※完レポです。ネタばれ嫌な方はブラウザバック!!
「そうだ!あそこなら黒崎の人達は来ないかも!」「ふっ。アンタって小せぇことにも一生懸命だよな」
入江さんが頬を緩め、小さく微笑んだ。
「う……。すみません」「謝ることじゃねぇよ。いいんじゃねぇの。アンタらしくて」「と……。とにかく、移動しましょうか」「すごく落ち着く場所だから、入江さんもきっと気に入ると思いますよ」「あんま期待しないで連れてって貰うとすっか」
入江さんが意地悪に微笑みながら、私の頭をポンと叩いた。
(なんだかここ数日で、入江さんと距離が近くなった気がする……)
「あの……石森くん。ちょっといい?」
私は真っ赤になった耳を隠しながら、春子さんと話している石森くんに声をかけた。そして、入江さんと2人、商店街から抜け出した。
「落ち着ける場所って……。ここかよ」
入江さんが、驚いた表情で、辺りを見回している。
「そうです!私のオススメの場所」
そこは……。季節の花々が咲く、自然の花畑だった。赤や黄色やオレンジの花々が、自らを誇るように咲き乱れている。
「……まさかのお花畑かよ」
入江さんが、なぜか無言で固まっている。
(入江さんとお花畑って……。意外な組み合わせ過ぎたかな?)
私は入江さんの少し困った顔を見て、思わず不安になってしまった。
「でも、まぁ……。悪くねぇな」
私が顔を覗き込むと、入江さんが不意に表情をやわらげた。
「えっ?」
そして、入江さんは花を踏まないように慎重に足元を慣らすと、おもむろに花畑の中に寝転んだ。
「!?」「こういうの、ガキの頃以来だな……。風が気持ちいい」「……はい」
私は少し恥ずかしくなりながらも、入江さんの隣に腰をおろした。初夏の心地良い風が、柔らかい花の香りを運んできてくれる。
「こういう時間……。随分、前から忘れてたな」
私は入江さんの瞳をじっと見つめた。
「喧嘩、喧嘩の毎日で。……何気無い時間を楽しむ余裕を、忘れちまってたのかもしれねぇな」
(入江さん……)
入江さんはすごく自然に素直に自分の言葉で語ってくれて。一言一言を噛みしめるように話す入江さんの綺麗な横顔から、私は目を離せないでいた。
「いつか終わると良いですね。……そんな毎日が」「ん……?まぁな」
入江さんが指先で軽く、瞳にかかった銀色の髪をよけた。
「黒崎も白浜も仲良くなれて、喧嘩なんかしないでも良くて」「みんながずっと笑顔でいられる日が来たら……。素敵だと思います」「笑顔か……」
入江さんがフッと優しく微笑む。
「アンタと話してると、調子が狂うわ」「えっ?」「本気で笑った事なんか。ここ、何年もなかったのによ」「入江さん……」
言葉の一つ一つが染み入るように、私の胸に響く。誰もいない花畑で、どこまでも広がる青空の下で、2人で風を感じて。
(今はすごく、特別なことに思えるけど……)(こんな風に過ごす毎日が、普通のことになったら……。どんなに)
「いつか……来るといいよな」「こんな風に過ごす。毎日」
(入江さんも同じこと……。考えてくれてたんだ)
「そろそろ行くか……」
入江さんがポケットから携帯を取り出した。
「黒崎に戻らねぇといけないらしい」
入江さんがメール文を軽く読み、パタンと携帯を閉じた。
「あっ……。はい」
素直に頷いたけど、どこか寂しかった。
(もっと、一緒にいたい……)(どうして、そんな風に思うんだろう?)
心の中の疑問に蓋をして、私は入江さんに手を引かれ立ち上がった。それから私達は肩を並べて、白浜駅へと向かった。
「お前、家でこれ食えよ」
入江さんが千代ババから受け取った包みを、私に渡してくれる。
(……そういえば。夢中で話をしていてお菓子のこと、すっかり忘れちゃってた)
続く