見ると不満を感じてしまうので
今回の『レジェンド&バタフライ』は
相当、東映が力を入れてロケのセットも規模もすごいので
まずその視野が広く感じる絵に感動しました。
どこまでが本物でどこまでがCGなのかわからないぐらい
すごく自然の広大さや雄大さやおそろしさが表現されていた。
歴史に忠実かどうかは捉え方の違いで
本当のことなのかどうかも分からないことが多いけど
とにかく
『信長』も『濃姫』も存在していて
彼が『本能寺』で『明智光秀』に謀反を起こされて
志半ばで亡くなった。という事実は変わらない。
その中で、誰がどのような感情でそこに至ったか。
信長はなぜあのような人物になっていったのかは
本人のみしかしらないから
歴史上の戦国時代に最も有名な人物として
多くのドラマが作られて、様々な信長像を描いていった。
木村さん自身、自分の家紋が同じという事と
演じている年齢が信長が亡くなった年齢と同じという事。
そして、以前信長を演じた時と違うのは
自分には妻がいて子供がいる。
背負うものが人生に出来たという事で
信長を演じるにあたって、時代の差はあるけど
なぜ、信長は天下のために人間として大事な事を捨て
血も涙もないような行動をし続けたのか。
そして、結局それは自身が謀反を起こされることで
何も成し遂げなかったかのように
時代は家康の方に動いていった。
そして、その家康の築いた世は江戸時代として長く続いた。
そしてまた、天下は取れなかったけど
歴史上有名な人物の坂本龍馬が出て来て
お侍さんの時代から変化していった。
私の中の歴史の知識が疎いから
ところどころのキーになる人物が有名どころになるけど
いつの時代も変化をするときに、『人』がいる。
時代は流れ、今は人命がとても大事とされ
いきなり人を切ったり、戦が始まって国民が虫のように
殺されることもなくなっていき
アメリカとの戦争でコテンパンに負けた日本も
戦争に加担しない国となり
平和な時代とされる現代に生まれて来た私たちは
沢山の人が命を軽視されていた時代を過去の物語として傍観してる。
演じる人間だって、葛藤するだろう。
命がどうなるかわからない人物の役をして
そして、その場を一歩出れば
温かい家に帰って、温かい風呂に入って、バランスのいい食事を食べ
そして、安心して寝れる。
そんな風に、実際の自分とはかけ離れているような
歴史上の人物を演じる日々との対比の生活。
相当な強い精神力がないと役者って出来ないって思った。
木村拓哉は、まさに映画の中では『織田信長』だった。
40代後半のおじさんの彼が
16歳の少年を生き生きと生きて
そして40代後半まで駆け抜ける。
好奇心旺盛な生意気な男の子が
人の死を何とも思わないようない人物になっていく。
彼の目的は『天下』を取る事。
そのための手段が、逆らうものなの命などどうでもいい。
でも、その先にあるのは裏切り。
何も成し遂げてない。人をどれぐらい『幸せ』にできたのか?
そもそも、幸せという言葉すらなかったのか?
『濃姫』のことは歴史上では殆ど記載がないそうで
実際に何歳で亡くなったのかさえも定かではない。
信長との間に子供はいなかったらしいけど
それは男子がいなかったということで、実際にはわからないとか。
斎藤道三の娘として3度目の政略結婚で信長の正妻となり
その生活はどうだったのかさえもよくわからない。
信長には側室が多くいたから、子孫もずっと続いている。
その子孫の中で、信長のような気質の人はいるのかな?
