揺れが激しくて、こぼれてしまいそうである。
開封したばかりのエビスビールの500ml缶を
バスの揺れに合わせてうまく口まで運ぶのだが
あと少しで唇に到達するという
その瞬間に
跳ね上がった液体は思わぬ方向に飛び跳ねてしまう。
でも
幸せなひと時・・

仕事が終わって、
一目散に帰宅したおれは
冷蔵庫に冷やしておいた缶ビールを数本、
保冷袋に詰め込んでから
直ぐに玄関を飛び出した。
昨日から開催している
新潟県妙高市のお祭り『おたや』
に向かう為である。
上越高田駅か発車するちょうどいい電車が無いため
高田公園のバス停まで速足で歩き
17時56分発の
くびきバスに飛び乗ったところである。
軽く汗ばんだ体を冷やすため
上着のチャックを全開にして、涼をとった。
バスの乗客は おれを含めて4名
ひとりは学生服を着た高校生と思われる学生
それと、老夫婦
部活帰りだろうか、学生服を着た彼の足元には
大きなスポーツバッグが置いてある。
頭を大きく窓側に傾けて寝ている。
老夫婦は
仲良くペアシートに座って、
時折窓の外の風景を指さしながら
幸せそうに会話を楽しんでいる。
おれは、一番後ろの席まで向かい
特に大きな窓の左側のシートに座った。
バスの全貌が見える特等席である。
電車と違って、飲み物を置くところがない
下手に置くと、確実に倒れてしまうから
つまみをバックから出すときも、
片手はビールを持ったまま、柿ピーの袋を開けた。
この困難な状況で跳ねるビールをうまく口に運んでいる最中なのだ。
高田駅の停留所で老夫婦が降りた。
バスは
駅から少し移動すると
すぐに次の停留所で停まって乗車扱いをした。
扉が開くと同時に
ピアニカの入ったバックを持った
塾帰りと思われる小学生が乗ってきた。
彼は迷わず、まっすぐシートに座った。
(いつもの場所なんだろうな・・)
続いて
『カン カン』と音がしたと思ったら
白い杖が見えた。
視覚障がい者と思われる初老の男性が
ゆっくりバスのステップに足をかけている。
目が見えないのに、
バス停で待ち、搭乗するという大変さ
おれには考えられない。
常識を超越している。
その時だ
アクシデントが起きようとしていた
しまった!
気付くのが遅かった!
ステップを上がり、
身障者シートまで向かっていく男性の足のすぐ先に
大きなスポーツバッグがある。
『あぶない!!』
おれは缶ビールを片手に持ちながら
駆け寄るが
男性の足が、スポーツバッグに到達する方がはやい。
『おじさ・・』
おじさん、あぶない! って言いかけたその時、
不思議なことが起きた。
男性の足があった場所にバッグが無くなったのか?
バッグがあった場所を足が避けたのか?
わからない
わからないけど
確実に当たるはずの その足は、
スポーツバッグに当たらなかった。
おれの握りしめた缶から、
傾斜に耐えかねた液体がこぼれてしまった。
口を開けたまま、
おれはエビのように後ずさりしてシートに座り直した。
実は・・
驚いたのは
その後のできごとである。
男性の後ろを歩く
小さな影
いや
影じゃない
こびと?妖精?
大きな帽子を深くかぶり
大きなカバンを肩から下げて
ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねながら
男性の後を歩いているやつがいる。
黒く丸い鼻をした そいつは
男性が座ったシートの直ぐ隣に
ぴょん っと飛び乗った。
細い足に似合わない大きなクツを
嬉しそうにブラブラと揺らしている。
それ は
幸せそうに、男性の太ももに寄り掛かって
そして
さっきから
肩から下げた大きなカバンの口を開いては
中を確認し、
閉じたと思ったら、
直ぐにまた嬉しそうにカバンを開けて中を確認している。
よほど大切なものが入っているんだろうな・・
そいつの行動が楽しそうで、
いつの間にか おれも笑顔になっていた。
白い杖を垂直に立てたその男性は
杖を左手に持ち替え
膝のあたりに手を伸ばして
何やら探すような素振りをしている。
やがて
途中で、『ぴく』っと止まったその手を
また元の位置まで戻した。
ちょうど、
その、妖精(ということにしておこう)がいる方向だ。
なんだか、
いるはずの何かを手で求めたが
急にいないことに気付いた って感じだ。
やがて、スポーツバックを持った学生と
塾帰りの少年がバスを降り
彼ら(?)と おれ だけになった。
ビールの2本目が空になる頃
盲目の男性は、
終点(新井BT)のひとつ前の停留所で立ち上がった。
男性が立ち上がると
妖精も、ぴょん っと飛び降り
バスの運転手の方まで男性の後をついて行った。
男性が降車準備をしている時だった
満面の笑みで、そいつがおれの方を観た。
おれも
最高の笑顔で答えた。
そいつの口がこう、動いた
『く・ぱ・ん』
くぱん?
くぱん っていうんだ、お前!
さっきからすごく大事そうにしていた
肩から下げている
引きずるほど大きなカバンの口から
ベルトのようなものが視えた。
一瞬だった。
そこには、白い犬が視えたように思えた。
盲導犬?
ラブラドールレトリバー?
そうか・・
くぱん は、盲導犬だったんだ
くぱんが まだ、生きて傍にいるような気がして・・
そうか、
それで男性は、座りながら
くぱん を撫でようと手を伸ばしていたんだ。
くぱん は、他界した今でも
男性を慕い、守っている。
そんな気がした。
バスから降りた男性の姿がやけに明るく見えた。
見上げると、
まんまるで明るくて
そして大きい
満月がそこにあった。
風のない
静かな
秋の夜だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。