「あの人は器が大きい」

「あの人は器が小さい」






とか言いますが、『器』って何なんでしょうかね?






具体的には?






これがずっと疑問でした。






優しい人はみんな器が大きいのでしょうか?






いやいや、優しくても器の小さい人はたくさんいます。






「器が大きい人は、何となくそういうオーラがある!」






と言ってしまえばそれまでですが…









司馬遼太郎の『龍馬が行く』での龍馬のセリフですが、






「清河(八郎)は見た目もよく、頭も切れ、大衆の心を動かせるだけの弁才もある。しかし、誰も清河自身のためには命を投げ出さないだろう。
それは清河には他人に対する愛情がないからだ。」






かなり現代風に書いてしまいましたが、心に刺さりました。






人の上に立つ人に、必ず求められるものです。






愛情なくして人は付いてきません。






教育者としても必ず求められるものです。






一朝一夕で身に付くものではありませんが、意識して生活していれば、きっと器の大きな人間になれると思います。




小中高校生の、いじめによる自殺が後をたちません。






本当に嘆かわしく思います。









しかし、『いじめ』による自殺よりも、実は『家庭内問題』による自殺のほうが、はるかに多いということはご存知でしょうか?






当然、『家庭内』のことなので、テレビのニュースでは放送されません。






他にも、『受験』や『進学』などもありますが、これも元を辿れば家庭内問題に行き着くのではないでしょうか。






確かに、子供にしつけは必要です。






しかし、自分本意のしつけは見直すべきではないでしょうか。






つまり、客観的に自分を見る必要があるってことですね。






さらに、『教育の勉強』も欠かせてはいけないと思います。
時間を割いてでも学ぶ必要があります。






子供のお手本となる人間を目指しましょう!



読書は人をつくるといいます。






僕自身、読書により人格形成ができたと思っています。
(もちろん読書のみではありませんが)








壁にぶつかったとき

自らの気持ちを高めたいとき

不安に押し潰されそうなとき









いつも救ってくれました。






本は、

「名作だから…」

「○○万部売れているから…」

といって、ただやたらと読めばいいってものじゃありません。






小説にはじまり、教養本、ビジネス本、啓発本、自叙伝…






などなど様々なジャンルがあります。






その中から、その時の自分に必要な本を読むと、大きな力となります。






そうです。

「必要なときに必要なものを読む」
ことが重要なんですね。






自分がかつて感動した本を、数年経った後に読み返してみても、当時ほど感動しなかった、といった経験は誰しもあるのではないでしょうか。






感動するってことは、結局現在の自分を照らし合わせて読むから感動するんですよね。






小学生のとき、国語の授業の物語に、誰も感動しないのは当然なんですね。
(中にはいたかもしれませんが)






ちなみに、お子さんに読書をさせても、国語の成績は上がりませんビックリマーク

むしろ、強要されると読書嫌いの原因になる可能性があるのでご注意をビックリマーク