割と久しぶりの更新です。
コメントしろしろと言いつつどうやらアメーバアカウントがないとできないようになっていたようですね。
先ほど変更しておいたので、みなさん忌憚なきコメントを。


 あと、最近よくブログ読んでるという声をいただきます。ありがとうございます。
なんというか、そうゆうのを聞くと、本音というか勢いでばーっと書いてしまうただの愚痴ブログが書けなくなりますね。(笑) 不快感を与えてしまっていた場合はすいませんでした。

 ただ、僕のブログの目標は、そうゆう自分の思っていることを、感情論ではなく相手にも冷静に解釈してもらえるように伝えられるようになることです。今後もそうゆうことを書くことはあると思うけど、議論をしてくれると嬉しいです。
 どうも僕は本音というか思ったことをそのまま書くと相手を不快な気持ちにさせることが多いよう。なんでかは正直理よくわかんないけど、そうなのだから何かが悪いのはわかります。 日々精進。


 ということで、今回は息抜き?ちょっと最近成果が思うようにでなかったりプログラムが思うように進まなかったりでイライラしたり、香港人が家にホームステイしているのでこの機に聞く音楽も英語だけにしようとか、日本語はできるだけ使わないようにしようと意識して動いていたけど、ちょっと疲れてきました(笑) 
 一回いろいろ忘れて自分の好きなradwimpsについての記事でも書こうと思います。



ということで、高橋の好きな歌ランキングとコメント達です。
まぁこれは高橋の趣味の範囲ですね。 見たい人は見てください。

書いていて思ったのですが、僕の歌の好き嫌いの判断基準は

・共感度
・気分とのマッチ
・歌詞の深さ(高橋が勝手に判断)

の3点のようです。コメントもこの辺に関してやっていきます。
ただまぁそんな僕も深く考えているわけではないので、読んでくれる人は、”ふーん”程度で済ませるのが妥当なラインかと。

5位:愛し




共感度
最初のあたりの傷つけてきた人の~ なんでだかはよくわからん。右脳がそう言っている。
まぁでもこの歌はちょいちょい共感というかぐっとくるフレーズがあるのでランクイン。

気分とのマッチ
この曲は気分とのマッチはあまりないかも。なんか静かだったりうるさかったりして落ち着かない。
ただこれとマッチした気分だった時も自分にあるから多分ランクインしてるのかと。

歌詞の深さ(高橋が勝手に判断)
そこまでない。
この歌は歌詞は割と単純?


4位:バグッバイ




なんでこれって、冤罪がテーマになってるの?

共感度
 全体的に言ってることの個々に共感できるけど、最終的にこの歌が言いたそうなことには共感できていない可能性もある。右脳の判断で割と高め。
 僕がいない朝に~ のとことか。イイネ!

気分とのマッチ
 そん時の気分にすごく左右されるけど、割と今はマッチしない。ごめんバグッバイ。
でも割とこの曲のマッチ率は高い。おめでとう。大学1年の2月3月あたりにこの歌にめっちゃはまってたのをなぜか覚えている。けど、なんでだかはしらん。あの時ひたすらこれを聞いていた。

歌詞の深さ(高橋が勝手に判断)
 そんななさげ。正直ここで僕がすごいって思ったのはメルヘンとグレーテルくらい。あとは難しすぎてわかんないか、興味がでないか、そんな深くないように思っているか。

3位:メルヘンとグレーテル


評価ポイントとは関係ないけど、この歌は”ふたりごと”で言っていた「いつかそんな歌つくるよ」に答えた歌らしいです。radすげぇって思った。

共感度
低い。この歌はとにかく歌詞の解釈を進めるのが好き。

気分とのマッチ
 気分とのマッチというわけではないのだけど、大学1年でマレーシアに行っていたときにずっとこのアルバムを聴いていて、旅行の長距離バスの中でずっと聞いてたのがすごく懐かしい。それを思い出す。
 なんかがんばっていた自分を思い出したいときとかにもこの曲聞く。いいにおいがする音楽。

