※完レポです。ネタばれ嫌な方はブラウザバック!!
「そんな、悪いですよ」「まぁ。アンタんとこにうちのヤツらが迷惑かけてるしな。別に100円で恩売る訳じゃねぇけど」
結局、入江さんは包みを私に無理矢理持たせてしまった。
「あ、ありがとうございます……」「かてーだろ?その返事は」「あ……はい。すみません」「今はうちの連中が黒崎に戻ってるからいいけどよ」
入江さんがふいに真剣な表情になった。
「……はい」「黒崎と白浜が緊張状態だから、気安く俺に声かけんなよ。これからは……」
入江さんが少し辛そうに瞳を閉じた。
(さっきまで、私達の間に壁なんて無いって思えていたのに……)(今は見えない壁が立ち塞がっている気がする)
私はふいに視線を落とした。
「わりーな。こんなことしか言えなくて」
入江さんが少しだけ寂しそうに、眉をひそめた。
(すごく楽しく過ごしてたから、忘れてたけど……)(黒崎と白浜って今、大変な状況なんだよね……)(入江さんと過ごした時間も……きっとすごく特別なことなんだ……)
私は入江さんの澄んだ瞳を、そっと見上げた。入江さんは私の想いを受け取ったかのように、そっと瞳を伏せた。
石「終わった?プチデート」「!?」
気が付けば、石森くんが並木道の入口に立っていた。私と入江さんは一瞬、顔を見合わせて石森くんを見つめた。
石「なんかいい雰囲気だったから。邪魔するのもどうかと思ってね。……これ、春子から」
石森くんが“美容室春子”の割引チケットを入江さんに渡した。
石「春子がね、“あのお兄さんの髪は赤の方がいいんじゃないかしら”ってさ」「ぜってー、行かねぇ」
入江さんの不安そうな顔を見て、私と石森くんは同時に笑い出してしまった。それから私達は、3人並んで白浜駅へと向かった。
石「入江は気安く声をかけるなって言うけどさ。別に入江と衝突してる訳じゃないから」「これからも普段通りに接するよ。ね?」
私達は白浜駅で、夕陽を背に受けて線路の向こうを見ている入江さんと、しばらくの間、言葉を交わしていた。
「……」
入江さんが貫くような視線で石森くんを見つめる。石森くんは入江さんの厳しい眼差しをかわすように、軽やかに微笑んだ。
(こんな風に……)(白浜と黒崎も仲良くいられたら良いのに……)
「石森くんの言う通りだよね」「私達が黒崎のこと悪く思ってる訳じゃないし……」
(入江さんのことだって……)
思わず、脳裏に浮かんでしまった言葉に、私は戸惑ってしまう。
「ったく。能天気な奴らだな」
入江さんは肩をすくめて、小さく首を振った。
「ガキの頃はもっとシンプルだったのによ。メンツとか意地とか」「色々、面倒になっちまったな」
夕陽が今日という日の最後を照らすかのように、オレンジ色に輝きながら白浜山に姿を消そうとしている。入江さんが沈みゆく太陽を目で追いながら、切なげに瞳を細めた。
「白浜だと、そういうのないですよ」「……!?」
(って。私、何言ってるんだろ?)
私の真っ直ぐな言葉にたじろぐように、入江さんが一瞬、目を泳がせた。だけど次の瞬間、無理矢理、平静を取り戻そうとするかのように、軽く鼻で笑ってみせた。
「転校でもしろってか?簡単に言うんじゃねぇよ」石「そうだよ、○○。俺のライバル増やさないでくれる?」
石森くんの言葉を受けて、入江さんが小さく微笑んだ。入江さんは瞬きと共に私に視線を送ると、そのまま踏切を越えて、黒崎行きのホームへと歩き出してしまった。私達を裂くように、警報音が鳴り響き、電車が近づいてくる。
「……」
次の瞬間、通過列車が風を運んで通り過ぎていった。警報器がうるさいぐらいに警報音を鳴らし、やがて踏切が静かに上がる。
「転校か……。それも、悪くねぇかもな」
入江さんが心を揺らすような真っ直ぐな視線で、踏切の反対側に立つ私を見つめている。
「……え?」
入江さんの呟きは、線路に吹く風に流されるように、かき消されてしまった。
(入江さん……)