うちは割と離れて住む息子たちと私たち両親は

会話をする方だと思う。

 

いやむしろ、離れているからこそ会話があるのかもしれない。

今は昔と違って、電話代を気にしないで電話が出来るので

いい時代だなぁと思う。

 

私が一人暮らしを始めた時は電話がなかったので

近くの公衆電話に行って、電話をしていたなぁ。

駅に着いたときとか、公衆電話に長蛇の列があったりしてね。

 

今思い返すと、他人が唾を飛ばして使っていた受話器を

なんの消毒もしないで使っていたんだよ?

それも計り知れない数の人が使っていた。

 

それが今は、一人一台のスマホを持ち

なんなら居場所さえわかるアプリを使っている人もいる。

 

うちはしてないけどね。居場所アプリ。

高齢の一人暮らしの父には入ってるけど。

 

夫や息子たちには開放的というか

最近は長男のSNSをフォローしていないし

次男はSNSをしていないので

会話しかないって感じ。

 

それで、割合的には長男はかかってくる率が高く

次男はこちらからかけないとよっぽどじゃない限りかかってこない。

 

でも、私は殆どかけないで

夫が主に電話する。

私はグループLINEで送るのが主だけど

今月の電気代や支払い系のお知らせを送ったり

犬の画像を送ったり

文章はなるべく短く。

既読がつけば安心だし、リアクションスタンプや

普通のスタンプで、息子たちはさらっとアクションをする感じ。

 

夫とはよく、車の話しをしたりスポーツの話しをしたり

男同士仲いいよねって思う。

時々、父と息子の旅に行ったりするから

その話を友達にすると、「すごく仲いいね?」と

父親と息子ってそんなに旅行とかするの??

みたいに言われるけど、そうなのよね。

普通にするよね~

 

気楽みたいね。なんか説教みたいのとか教えみたいのもないし

学生時代も今も、夫は息子たちの勉強に関しては

全く何も言わなかった。

まぁ、私に全任せって感じだったんだけどね。

でも、私も勉強面については

高校生ぐらいからは全くではないけど、殆ど言わなかった。

大学進学も本人たちが当たり前に自分からそう思って行動した。

 

世の中は高学歴こそみたいな雰囲気もあるし

進学した大学のレベルで人の価値を図るようなところがあるけど

私はそうは思っていない。

 

もちろん、学ぶ姿勢は大事だし

高学歴は自慢にもなる。頭の良さは生きていく上で

とても武器になる。

でも、どんな職業につくかが目的で

そしてどんなふうに自分の人生を自分らしく生きれるかだと思う。

 

それに向けて、彼らが進路に悩んでいた時に

出来ることは私には見守ることしかなかった。

そして、お金を準備すること。

 

生きるために必要なのはやはりお金。希望の道に進むために

それはやっぱり必要。

でも、親が出来るのはそれぐらいで

あとは、自分自身が『人と出会う』事で

その人の人生が決まっていくと思う。

 

だから、息子たちに求めるのは高学歴とか自慢できる鎧より

心の持ちようだって思って来た。

 

私はそれを理論的に言うことはしたけど

夫はそれを言葉に出さないで行動していたのだと思う。

 

夫自身が自分がやりたいことのために学んで

自分が選んだ仕事に向き合って積み上げて来た。

 

今の状況になるまで沢山の苦労があったし

沢山の自慢できることもあった。

でも、夫は自分の自慢話もしないし、苦労話もしない。

 

それじゃあ、周りに伝わりにくいよ?わかってもらおうと思わないの?

例えば、義父はわかりやすい自慢話をするのが好きだ。

学歴や権威のある人が自分の周りに居たら

それをことさら自慢する。

夫だって、ちゃんと話せば、自分の自慢話をしてくれるよ?

姉が学力優秀でずっと自慢していたみたいに

弟が国立大の大学院まで進んで企業に奨学金を貰えていた優秀さだったり

 

夫はそのわかりやすい自慢はないのだから

仕事の成果でいくらでも自慢できるんじゃないかな?