歌詞の深さ(高橋が勝手に判断)
 うんこの歌のためにこの項目があるようなもん。解釈は恥ずかしいからちょっと載せるのをやめるけど、気になる歌詞の羅列を置いとくので、Rad好きな人と語りたい。

 って思ったけど、radの歌詞ってやっぱ全部ないと意味ない。
なんというかあの流れ出てくるから「このメロディーはドミレドド」とかわけのわからんことも深く思えてくるのでしょーなーと。
 全体的にこの歌って何がいいたいのかなーって、いろいろなさそうでありそうでなさそうだけどやっぱあるんだろーなーって感じが良い。ごめんなさい。


2位:バイマイサイ



まず昔の自分より今の方が単純に英語が聞き取れるようになっているのがうれしい。それでポイント高め。

共感度
 やっぱ言語違うとこの辺よくわからん。共感してるつもりでも、向こうが意図しないとこでしている気がする。なんというか、高校の頃を思い出す。
 まぁでも一応共感度は高め。

気分とのマッチ
 今英語だけに絞っているおかげで、自分への罪悪感を感じることなく聞ける点ですごく優秀。今の気分というか状況に限りなくマッチしてます。
 あとこの落ち着く感じの音楽も好き。まぁ love is the worldって気分ではない。最後の方はでも好き。高校の時を思い出す。

歌詞の深さ(高橋が勝手に判断)
 わからん。
そこまで気にしてない。この歌は気分とのマッチがでかい。

1位:君と羊と青



共感度
いろいろいい。
喜怒哀楽の~とか起承転結の~とか まぁいろいろ。全部。

気分とのマッチ
ノリもよい。頑張りたいときに聞く。まさに今。

歌詞の深さ(高橋が勝手に判断)
そこまで気にならない。
そんな深くはなさげだけど、なんというか気にならないからマイナスにもプラスにもならないから別にいい。

まぁこの歌は新しいから高評価なのもある気がします。



ということで以上!そろそろやることをやらねば~ ノシ







ついにこの本読み終わりましたー!
イノベーションについてこれで3つ目の記事になります。

結局のところ、イノベーションはどこから起こるのか について

①ビジョンへの情熱
②過去の全く関係のないものをつなぎ合わせる
③一つのポイントにフォーカスして、無駄を削り落とす
④自分が一番欲しいものを突き詰める
⑤良い商品の良さを確実に伝える

あたりなのでしょうか。

⑤については、僕自身つい最近まで「良いものはそのまま売れる」と思っていたのですが、
どうやらそうではないようですね。

この本の中でもジョブズの伝える力、ストーリーを語る力があったからこそ、素晴らしい考えが商品化された とありました。


実際、それがいいか悪いかなんてやってみないとわからない。
だからやってみるまでに重要なのは、やってみようと思わせることだけ。

これは僕の普段の活動中でも身に沁みるように感じることがあります。
年に1回の選挙のときとか。

まぁだからこうしてブログをできる限り書いて、表現力の向上をしようと思っているわけですが。


あとは、無駄を削り落とす。というところ。
これはすべてのイノベーションに当てはまる事例ではないかもしれないけど、僕の所属する団体においてはもっとここ、考えなきゃいけないような気がします。

もっと根本からプロセスを見直す とかやってみたいなー




で、今回本を読んでいて一番印象に残ったのは、題名にも書いた通り、ジョブズはなんと
今の課題の解決とかももちろんするけど、それより
これをつくったら10年後の生活はこうなってるはず! と考えるようです。

僕の所属する団体での国際会議でも、国別ワークのときに、台湾人の女性のファシリテーターの方に
”日本人は改善はうまいけど、イノベーションじゃないよね。 もっとgrowthしてchangeでイノベーションなんだよ!”って感じのこと言われたのをすごく思い出しました。


