- 国家の品格 (新潮新書)/藤原 正彦
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これは、日本人なら是非読んでおきたい本だと思います。
この作者藤原さんは、論理も大事だが、それよりももっと大事なことがある。それは情緒と形だといっています。
論理だけではだめな理由として、いくつかあげていますが、僕が気に入ったというか共感できるものをあげると、
最近国際人を小さいころから育てようということで、小学校の授業に英語を教えている。
英語を教える。→国際人が増える。
という理論に基づいてだと思います。これはナンセンスであって、英語というのは話すための手段であって、手段よりも内容を充実させていくほうがより大事であるので、基本的な国語や算数や歴史を教えるべきである。英語なんて水泳やピアノなどのお稽古事のひとつで十分である。といっています。
とても共感できます。ゆとり教育、くそくらえです。
この本には、このほかにも共感できるというか、ああそうだよなと思えることが、たくさんできてます。
・なぜ人を殺してはいけないのかという問いに理由などない。だめなものはだめだ。
・ひとは生まれた瞬間から自由などない。
・ひとは生まれた瞬間から平等ではない。命の重さも平等ではない。
・実力主義はいけない。しかし、実力主義をやめようという人は一人もいない。かっこ悪いから。
・会社は株主のものだという論理が恐ろしい。
などなどです。
はじめに書いた、情緒と形とは、具体的に自然に対する繊細な感受性といっており日本人はそれを持っているといっています。
日本人は、お茶にしても、花の生け方にしても、字にしてもすべて茶道、華道、書道にしてしまう。
日本は、自然の影響を受けやすくその中から、無常観が生まれ、これをより抽象化していくと「もののあわれ」という情緒になるといっています。
「もののあわれ」というのは、鈴虫の音を聞いて秋が来たなと思う心や、本当に美しいのは年に3,4日しかなく、しかも咲いたと思ったら嵐のごとく風が吹きすぐに散ってしまうはかない桜を、こんなにも楽しみにしていてしかも国花にしてしまう日本人の心のことです。
この「もののあわれ」という概念は、日本人にしか持ち合わせていないみたいです。
外国の方は、鈴虫の音を「ノイズ」といい、「古池やかわず飛び込む水の音」では、どばどばと蛙が飛び込むのを想像するみたいです。日本人は、自然を跪く対象としてみていて、外国人は、自然をひれ伏す対象とみている。この違いは、生きていくうえで大きな違いだと思います。
だから、アメリカ人とかあんな自信満々でえらそうな人が多いのかなと思ってしまいます。
また、この藤原さんは、武士道の復活を叫んでいます。昔の「士農工商」、武士は貧乏だったらしいのですが、なぜ一番上で尊敬されていたかというと、この武士道に忠実に生きていたからだそうです。
相変わらず、下手な文章で、だらだらと書いてしまいすみません。
でも、みなさんこれを読んで国家の品格を取り戻しましょう。
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