だって、優秀と言って自慢されてきた姉や弟より

あなたの方がうんと稼いでいるじゃない?自分の力で。

 

でも、夫は自分の仕事の成果や得たお金を自慢しない。

まぁ、収入はすべて私に管理を任せているから

あんなに仕事して得た報酬を額面をほぼちゃんと見ないのよ。

全部私がやりくりして、その中でもらえるお小遣いと

好きな趣味や旅行にお金が必要なら

私は全く反対せずに快く出すので

お金に困ることないから、要求を得られないことないから

額面を知らない事での不満がないのよね。

 

だから、仕事の成果を自慢しないのではなくて

「自分からすごいという奴になりたいとは思わない

 評価は周りがすることだ。自分がアピールすることではない」

 

そういった持論がある。

自分はすごいでしょ?と自分で言うことはしない。

だからと言って黙って仕事が来るわけではない。

相当な努力があって、苦しみだってあるはず。

でも、最終的にはお客さんが喜んでくれる。

「ありがとう!!」って言う気持ちになってくれる。

それが一番大事なんだと思っているのだと思う。

 

そういうことが、父親の自分の生き方や価値観が

そばに暮らしている時には息子たちはよくわからなくて

ただ忙しくて家に居ないとか、忙しくて自分たちの進学の事を

全く何も言わないから興味ないのかとか

そんな風に思っていたのかも。

 

でも離れて見て、何不自由なく進学して生活できているのは

親がどれぐらいしっかりと支えてくれているのか。

それが見えてきたからだ。

加えて、バイトなどをして世間の大人の関わっていると

会社を経営していくことがどれぐらい大変なのか

わかって来たのだと思う。

 

それなのに、その苦労話も自慢話もしないで

自分の仕事に向き合っていたんだなと

じわじわとその価値が見えてきたのは

男の子だからなんだろう。

男子として、求められることは仕事だって。

そういうのが分かって来たのかも。

もちろん女子も仕事は必要だけど

やはり、ストップする時期がある。

でも、男の場合は仕事をすることを基本止めない。

 

自分たちが物心ついたときには、父親は会社を経営していた。

勤務している父親を知らない。

そしてお母さんは自営と言うのもあっていつも家に居た。

何かあれば、お母さんがいたので父親には言わなくて良かった。

 

私はちゃんと夫には伝えていたので

一応周知はしていたけど、口をはさむとかなかった。

 

でも、やっぱり自分たちは父親と母親に支えられていたのだと

思ったのだろう。

 

思えば、殆ど子育てに参加してない時期もあったのに

今とっても楽しそうな夫をみると

「おいおい。いいとこどりか?」とも思うけど

 

息子たちには、私を見習うより

父親を見習ってほしい。

社会で仕事の責任を持ってやり続けている。

ちゃんとがんばれば、家族も生活の心配がなくいれて

子供に思い通りの進学もさせられえる。

 

目に見えて強いのはお母さんだけど

その幹の中はちゃんとお父さんがいたんだなと。

 

そういうのちゃんと話したわけじゃないけど

「お父さんとお母さんには本当に感謝している」

「自分の親が本当にいいと思う」

と、二人ともが言う。

 

世の中に出て、家から離れて

それに気が付くと言うのも、素敵な事じゃないか。

 

私が息子たちに望むのは

『無事でいて欲しい』

自分の健康と安全が守られてれば、あとは自分の人生を

自分らしく生きてくれたらそれでいい。

 

実は長男の事は最近自慢したいことがある。

バイト先でもインターンシップ先でも

人柄をとても褒められるそうだ。

人に好かれてる。

「君がいるだけで社内が明るくなるよ」と言われたと。

居てくれる存在を褒めてくれるのは最高じゃないか!!

 

そして、上司によく言われるのが

「親御さんの育て方がいいんだね!」という事らしい。

 

挨拶する姿勢や、仕事に向けた姿勢や

様々な場面で感心されることがあるらしく

自分がちゃんと育ててもらえたと思うと。

 

次男も、食事の時自分が残さず綺麗に食べれるようになっているのが

当たり前じゃなかったんだと。

改めて、自分をちゃんと躾けてくれて「ありがとう」

と言われる。

 

ご飯粒を残さないように。好き嫌いを減らすように。

片付けや掃除も、当たり前に自分が身についている事。

当たり前だと思っていたら、そうじゃなくて

躾をされていたから出来たんだと気が付いたそうだ。

 