どうしても目先の小さい課題にとらわれて大きいビジョンへより近づくもっと良い道を探すのを忘れてしまうのが日本人なのでしょうか。

目標設定の時もよく考えたら、こうしたい ではなく ここまでならいける! ベースで設定していたりして、もうイノベーションもくそもないようなマインド設定だったことを深く反省した記憶もあります。


きっとジョブズはその台湾人の方の思考をさらに数倍激しくした感じなんでしょうか。実際にそれで製品を世の中に爆発的に広めているのだから本当にすごいと思います。



以上。ということで僕もこの組織から引退する前に必ず胸をはってイノベーションと言えることを実行したいと思っています。

あと半年もない。がんばろう!












また引き続きイノベーションについてです。

昨日のアクセス数がびっくりな感じで多いのはいったいなぜでしょうか。
ぜひぜひ僕のことを知っている、知っていないにかかわらずコメントの方を残していただけると嬉しいです!


現在、「スティーブジョブズ驚異のイノベーション」スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション―人生・仕事・世界を変える7つの法則/カーマイン・ガロ

¥1,890
Amazon.co.jp


というのを読んでいて、現在8割くらい読み進んだところなのですが、とてもこの本から学ぶことが多いように感じます。

最終的に実際の活動に落とし込むにはどっちにしろ経験等を自分で分析して得たものがなければいけないとは思いますが、それと本で得たものをリンクさせられたら、きっとこの1800円分の価値を十分に発揮できたと言えるのではないかと。



ということで、この本から読みとった、イノベーションを起こす方法?というか、イノベーションの怒り方?について。


方法? というのは、本書の中で、著者はそもそもイノベーションを起こす方法とかそんなものではない。結局のところ異常なまでのvisionに対する情熱がイノベーションを起こす と主張しているので、この本を読んでの感想を書いている以上、そのような表現は不適切かと思ったのです。


情熱と一言で片づけてしまえば、そこまで難しいことではないように聞こえると思いますが、ここで注意していただきたいのは

①異常な情熱

です。
ということで、イノベーションにまず必要なものは、”異常な”情熱ならしいです。

”異常”という言葉を使うと聞き覚えが悪いようですが、要はそこらへんにいる情熱的な人ではなくて、さらにその上に行かなければならないようです。

お金とかでモチベーションが左右されたり、とにかくvision以外のものにモチベーションが左右されてはいけないということではないでしょうか。


何をやるにも困難はつきもので、それを異常な情熱によって乗り越えた先にイノベーションがあるということでしょう。

僕も普段の活動では困難しかありません。
次々と舞い降りる作業、邪魔をしてくる周囲の人(もちろんそんなつもりはないんでしょうけど)、法律・制度、人間関係・・・ あげても上げてもそれはきりがないくらいです。

だからそれがあるからやだー ではなくて、それすらも工夫と根気で乗り越える情熱が必要 まぁ聞いていれば当たり前のようですが、それをできるところがきっとスティーブジョブズのすごいところなのかもしれません。


②あらゆる一見関係のなさそうなものも、つなげる


もし僕にもイノベーターとしての何かがあるとしたら、ここのような気がします。
一見関係のない経験同士を結び付けて新たな価値を創出する。この能力がイノベーターとしての重要な要素の一つであるようです。

macには芸術家や、宗教の思想が取り込まれているようで、そのようなところから真のエレガントさを導き出していく と書いてありました。


これはアイセックに置き換えるとたとえばアイセック内だけでも様々な経験をした人の方がなんだかおもしろいことを思いつくのが多い気がする あたりにも関係がありそうです。

ただ、それだけではなく過去のあらゆるもの。スポーツ、ピアノ、勉強、習字、恋愛、 さまざまなものをつなぎ合わせる何かが働いたときだれも思いつかないものになるらしいです。

