川崎市の川崎競馬場側の河川敷で中学1年生の男子生徒が殺害されました。
実に悲しい事件です。
そして、この事件は多くの人に衝撃を与えています。
ちなみに、多摩川を越えた東京都大田区の東糀谷の公園には「深夜、中学生がたむろしていたら、警察に通報して欲しい」という内容の掲示がしてあります。つまり、同様の火種はここにもあるということです。
それはともかく、殺された少年の恐怖を思うと身震いせずにはいられません。
が、私はあえて殺害した少年の心に迫ってみたいと思うのです。
加害者とされる彼自身が「パシリ」であったという証言がありました。パシリ時代の彼は、先輩に逆らうことができず、万引きも強要されたようです。このときの彼の心は「強い者に逆らえない。気弱な心」だったと言えると思います。強者に反発できない自分の弱さ、それが、彼のコンプレックスであり、自分の一番触れたくない側面だったのではないでしょうか?
だから彼は、自分と同等の者ではなく、間違いなく自分を恐れる者、つまり弱者に対して、暴力での支配を強めて行ったのだと思います。
そうすることにより、彼は自分の「気弱な心=コンプレックス」を心の奥に埋めていたのです。
ところが、殺害された上村さんは彼が強要した万引きを断ってきました。このとき、殺害した少年の心に、先輩に強要された万引きを断れなかった弱い自分との比較が生じ、上村さんの強い心と勇気に恐れを感じ始めていたのだと思います。
そして、それは、恐れと同時に彼の心に嫉妬の炎を燃え上がらせたのです。
少年は警察の事情聴取に「あいつ(上村さん)は、先輩を立てない」という証言をしているという報道がありましたが、この言葉こそ少年の上村さんに対する嫉妬と恐れを表現したものだと思います。
さらに、上村さんに暴行したことで、他の少年たちが自分の家に抗議に来たことも、彼にとっては羨ましいことだったのかもしれません。
パシリだった頃の自分は、強い者に逆らうこともできず、自分を助けようとする仲間もいなかったのに、上村さんには抗議してくれる仲間もいる。
日頃から上村さんにコンプレックスを抱いていた彼の恐れは頂点に達し、上村さんへの嫉妬が恨みとなって心の中に充満していったのだと思います。
そして、それが爆発してしまったのが、今回の事件だったのではないでしょうか?
非常に残念なことに、少子化少子化と叫びながら、国も社会もこうした問題を抱える子供たちの存在には本気で目を向けません。
事件の残忍さばかりを強調して、マスコミは連日報道を繰り返しています。
確かに残忍です。許すことのできる事件ではありません。
しかし、本気で、大人が、社会が関わっていたら、ここまで大きな犯罪にはならずに済んだ可能性もあったのではないでしょうか?
上村さんのような将来ある少年が、このような事件で短い命を終える事は誠に残念でなりません。
また、加害者の少年も生涯を通じて重い十字架を背負うことになりました。
子供は国の宝のはずです。
今も闇にさまよう子供達を一人でも多く「闇」の中から救い出して、しっかりとした人間に育てあげることこそ、この国の最優先課題なのではないでしょうか?
上村さんのご冥福をお祈りします (HIRO)
実に悲しい事件です。
そして、この事件は多くの人に衝撃を与えています。
ちなみに、多摩川を越えた東京都大田区の東糀谷の公園には「深夜、中学生がたむろしていたら、警察に通報して欲しい」という内容の掲示がしてあります。つまり、同様の火種はここにもあるということです。
それはともかく、殺された少年の恐怖を思うと身震いせずにはいられません。
が、私はあえて殺害した少年の心に迫ってみたいと思うのです。
加害者とされる彼自身が「パシリ」であったという証言がありました。パシリ時代の彼は、先輩に逆らうことができず、万引きも強要されたようです。このときの彼の心は「強い者に逆らえない。気弱な心」だったと言えると思います。強者に反発できない自分の弱さ、それが、彼のコンプレックスであり、自分の一番触れたくない側面だったのではないでしょうか?
だから彼は、自分と同等の者ではなく、間違いなく自分を恐れる者、つまり弱者に対して、暴力での支配を強めて行ったのだと思います。
そうすることにより、彼は自分の「気弱な心=コンプレックス」を心の奥に埋めていたのです。
ところが、殺害された上村さんは彼が強要した万引きを断ってきました。このとき、殺害した少年の心に、先輩に強要された万引きを断れなかった弱い自分との比較が生じ、上村さんの強い心と勇気に恐れを感じ始めていたのだと思います。
そして、それは、恐れと同時に彼の心に嫉妬の炎を燃え上がらせたのです。
少年は警察の事情聴取に「あいつ(上村さん)は、先輩を立てない」という証言をしているという報道がありましたが、この言葉こそ少年の上村さんに対する嫉妬と恐れを表現したものだと思います。
さらに、上村さんに暴行したことで、他の少年たちが自分の家に抗議に来たことも、彼にとっては羨ましいことだったのかもしれません。
パシリだった頃の自分は、強い者に逆らうこともできず、自分を助けようとする仲間もいなかったのに、上村さんには抗議してくれる仲間もいる。
日頃から上村さんにコンプレックスを抱いていた彼の恐れは頂点に達し、上村さんへの嫉妬が恨みとなって心の中に充満していったのだと思います。
そして、それが爆発してしまったのが、今回の事件だったのではないでしょうか?
非常に残念なことに、少子化少子化と叫びながら、国も社会もこうした問題を抱える子供たちの存在には本気で目を向けません。
事件の残忍さばかりを強調して、マスコミは連日報道を繰り返しています。
確かに残忍です。許すことのできる事件ではありません。
しかし、本気で、大人が、社会が関わっていたら、ここまで大きな犯罪にはならずに済んだ可能性もあったのではないでしょうか?
上村さんのような将来ある少年が、このような事件で短い命を終える事は誠に残念でなりません。
また、加害者の少年も生涯を通じて重い十字架を背負うことになりました。
子供は国の宝のはずです。
今も闇にさまよう子供達を一人でも多く「闇」の中から救い出して、しっかりとした人間に育てあげることこそ、この国の最優先課題なのではないでしょうか?
上村さんのご冥福をお祈りします (HIRO)