そういうことに気が付けるのが

それぞれの成長でもあるのだけど

これは離れて住んでわかる事なのかなって。

 

長男はインターンシップ先でやりたかった学びたかった仕事が出来て

自分の積み重ねて来たスキルが生かせているそうだ。

それはとても素晴らしいと思う。

 

ともすれば、お金がかかりすぎる趣味だけど

私は彼の趣味を反対しなかった。

というか

夫や息子たちがなにかを『やりたい』と言えば

やりたいことに反対はしなかった。

 

生きていく上で人に与えられて出来ないのが

『やりたいこと』をやりたいと思える事。

 

やる気がないというのは勉強に対して言われるかもだけど

私は趣味や嗜好に関してだと思う。

 

旅行に行きたいでもいい。

絵を描きたいとか

美味しいご飯を食べたいとか

そういった小さな『意欲』はすべてやる気なんだと思う。

 

夫が資格試験を受けたいと生まれたばかりの長男がいて

手がかかる時

仕事の帰りも遅いのに、土日も資格の学校に行くと

休みがなかった。家族での時間がなかった時期があった。

子育て大変だったけど、その時には実家も母がいたし

資格試験を受ける事への不満はなかった。

自分の時間を夫がいないでどう過ごすか。

ずっとそう思って来たから

 

人が何かをやりたいと思う時に

自分の不満の感情でそれをつぶしたくはない。

 

息子たちが趣味にゲームに夢中はなかったから

ゲーム禁止とかもしなかった。

アニメが好きな時代や、女性アイドルが好きな時代もあったけど

その好きな趣味を否定はしなかった。

むしろ、応援する気持ちでいた。

 

何かを好きになったり、やりたいと思ったり

それでいいと思う。

なぜ、母親は自分の好みで思うようじゃないような

子供の趣向を否定するのか?

ゲームが好きならゲームとことんしたらいいじゃない。

 

とことんを反対されずにやりきると

いつか自分で気が付く時がある。

 

結局うちの息子たちは

どれぐらいの趣味に時間を使っても

大学進学のために勉強をした。

高校時代に塾には行かなかった。

独学で。長男は現役ダメで浪人して予備校にいったけど

それでやりたいことのための進学が明確になった。

現役で進学していたら今とは違う道で不満があったかもしれない。

だから、良い回り道だった。

次男は現役合格して、進学先を地元国立大じゃなく

首都圏私立大にした。

普通は地元国立大の方が経費もうんと少ないだろう。

でも、彼の人生で今親元を離れたいというのなら

そうしてあげたいと思った。

 

お金の面ではすごい4倍ぐらいかかるけど

でもそれをもったいないとは思わない。

田舎の実家からかよう、中堅の国立大よりも

彼の人生は面白くなるんじゃない?って思った。

まだ少し、次男は殻をかぶってはいるけど

これからだって思う。

 

色んな様子を見聞きするたびに

子供が成長していくのは面白いって思う。

 

世の中は大学進学を当たり前でそのレベルが重要と思うけど

どんなところに進学するかより

どんな風に生きるかだって思うのだ。

 

私は大学には進学していないし、経験はないけど

4年間で大学時代に得るものは得ようとする人にしかわからないと思う。

 

私は社会人になって色んな経験をして今があって

今につながって面白いなって思う。

進学しなかった学歴の高卒は

思うよりも義実家側には見下されている感覚はあるけど

愚かだよなぁって思う。

だって、見下す人自身が学歴ないんじゃんって。

まぁそれは人の価値観でそうなんだよなって思うけど

でも、実際に後悔しても私が大学に行ってない事実は変わらないし。

 

それなら、今を楽しもうって思う!

実際私は自由だ。何をしてもいいと思う。

 

今年は海外旅行に一人参加でもツアーで行きたい。

趣味の幅を広げたい。

あったこともない人に色々あってみたい。

 

視野を広げることが出来る。

私の人生を息子たちだけに乗っけないでいたいから。

 

人それぞれ。

私たち家族は、個々の集合体。

いつも、自分の人生を自分らしく生きて

そして、集まった時に楽しいねって思える。

 

自分の人生を生きて行こう。