ジョブズはこれを意識的に行っているようで、もしかしたらこれは訓練したら鍛えられるかもしれませんね。

現状僕も過去の経験と今のアイセックでつなげられているものはない気がするので、ここらへん意識が必要だなーと思っています。



と、長くなってしまうので、まだまだ書きたいことがあるのですがここでしめたいと思います。
あと、見てくださっている方、一言でもいいのでコメントお願いします(笑)













割と久しぶりの更新です。
最近アクセス解析をしているとtwitterからのアクセスが伸びているようです。なんども言うようですが、読んだら”気持ち悪い”でもなんでもコメントお願いします。人との議論により思考はより磨かれるものだと思います。


さて、今回のテーマは”イノベーションを如何に引き起こすか”

最近、タスクの処理が悪くなったり、ミーティングの効率が悪くなったりしてるなーとすごく自己反省することが多いのですが、なんというか最近は頭のなかでひたすら


そもそもイノベーションってなんなのか
イノベーションの結果どうなりたいのか
どうやってイノベーションを起こすか
イノベーションはどこから起こるか


そんなことばかりを考えています。
なんというか、去年とかはミーティングのアジェンダとかに集中しているけど、最近そればかり考えて他がなおざりになっているようです。

全然違う話にいきなりなってしまうけど、資源の分配を考えるとき、時間、モノ、カネもそうだけど、思考の方向性とかもあるんじゃないのかなーと。時間は十分にあるから、あれもこれもと一見できそうな気がするけどできないのって、2つのことを考えるコストがすごくあるからじゃないかなーとか。

そして自分は複数の異なる事柄を同時に思考していくのがとても苦手な人間なので、結果として**してしまったわけですねorz
ただ去年のベトナムでの1か月を通じて確実に自分に関して言えるって思ったのは、”一つのことに集中すれば自分は最強”ということ。思えば受験もすべてE判定からの私立全勝だったりとか。



で、話をもとにもどすのですが、

①そもそもイノベーションってなんなのか

について、最近得た結論は、イノベーションを起こそう!というのがそもそも不毛。

というのも
・イノベーションなんて解釈の話でしかない
・けど、イノベーションと解釈されるものの条件は、「何かを壊している」
からなのかなーと。

僕の所属する組織では、2年前に事業の一端を捨てることにより、確実にグループ内でのある種の異質な地位を築くことに成功したし、それが発端となって現在も割とロールモデルとして扱われる機会は増えていると思います。

ただ、その一方で僕の所属する組織にはほかにもイノベーションとして賞された行いがあったのですが、それは正直特に何も壊してはいません。


壊してはいないけど、なんというかすごいからイノベーションと言われているような気がします。

要は解釈に依りすぎてしまっているのです。
もしくは人によっては、いや、あれは~~を壊した。

と、まぁなんとでも言えてしまうようです。



で、今考えているのは下のこと。
ちょっと時間がないので概要だけ書いて、終わります。


②イノベーションの結果どうなりたいのか

 結局重要なのはここなんでしょうね。

というだけです。ここをがっちりとまではいかなくても、意識できていないと、意味あるイノベーションなんて起こせないきがします。


③どうやってイノベーションを起こすか

 以下、現在考えている、イノベーションの起こし方羅列です

▼いわゆる水平思考
・課題を明確にする
・解決方法をいろいろ書き出す
・一番 ”おっ”って思うものをやってみる

▼何かを壊す
・必要そうだけど実はいらないものを頑張って見つける※これがむずい
・勇気を出す

▼ロジックではない
・よくわからないものもある程度許容する

▼思考の開始の場所を変える
・一見関係のないものを無理やり結び付けてみる
・とにかくいろんな視点から課題を見つめる

▼完全に右脳にしたがう
・適当に楽しそうな戦略を言いまくる


④イノベーションはどこから起こるか

全然わからん




以上。


あと最近一つ実感しているのは、いくらこうゆうのができても、細かい一つ一つの作業ができないきゃ”成功”はない。


ということでやるべきことをコツコツしっかりやるのも忘れずに行きます。



うーん今日はミーティング⇒昼寝⇒読書で一日が終わってしまい後悔なう。

しかも昼寝したせいでいま寝れない的な。



最近自分中心の企画をやらせてもらうことが多くなってきてそれに関することばっかやっているのだけど、企画の中心ということで、なんか久しぶりにリーダーっぽい感じになってきて、すごく感じるのは、人にやりたいことを伝えて巻き込んでいくのがすごく難しいってこと。