昭和の時代まで男尊女卑は続いているから
濃姫の時代の女性は地位は低かったのか
殿に意見を言うなど想像もできないけど
男勝りの女性はいつの時代にもいただろうし
家康の時代には春日局なども出てくるから
賢く夫に助言する女性もいたのかもしれない。
でも、かなり濃姫の色が強かったな~と思う。
なんだかんだいっても、濃姫に対しての思いが
純粋だったと。そんな感じな描き方。
まぁこれは、キムタク自身のあてがきかな。
本人も、奥さんと結婚してそれを軸としている感じで。
夫婦ってのはそれでも不思議なもんで
親や子供とは違って血縁がなく
軸で合って、他人でもある。
それでも親より長く、子よりも長く
結婚生活が続くなら一緒にいる。
だけど、どちらかが先に逝く時が来る。
映画の中では同時期に亡くなっていた。
場所は違えど、同じ時を。
夢であった南蛮に行くことができたのか。
夫婦の物語であって、それぞれの生き方。
決戦の場には行くことが出来ない女性。
子を産む思いを経験できない男性。
絶対に理解しあえない他人同士なのに
夫婦になったことで生きていく道がある。
私自身、夫と二人で見に行ったけど
会場はとても空いていたけど
夫婦で見に来ている人たちが多かったな。
おじさん一人や、おばさん一人もいたけど。
歴史の年方が出て、人物が登場するので
歴史をある程度理解していないと
登場人物の立ち位置がわからないので
信長の歴史ぐらいはネットで調べてから見た方がいいな。
有名な本能寺の変が、信長の物語を語る上ではラストになるのだけど
その後はどんなふうに歴史が動いていったのかも
知って行きたくなるのだよね。
でもさ、殿様の話しって物語になるけど
こんな風に混乱の戦国時代に
一般市民はどれだけの生活を強いられていたか。
主君が変わるたびに、やり方が変わり
城に収める物を強要されて
機械の金具の一部のように扱われていたのだろうなと思う。
そんな風に、国で天下を取ろうとする愚かな主君の場合は
国民の思うなど考えていなかったのだろう。
いつしか、歴史上の政治家が国民の生き方にも目線と落として
日本という国をいい国にしていこうと社会を整えて来た。
それなのに、今は戦国時代でもないし戦争にも加担しない国なのに
当たり前に冬は暖かい場所にいれるのに
食べたいものが食べれるのに
子供には義務教育を受けさせてもらえるのに
なぜ、国民はいつも国を不満に思うのだろう?
もしかして、これは遺伝子的に本能的に
ずっと国民が国に対して抱いてきた残像なのか?
信長は確かに歴史では有名な人物で英雄扱いされるかど
でも、その時代の国民にとって見たら
酷い主君だったのではないか?
上ばかり見て、下を見るような人間ではなかったのではないか。
墓石さえも、白の石段に使う人物なので
死んだ人間に対しても尊さのかけらもないような
自分が主君になることしか頭にないような。
そんな人間だったのか。
それでも、生まれた場所が党首の嫡男だったということで
立場を最大限に利用して、親の力を利用して
君臨できた。どこかそれは破滅に向かうしかないような。
味方でる人間に謀反を起こされるってよっぽどよね。
理由は確実な事はないにしても
その後は三日天下として、すぐに明智光秀も殺されてるし。
でも、光秀を打った豊臣秀吉には子がおらず
子孫は残っていないとされている。
秀吉を打った徳川家康は400年も続く道筋を作った。
どれぐらい国を考えられるか。
自分が高く豪華な城を持つことだけを考えているよりも
その城を持ってもなお、国を考えられるかどうかなのか。
小さな会社でも社長がいて社員がいる。
社員は経営者ではないから責任は逃れられるけど
でも会社は社員がいないと成り立たない。
家族も夫婦がいて
子供が生まれて家族になっていくけど
夫婦の立場がどうあるかで、そのコミュニティが出来上がる。
学校もそうだ。
社会は小さなコミュニティがいくつか集まって
大きなコミュニティになって存在している。
まず、『人』なんだと思う。
信長は最後は殺されてしまったけど
木村拓哉という人物は、全くの別人だ。
事務所というコミュニティの中では
いちタレントして、組織に仕えているけど
映画の中では主君としてリーダーシップを取る。
SMAPというグループは分裂してしまったし
自分の実家の家族は今は集まらないのだろうけど
自分が作った家族は大事にして
事務所の後輩には愛情をかける。
バランスがいいようで、とても不安定な要素もあって
