テストステロン
ディスカバー21新書『なぜ日本にはいい男がいないのか21の理由』(森川友義 2008)などを今更ながら参考に。
「…自分の意思を一方的に伝達することが告白(愛の)ではなくて、相手がしてほしいときにしてほしい内容の発言を実施するのが正しい告白(愛の)云々…」
何というか、本論より森川先生の記述のディテール部分に感銘を受ける今日この頃です。
基本的なコミュニケーション作法のレベルで、そもそも「告白」という行為を取り違えていた学生時代の
自身の各種致命的なミステイクのかずかずが強制フラッシュバック状態、の読後感がたまりません。
さて平成20年現在、日本で進行中の男女相互の選択行動に対しどう意味づけを与えるか、というジャンルの類書で枚挙に暇はありませんが、殊に最近の数冊で印象に残ったのが、
男性ホルモン:テストステロン
に注目する記述です。闘争心や各種の肉体的才能、権力欲から脱毛(?)まで、門外漢からすれば各種のステレオタイプな男っぽさの表出度合いに深くコミットしてやまないホルモンなのであろう旨のイメージがありますが、このテストステロン、ある男性においてどれだけ豊かであるかは、手を見るだけで判定できるそうな。
各種トップアスリートや各界のリーダー、その他男らしいと思われる男という男の右手に注意。
人差し指≦薬指の長さの差が大きいほど、彼のテストステロンは豊穣であるとのこと。(私の右手の場合だと人差し指:薬指比は8:9くらいでしょうか…)
そのことを知った上で世の男性の右手を眺めると、特にその人が侠、さらには漢と呼ばれうる存在であればあるほど、確かに人指し指:薬指の長さ比率が1:2に近づいてゆくような気も・・・(もっと言えば、先日会った女性の知人(わりと孤独を好む・不安定な環境を好む・割とあらゆることにサバけている)の右手は全体的に指が長い一方、薬指より人差し指の方が「短か」かった…)
食人族:1980年代初頭にまさかのジャニーズ系
渋谷駅の東急口から首都高下の立体交差(オムニバス作品『TOKYO!』の内の中篇「メルド」(レオン・カラックス監督)における、渋谷無差別爆撃テロの舞台となったことでひそかに有名)を越えた先、地階にコミックショップを擁する建屋の二階に、渋谷シアターNは鎮座します。
19世紀末に映画が発明されたとき、当時の人が何をもっとも言祝いだかというと、 「これでやっと〈殺人〉と〈性交〉をビビッドに記録することができる」 ということだったそうな。
以来100年余、映画がどれほど進歩しても変わらず宿しつづけている、「本質的ないかがわしさ」について、常に思いださせてくれる素敵な上映ラインナップ選定に、すこぶる信頼がおける上映館のひとつです。
さて今回のラインナップは、1983年公開の米国映画 『食人族 原題"Cannibal Holocaust"』 のリバイバル(再上映)であります。 「あなた食べる?食べられる?」のコピーで当時は話題を席巻したとのこと。ゴア・スプラッター(人体損壊および内蔵その他の描写に対し、とってもハードコアなスタンスの映画ジャンル)の嚆矢のひとつでありながら、往時はTVCMでアッピールしていたという、1980年代初頭日本のジャンル未分化ぶりが大らかというか何というか…
邦題からするといかにもドキュメンタリーチックに「ダークな手振れ感」を満載した暗鬱な自然光の密林、くすんだ色の死体やらなにやら、などをイメージしそうな印象ですが、実際は南米ジャングルの明媚な風光のもと、すべて仕込みで製作されたこれまた「フィクショナル・ドキュメンタリー」というジャンルの嚆矢のひとつであります。
物語は、南米奥地に知られざる食人族の衝撃映像を求めて分け入り、消息を絶った4人の若者の捜索に文化人類学者の大学教授が旅立つところから開始します。腕利きのガイドとその助手(後述!)とともに南米のジャングルに分け入ってゆくにつれ、あまたの痕跡とともに次第に明らかになってゆく4人の運命。そして後半は4人の撮影したフィルムが回収され、衝撃の事実が明らかになります。
「小動物の殺害」
「死体にわく虫」
「亀の解体」
など、小出しにされるゴア描写が神経をかき乱し、印象を残します。 最終的に、「野蛮人」以上に残虐な現代人の姿、という伏流するテーマが浮き彫りになるわけですが、 そんなことより。
上記の腕利きガイドの助手が一応南米の現地人、という設定なのですが、顔の造型といい面影といい、まんまV6でSP(セキュリティポリス)の二枚目の某氏…。劇中、食人族とコミュニケーションをとるために全裸になるシーンもあり、全身の筋肉の造作の見事さなどからして、ますます本人を彷彿とさせるセンセーション・・・。特にファンの方はこの点、必見かと。