当たり前だし、知ってたことだけど。久しぶりにやってみて、久しぶりに実感している 的な。



今のうちの代表は、やりたいことがあったときに別の方向からメンバーに対してアプローチをかけて情報操作によってやる気をださせるってゆーなんというか卑怯というかかしこいというか。

まぁ、僕にはできない方法でマネージメントしてるし、それはそれで、僕は嫌だけど、立派なリーダーシップスタイルの一つなのかなとか。




自分のなかではこの企画は超アツくて、全員ガチでやったら絶対日本社会に今必要とされてることになるだろうし、僕はこの企画のことをいつも考えてはわくわくしてるのだけど、僕の文章力とか表現力とか人間性とか。なにがわるいかわかんないけど、少なくとも現状わかるのは、

ぼくが伝えられているのは、ぼくがわくわくしてるってことだけで、だからといってまわりになんでわくわくしているかは伝わってない。


僕の興味の範囲だろ みたいな感じになってる。

のが伝わってきて、割とつらかったりもしていたり。




人に物事をつたえるのってホント難しいってゆうのはきっとみんなわかってることだし、逆に成功する人ってそこがうまいんだろーなー



少なくとも僕の尊敬してる先輩たちは、じっさいにやったこととか振り返ると大したことないし実は頭で考えてるのもたいしたことないんじゃね?って思うこと多いけど、 でも尊敬してる。

ひとに伝えたり、人を動かしたりするのがうますぎる。




どんなに価値のあるものをつくっても、それを周りに認めさせなきゃその人たちにとっての価値にならないから結局自己満足でむいみなものになるってゆううのは、この学生団体での活動もそうだし、IT企業でのインターンでも学んだ。


だから広告とか超大事。とにかく、そのものの価値を的確にあいてに理解させなきゃいけない。


だから僕の企画も、絶対まわりに認められなきゃ意味ないし、その周りに認められなきゃ意味ないってことをメンバーに伝えきれてなくてだめ


言っているけど伝わらない。


みんな日本語をしゃべっているけど、あれはきっと真の意味でのコミュニケーションはまったく成り立っていない。


いっしょにすごした時間が長いほど仲良くなれるのは、逆にいえばきっと長くいないと相手のいってることが理解できないくらいみんなコミュニケーション下手なんだろうね。


みんな言葉が下手。 いわゆるロジカルシンキングとかそうゆうんなんだろうけど。



それにみんな聞くのも下手。僕も。




この 伝わる・理解する はほんと今年の課題。

いくら自分に自信があったって、それは伝えられなきゃなんにも価値がない。逆に言えばなにもなくても何か伝えてしまえばそれは価値になる。
それがあるからなんも専門性のない文系に金がまわる。 そんな世の中な気がする。



よく他の大学にいってプレゼンとかさせてもらうようにしてるけど、ああゆうう用意された場だけじゃなくて、普段から僕はきっともっとみんなに自分の考えてることを伝えなきゃいけない。

今年、その 伝える・理解する は学びたいけど
それじゃ遅い。


ことしはそれを補うためにメンバーともっとコミュニケーションとって、無理やりにでも、とにかく自分のやりたいことを話し続けるのと体現し続けるのと。


あとからメンバーにあれよかったね って言われることになんにも価値はない。

社会からそれを言われるために、メンバーには今納得させなきゃいけない。メンバーというか、一番ちかくにいる執行のメンバー。


このテスト期間が終わるまでの一か月はそこが勝負。

ぼくももっと勇気をだして話さなきゃ。あとどうすればいいんだか。わからんけど、動く。わかんないときは、動く。




















両者とも、正直なにもかわらない。違うのは立場と周りの環境くらい。
政治家がだめだから日本がだめって言ってるひとの人数に比例して日本はだめになっていくんじゃないか。