とても人気があるのに、絶対にアンチもいる。
彼をすごく好きない人もいるけど
すごく嫌いな人もいる。
でも、それが彼なんだろうな。
ここ数年を見ても、木村拓哉のような生き方をしている人はいない。
ジャニーズ事務所はすごいタレントを抱えているんだと思う。
彼を見出した人もすごいし、育てた人もすごい。
でも、木村拓哉を生んで育てたお父さんとお母さんが
すごいんだと思う。
彼は今、絶対に父や母の話しはしないけど
彼の中で何か納得いかないようなことがあるとしたら
その原点が理由なのかもしれないね。
どんなに強く見える親も、年老いていく。
どんなに理由があって分かり合えなくなったとしても
結局は、自分の原点は親でしかない。
親が自分が生きているうちに、『受け入れる』ことが出来たら
何かが大きく変わるんだと思う。
子供の自立って、親と連絡を絶つことじゃない。
どんな親の事も、『受け入れる』ことが出来たら
それは自立なんだと思う。許すとも言うし、諦めるとも言うけど。
世の中には本当に酷い親だっているけどね。
でもその人自身も誰かの子供なんだからね。
親は子供を生んで、親になるわけではない。
子供が親にしていくのだと思う。
親の事、好きだからとか立派だから尊敬しているとか
そういう場合もあるけど
すごくダメなすごく弱い。
親って死にゆくときに本当に腐敗臭を放つように
ドロドロの物体になっていく。
すがりつく手はドロドロに溶けて
吐く息は悪臭でまみれ
排泄物も異臭を放つ。
いうなれば、それぐらいみっともないような醜さを
目の当たりにさせながら人間として朽ちていく。
子供に向かって酷いことも言うだろう。
人格否定とか、存在否定とか。
だけど、そうされたことも
全部ひっくるめて、『受け入れる』
弱さを許してあげたいと思う。
その時にはじめて、子供として自立できたんだって思う。
それは亡くなってからかもしれない。
もう、傷つけられることがなくなって初めて
心が解放されて、気が付くのかもしれない。
生きてる時に、出来たらいいけど
もう会話も出来なくなっていくし。
私もいつか自分が死ぬ時が来るとしても
ひとって、どんな生き方をしても
死に方は選べない。
家族に感謝を言いながら死にたいって思っても
そうできないのがほとんどだ。
生まれた赤ちゃんが言葉を言えず泣くしかできず
意思の疎通ができないように
死ぬときだって、人間は意思の疎通ができないと思う。
だから、生きてる今がすべて。
生きてる時にするしかない。
私から見て、織田信長は愚かな人物だと思う。
キムタクが演じても
歴史の中の人物として憧れる人ではない。
でも確かに存在していて、世を繋いだ人。
悪い人間だったとしても、素晴らしい人間だったとしても
彼の存在で歴史は動いている。
色んなこと考えた映画だった。
というよりも、木村さんの事を考えた映画だったなって思う。
最後に、ここは私の自由に書く場所なので
歴史考察も人物考察も、独りよがりです。
私はメンドクサイ人間なので
勝手な思いがあります。
でも、素直な気持ちで書きました。
まとまりのない文章は人に見せるつもりではなく
私自身が頭の中のまとまりがなくなってきているからです。
更年期の年齢になり、精神的にごちゃつくことも増えました。
時々、人は死に向かって生きていると自覚する時もあります。
こんな風に書いて、いつか私がかかなくなったとしても
家族は私のブログを知ることはありません。
誰も私を特定できない。
そう思って書いていきたいのですが
誰か存在している人を、
それが芸能人でも悪く書きたくはないです。
尊敬の念を込めて、木村拓哉さんのことを書いているし
家族の事も私の想像でしかないです。
もし違っていたら申し訳ありません。
私自身、SnowManのファンで彼らの親御さんを尊敬しています。
彼らを生み育ててアイドルの道を許してあげたこと
すごいと思います。
それもあって、木村さんのご両親はどうなんだろうって思ったのです。
本当は凄く仲がいいかもしれないので
もし、勝手な憶測で今は疎遠を書いてしまったのは
失礼に当たりますね。
でも、もし何かのタイミングがあればご両親の事も
話す機会があったらいいのになって思います。
それが何というか、高齢の親を抱えている同世代の私たちから見て
なんか感じることが出来るかなって思うのです。
このブログが目に付くことはないにしても
言霊ってあるからね。
なんとなくそう思いました。
ふぅ~
長い文章書くと時間があっという間だね~~