こんにちは。
いまいちまだアメブロの使い方がわからないのあです。
今日は僕の昔の思い出を。
僕の家は色々と特殊でした。
父親がいないこと。
おじいちゃんとおばあちゃんは本当の祖父母ではないこと。
母親が仕事で忙しくあまり会えないこと。
そしてなにより生活の全てが聖書によって決められていること。
父親はエホバと教えられ、親に口答えをすれば腫れ上がるまで鞭を打たれました。
校歌は歌わず誕生日もお祝いはなく、休みは奉仕をしてるような毎日でした。
保育園や小学校の低学年ぐらいまでは一人でいる事も多く学校でいじめられた事もありましたが、高学年からは比較的活発でクラスの中でも目立つ子供に変わっていったと思います。
エホバの証人としては、小学校4年生で母親と同時にバプテスマを受け、小学校5年生からの長期休みは全て補助開拓者として奉仕していました。
教会から見ればものすごく模範的な信者の家族であり、僕自身もそう思われてる事が嬉しかった記憶があります。
けれどちょうどこの頃から家の中は荒れ果てて悲惨でした。
母と二人暮らしだったのですが、元々精神が不安定だったのもあり聖書で言うところの教えが激しさを増していました。
当時の思い出は、まだ28年間しか生きていないので偉そうな事は言えませんが、僕の人生史上間違いなく一番辛かったです。
毎日必ず鞭で打たれました。
大きい定規を使っていましたが、何度も折れてしまうため途中からはベルトになりました。
母親が興奮している時だと50から60ぐらいはされていたと思います。
うちのルールでは声を出して泣いたらプラスで回数が増えていたので、お風呂の浴槽に飛び込んで、水の中で号泣していたのを覚えています。
お尻が腫れ過ぎてプールの授業は出れませんでした。
それからお尻ではなく感情のままに体中殴られる事も多くなり、髪を掴んで引きづり回されました。
真冬に外に出され、鉛筆とメモ帳を渡され「僕は親に反抗する悪魔の子供です」という文字で埋め尽くすまで家に入れてもらえなかった事もあります。
母は模範的で頭が良かったので、この話を教会でしても恐らく誰も信じてくれませんでした。
というより僕には兄弟も親戚も全部を話せる友達もおらず、母しかいませんでしたのでそんな唯一の母を裏切れないというのも心の何処かにあったのかと思います。
この頃を正直に思い返すと。
何度も母を殺そうと思いました。
このままだと殺されるかも。
それと同時に毎日自殺を考えました。
団地の屋上でいつも祈りました。
エホバに本当にいらっしゃるならこの状況はなんなのですかと。
神とはなんなのですか。
生きるとはなんなのですか。
いつまで続くのですか。
僕が悪なのですか。
母が悪なのですか。
これからどうなるのですか。
これが恐らく小学校6年生ぐらいまでの記憶です。
頭の中がうまく整理できずに文章ヘタクソですみません。
次は中学生の頃のことを。