ある方から聞いたお話です。




「わずらう」


という漢字は


「患う」


と書きます。


串に心・・・


すなわち


心が串刺しにされて動かなくなってしまう、という事です。



その事で考えられなくなる・・・


その事で何かをする事ができなくなる・・・


その事で身動きが取れなくなる・・・



心が正常に動かなくなる事を「患う」と言えるのではないでしょうか。


体が正常に動かなくなる事を病と言います。


「病を患う」


それは心も体も動かなくなること・・・






「癒す」という言葉があります。


やまいだれ、に兪、そして心。


やまいだれは病気に関する字に使われます。


兪は動かす、移動させるという感じでしょうか。


心は動かすと癒される・・・





心を動かせる人間になりたいですね






自信。


言葉の意味は、


「自分の能力や価値を確信すること。


 自分の正しさを信じて疑わない心。」


と辞書には載っています。


何かを乗り越えようとする時に必ず必要なものだと思います。




しかし世の中では、


どれだけ強い自信を持っていても、


乗り越えれる人と、


乗り越えられない人に分かれてしまうようです。


どうしてでしょう?




その理由の一つとして、


「自信」という意味の取り違いがあると思うのです。


自信という意味をそのまま額面通り受け止めると、


それは自信ではありません。


自分の能力や価値を確信するなんて、


自惚れもいいところでしょう。




自信の本当の意味は、


「思いの強さ」です。


それにどこまで本気になれるか。


真剣になれるか。


自分を信じるという事はこういうことなのだと思います。



こう言われた事がある。


「何のためにそんなに頑張ってるの?もっと楽な生き方あるじゃない」



裕福になりたいから?


社会的に認められたいから?


人に好かれたいから?



そうじゃないって言えば嘘になるけど、


決してこれらの為だけに頑張ってるのではない。


それじゃ何の為?



昔、何かでこんなシーンを見た。


日々に疲れ心彷徨う人がいる。


「自分は何の為に生きてきたのだろう・・・


 自分の人生はいったい何だったんだろう・・・」


ふと見上げたそこに見事に咲き誇る大きな桜の木。


風に舞う花びらに息もつけぬほど美しくそびえ立つその姿。


言葉もなく思いもなく。


震える心に、とめどなく溢れる涙。


ただ、ただ、


その姿を眺めていた・・・



僕はそんな感動に出会いたいがために生きています。