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素敵な出来事をつづるブログ

これまでの人生不思議なことばかり起こってきました。
大変なこともあるけど、でも幸せなこともたくさん。
神様はいます。

2016年のお正月以来のブログです。

本当に一瞬で終わった2016年でしたが、沢山の喜怒哀楽と学びがありました。

 

ひどく辛いことがあったとしても、でも、それは本当は自分が望んでいたこと。

それはとても意味があることであり、そのために出会った人たちもいたのだということ。

渦中では、気づけなかったけど、抜けたから気づけること。

最初から気づいていたら、それは学びではなかったこと。

 

病気になるのだってそう。軌道修正するために、身体が教えてくれるんだから。

そういう病気というのは、軌道修正したら治るか、良い医者に出会えるもの。

そして、どんなに辛くても大変でも、必ず助けてくれる人が必ずいる。

それも私が望んでいるからだ。

 

だからこそ、

自分が本当に望んでいることを、これからはもっとちゃんと意図して生きて、

今までの人生とは違う毎日を送ろうと決意しました。

 

ずっと自由を探してきたけれど、なんだかもう自由なのです。

自由に、辛いことを体験し、

自由に、楽しいことを体験し、

自由に人を愛し、

自由に学んでいるだけの事だった。

自分の自由に気づいた時、人は本当に自由になれるのだと思う。

 

 

早速就職が決まりました。

今までやったことない仕事です。動物たちに囲まれています。

 

2016年のなごりが、まだ残っているけど、だんだんと霧がはれていく。

それはとても寂しいような、少し後ろ髪をひかれるような…

もう二度と戻らない、ついこの間まで私が手にしていた尊い日々。

後ろを振り向くと、まだ鮮明にある以前の美しい景色。

 

でも前を向くと、もっと明るい光がみえる。

 

すべてが変わり目。

 

 

 



年末年始は仕事で過ぎ去った。

そういえば、お正月働くなんて、何年振りだろう。

まるで学生の頃に戻ったような感じだった。



私は今の職場の仲間たちが大好きなので、

結果的には、大好きな人たちと過ごしたお正月となった。



この年末年始、印象的だったことは、店長から、スタッフへのありがとうの気持ちがあふれ出ていたこと。

こんなに素直な人だったっけ?  それはとても純粋で温かいものだった。




私はずっと大人になるということは、さみしいことだと思っていた。

でも、そうじゃなくて、

さみしいのは、素直じゃなくなることなんだ。


別に大人がさみしいわけじゃない。

素直な大人は、素直な子どもと 同じくらいかっこいいのだ。




ごめんなさい、が言えない。

できない、が言えない。

間違えました、が言えない。


という時期を通り越して、人はまた、素直に戻っていく…のかな?





とても清々しい気持ちで、1年を終え、1年が始まった。







クリスマスが嵐のように過ぎて行った。

予想外なことが起こるのがクリスマス。

25日はいろんなことがあったけど、でも、結果素晴らしい1日だった。



夜、仲良しのBarで暖を取らせてもらっていたら、あるミュージシャンの方がお客さんとして来店。

非常に真面目で、でも気さくに話しかけてくれるお兄さんだった。



彼が私に放つ言葉の数々が、とても優しく、暖かく、そればかりでなく

今思えば、この人は誰か(神様?仏様?)に言わされていたのではないかなというくらい、

『どんぴしゃ』なメッセージばかりをくれていた。


いつだったか、同じような経験をした。だからすぐに気が付いた。

これはクリスマスの聖なる力だ。



そして、

普段あまり視覚的なビジョンを見ることはないのだけど、

今日仕事の休憩中に、とても具体的なあることのビジョンを見た。

そして、そのビジョンと同じことが、現実に起こってしまった。




視覚的なビジョンって、こういうふうに視えるのか、という

何とも不思議な体験をした。

でもなんとなく、この感じ、なんか前から知っていたような、

そんな感覚。




これもクリスマスの聖なる力の余韻なのか…

いやそれとも、本人があえて 私に視せてくれたのだろうか。



そうだとしたら、なんて素敵なんだろう!!