最近そんなこと、よく思います。


今の日本人ってなんか、
・海外に負けてる。新興国の台頭でやばい!
・政治家が・・・
・地震が・・・
・子供が・・・

とか、なんか後ろ向きなことばっかだし、何より、他人への貢献心がなすぎるんじゃないかなーって思う。

みんな、自分がなんのために生まれてきたかとか、哲学的すぎるし、そもそも目的をもって生まれてる。そんな前提こそ間違ってるんじゃないかって思うことは多いけど、生まれたこと自体に目的はなくても、生きてるってことは生き続ける目的があるわけで、それってなんのためなのかなって。


金八先生は、人と人が支えあって人という字ができるなんていってるけど、僕はまさにそれこそ人の真理の一面を言ってるんじゃないかなって最近思います。

自分が今、生きること を継続してる目的って、 他人をどのくらい支えられるか。周りにいる人たちにとにかく貢献していくことなんじゃないかなって。

逆に、人に貢献することをやめようと思ったら、自分はいったい何をするのか。
自己の欲求をひたすら満たそうにも、他人がいなきゃ満たせない欲求ばっかだし、他人にそれを求めるのであれば、貢献しなきゃいけないし、なによりそれを知ってるから貢献させてあげるししてあげるし。


と、ちょっと哲学的なほうに走ってしまったけど、何がいいたいのかというと、もっと日本人、今の自分たちを冷静に分析して
強み、弱み、外部環境 とか、踏まえたうえで、今自分たちはいったい世界のなかでどうあるべきなのか。

つまり日本は日本ってゆうアイデンティティの下、他者 この次元ではなすなら、外国 にいかに貢献していくかをもっと考えなきゃいけないと思います。

日本が日本人のことを中心に考えるのって、つまり、僕が僕だけの欲求を満たしにかかるのと同じで、それは結局は無理な話で、自分の欲求 つまり日本国民の幸せをじつげんするには、海外の幸せを実現してあげなきゃいけないと思います。


国民ひとりひとりは、その日本に対してどう貢献できるかかんがえ、政治家うんぬんじゃなくて、政治家がよりよい政治を行えるように自分の行動をかえるべきだと思います。



地震で日本の強みとか、再認識した人も多いはず。それがあるかぎり、日本の世界のなかでの価値は揺るがないものがあるのではないでしょうか。


日本人はそれを自覚し、世界にどう貢献するか。そこを何よりかんがえなければいけません。

http://www.asahi.com/paper/editorial.html

ざっくり要約すると、この記事は、原発問題は津波だけじゃなくて地震とか、360度にわたった対策をたてろって感じですかね。

僕はこれに関しては、この記事は当たり前のことを言いすぎている。と思う。

今回の地震に感じて、とにかく政府から出てくる言葉は”想定外”。
この言葉は、想定の範囲内だったら完璧に防げたことをしめし、また理論的には想定の範囲内に収まる予定だったんだから仕方ないでしょ。どうしようもないじゃん。そんなことをいう言い訳の言葉にしか聞こえない。まさに屁理屈。

量子力学の勉強をしているとほんと実感するけど、そもそも世の中に完全に予測できる未来なんてないはず。僕らの最小単位はなんと確率に支配されているから。


シュレティンガーの波動方程式の示すあの画期的だけど不思議な式は、今回の地震においても遠まわしに想定外を想定してないあたりがもうだめだ。と言っているようだ。

だから、何が言いたいのかというと、原発問題に関しても、これからは想定外とはもう絶対に言ってほしくないわけで、想定しうる360度の対策は今回の反省も何も活かされていないと思う。

