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物語創作音楽集団 Clef Doll公式ブログ

都内で活動中の物語音楽バンド、Clef Dollの公式ブログです。
物語創作音楽集団として活動中の我々の活動履歴や、
ライブ情報、アルバムの曲解説などをしています。

こんばんは、Clef DollのShionです(^^)

現在、Clef Doll代表のShikiくんとの約束の道中、このブログを書いております笑

先日、僕が普段よくtwitterの方で流しているAsk.FMで、大変興味深い質問がありました。
このブログを普段読んでくれているみんなにも、是非考えて欲しいと思います。

質問は、
「何故人は殺し合うのでしょうか?」

とても、難しい質問です。
人と人が殺しあう理由とは何でしょう?
怨恨、金銭トラブル、衝動、戦争、様々な場面で人は人を殺します。
時には快楽目的という信じられない場面もあります。

Clef Dollの物語にも、死者は沢山現れます。

戦争によって命を奪われた青年を待ち続けた少女の想いを描いた「Sartoria~初戀の手紙~」
自らを囲う檻からの逃避を望み、自身の半身と母親、そして生まれた街を焼き尽くした「Rouge」
永遠の美を手にするため、若き乙女の生き血を浴びた狂える魔女「Countess~真紅の抱擁~」

多くの死者と、殺害者が物語の中には登場しました。
どうして人は殺しあうのでしょうか? 

人間、と言うより、動物というのは本能的に自分を守るため、食糧を得る為に何かを殺す事を宿命付けられています。
動物植物は関係ありません。
何も殺さずに生きられる生物は、ほぼ、いません。

それは、同じ種同士であってもそうです。
縄張りを守るため、生きる為、絶えず殺し合いながらありとあらゆる生き物はこの世界で生存してきました。

人間も結局は動物の一種でしかない。
どれほど進化しようと、文明を築こうと。
社会を作ったところで、動物としての本能は残っています。

人間は発達した知能で、本能を抑えて生きる術を学びました。
食べたい時に食べるのを抑え、眠りたい時に眠るのを抑え、性的欲求の赴くままに性行為を行う事を抑える事が出来る。
けれど、理性というものは本能よりよっぽど弱いものなのだと思います。

簡単にその枷は外れてしまう。
だから人間は、その枷を外せなくなるよう、理性を守るために「法」を作った。
理性が本能に負けるのを抑えるため。
それをしてしまった人間を罰する為。
その罰への恐怖によって、理性を人間の脳裏に根付かせるために。

「法」とは、罰のためではなく、抑止力なのではないでしょうか?

人間は戦争などに行き、「目的」としての「殺人」が許されれば当たり前のように人を殺してしまいます。
そこには身を守る為、という気持ちも、戦場で死と背中合わせによる恐怖という側面もあるでしょう。
しかし、許された殺人は、正義の下に多くの血を流してしまいます。
兵士とは無関係な民間人すら、その正義の下で殺されていくのです。当たり前のように。

人間も理性で抑えてはいても、動物として組み込まれた本能的なプログラムには勝てないのだと思います。

弱肉強食の世界に存在する動物としての本能が勝利を求め、自分より弱い他者への攻撃を快楽と捉えてしまうのでしょう。
だからこそ、我々には競争本能がある。
もちろん、これは悪い事ばかりではないけどね。
本当に何もかもが平等な世界は、多分すぐに崩壊すると思う。
でも、例えばいじめの問題も、こうした弱者の上に立つ事で感じる快楽から生まれた歪みではないでしょうか。

僕はだからこそ、理性的でありたい。
人に対しての優しさを忘れたくない。
そのタガが外れる事がないよう、絶えず人らしく生きられるよう自分を律していきたい。
人間が人間として生まれた以上は、やはり、人は人を殺すべきではない。
僕はそう、思いたい。

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Clef Doll
Shion

こんばんは、Clef DollのShionです( ̄▽+ ̄*)