そもそも360度が一周であるという概念からすべてを疑い、500度くらい、またはもっと違う次元まで思考の領域を広げなければならない。


じゃぁ想定外の想定外の想定外をうたがって100メートルの堤防をつくれ。そう言っているわけでもない。
そんなのきりがない。
だけどだからってそこで何もしないわけにもいかない。

今日本はそんな状況のなかで、でもしかたないからこのへんで。って言っている。

でもこれはまた想定外の対策がなにもできていない。


僕が思う、想定された想定外への対策は、想定を明らかにすること。
どこまでが想定内で、逆にどこを超えると想定外なのか。

例えば地震だったら、どのレベルの地震が起きたらなにすればいいかわかんないけど安心しちゃいけないか。どこまでを国が責任をとるか。

一件無責任のようにも聞こえるけど、責任をとれない範囲をきっちり事前に明確にしておくことが今回の反省を活かす ということなんじゃないかな?

あとは国民まかせ。国民をもっと信用しよう。

そして、国民はもっと信用されよう。 政治家に文句ばっかいってるあなたは、想定外を想定していたのだろうか?

今回は政治家が想定内を明確にしていなかったから、想定外を想定しにくかったけど、
今後はもっとどこまでが想定内なのかをあきらかにしたうえで、国と個人の責任領域を明確にしてほしい。
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

・地域主権3法―「国と対等」への一歩に

ということで、これからできるだけ毎日、何かしら新聞等のニュース(国内)に関することに関して、
・要約
・意見
・何か
を述べていきたいと思います!

まずこの地域主権3法の社説に関してざっくりとまとめさせていただきますと、
民主党が最初から改革の中心として主張していた、地方分権の推進がようやく本格的に始動され(始動されただけでまだ効果等はあまり期待できない)、地方と国の関係が対等になる第一歩が踏み出せた。
確かに遅いが、大きな一歩であることには間違いないとのこと。
 ただしこの地方分権を推進するにあたって障壁はちらほらとあり、大きいのが、2点で、
・運営側の省がこれに対しての認識がまだ不明確であやふやなため実行力に欠ける
・自治体側にも財源等の格差があるため、自治体側にも相当な努力が求められる。

だそうです。最後に結局当事者ががんばれ!と書いてありました。


・・・
正直へーと言った感じですが、それでは思考停止な感じが丸出しなので、それなりに自分で考えたことを書かせていただきたいと思います!

まずこの記事を選んだ理由というのが、ちょうど最近カナダの学生と話す機会がありその時にカナダやアメリカは国がでかいから地方分権がものすごく発達している。州ごとにまったく法律が違い、西と東ではいろいろ文化が違う。

そんな話を聞きました。まぁ日本は実際小さいし人も少ないしなんかみんなよくorganaizeされてるなんていわれますが、他の国に比べて中央集権で行くのも簡単ちゃぁ簡単なんですかね。

僕は群馬出身でばりばり地方なのですが、やっぱり地方に住んでいて思うのは、日本国内、ましてや関東内でも東京と群馬は違うということ。

東京はすべてにおいて情報伝達のスピード、文化の画一化、浸透がはやいですが、群馬はいろいろ遅れてたりして、もはや異文化です。

そんなななかでその違いをあまり知らない人に統治されてもやっぱり格差は広がる一方で、群馬は群馬で地域性にあった政策をガンガン推進して、文化が違うにしても、それは”格差”ではなく、それぞれの”特色”となるようなことができればいいのかなーと思います。

現状だと、群馬の若者は必死に東京に追いつこうとするけど東京のめまぐるしいスピードの変化にはあまり対応できず、ちょっと遅れて何かが流行りだす。そんな現象が起きているような気がします。

だったら群馬も違う特徴的な文化を築き、群馬から東京へ文化を発信し影響を与える。そんなことができたら群馬ももっと観光地とかいろんな面で価値がでてくるのかなーとか思います。


まぁ今でも十分群馬はいいとこだとおもいますがねー笑

それでは今日はこんなところで!政治家の方々には大変だと思うけど頑張ってほしいと思います!