昨夜から今朝にかけて関東にも台風が来るという予報でしたが、運よくなくなってくれたようで…
基本的に僕、夜中が活動期間で、今くらいの時間が丁度お昼くらいなんですけど笑
昨夜もその時間は起きててね、「台風来ちゃうのかなー、怖いなー」なんて考えてました(・・;)

で、結局寝るくらいの時間(早朝6時←)に空は穏やかだったので、「ああ、良かったー」なんて思ってて。
そして目覚めたら、ですよ。




快 晴 (・∀・)

抜けるような青空でした。
これ、家の窓から撮ったんだけど、本当にね、雲はあるんだけど、空が真っ青で。
「ああ、夏の空だな」って。

夏って暑いし、日に焼けるし、僕全然好きじゃないんですけど笑
夏には夏の切なさみたいなのがあると思うんですよ。
冬の切なさとはまた違う、あの青い、青い空を見てると、なんだか胸が苦しくなる、そういう感覚。

その、夏の切なさみたいなのをこの空からは感じて笑


それでね、蝉が鳴いていたの。
そこで更に夏だー感が増して笑
彼らは僕等日本人にとっての夏の風物詩として、その地上での短い命を鳴いて、鳴いて過ごす。
入れ替わり入れ替わり、地上に出てきて、夏の間鳴き続ける。

その姿にも、何か感じ入るところがあると言うか…。
うん、やっぱりね、年がら年中切ないんですね、日本w
それがわびさびってやつです、きっと。はい笑





Clef Doll
Shion
こんばんは、Clef DollのShionですγ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ

今日、ご近所を歩く中学生をぼんやり眺めてました。
中学生ってこんなに幼かったかなーなんて思ってみたりすると、、考えてみると僕もう彼らより10歳以上上になってしまうんだよね笑
いやー!歳はとりたくないっ!!笑

それは、まぁ冗談2割、本気8割なんだけど←
僕、初めて歌詞と言うか、詩みたいなのを書いたのが中学二年生、所謂病真っ盛りの頃で笑
その頃から、自分って何か変わったかなー、て考えると、
実はぜーんぜん変わってないんだよね

昔から、好きなものも全然変わってないし、言ってる事もあんまり変わってない。
成長してないんだね、きっと笑

でも、あれかな、、
昔より、「嫌いなもんは嫌いだ」って切り捨てる事は少なくなったかも知れない。
今は、嫌いなものの視点からも物が見られるようになった気がする。
ほんの少し、だけどね笑


私事だけど、これ、Twitterの方でも書いたんだけど、僕の祖父が亡くなって7年になるんです。
当時僕は浪人の予備校生で、祖父はそんな僕を気遣って入院してる事も言わなかったんだ。
だから、最後に祖父に会ったのが、まさに7年前の今日だったんだけど、もう、意識がなかった。
そして、翌朝そのまま亡くなったんだ。

やっぱり、悔やみもしたよ。
後、1日早く聞いて、1日早く病院に行っていればもう一度話せたのに、て。

僕、お葬式の時はほとんど泣けなかったんだ。
一番泣いたのは、亡くなる前日の夜だった。
もう、悟っていたんだと思う。
お風呂で一人で、散々泣いた。一生分くらいね笑
僕、本当にお祖父ちゃんっ子だったから。


翌朝、亡くなった、て聞いて、母は病院に詰めていたから、一人で病院に向かう道中、mixiで日記を書いていたんだけど、「また逢おうね」って、書いてたんだ。

無意識に書いた言葉で、どうしてあんな言葉を書いたのかはわからない。
死は、無だって考えている僕が、一体なぜあんな言葉を書いたのか、わからない。

それでも、あの時僕がは思ったのは、それだったんだと思う。



最近、歌詞を書いてるんだけど、このシャープペンはその予備校時代にもらったやつだって気付いた笑
物持ち良いな、僕w
どこ行ってたのか、バレちゃうね笑

Clef Doll
Shion