パソコン買い換えてからここは放置してました。
パスワードメモってたので入れてみたらまだ残ってました。
しかしブログとかSNSとかって本人が死んでもずっと残るんですよねー。
1000年後に1000年前の人の日記とかが読めるのってすごくないですか。
パソコン買い換えてからここは放置してました。
パスワードメモってたので入れてみたらまだ残ってました。
しかしブログとかSNSとかって本人が死んでもずっと残るんですよねー。
1000年後に1000年前の人の日記とかが読めるのってすごくないですか。
私の母方の実家は戦前からのキリスト教の家で、私はそこで生まれ幼少期を過ごしました。
食事の前には「天にましますなんたらかんたら(覚えてない)アーメン」とお祈りをしていたのを覚えています。
私が生まれる前はその家で聖書の勉強会をしていたそうですが、そのうち信者さんたちと協力して近所に教会を建てました。
毎週日曜日には礼拝があり当時幼児だった私は祖父母に連れられて行ってました。
牧師さんのお話を聞いて歌歌って、献金袋っていうのが回ってきてお金入れて大人は葡萄酒飲んでたような記憶があります。
礼拝が終わると子供は教会の隣にある牧師さんの家に行き、奥さんが聖書の絵本を読んでくれるのを聞くのが日曜日の日課でした。
行くと毎回聖書に出てくる人物などが描かれたカードをくれました。
祖母から名刺入れもらってそこに集めていたのですが、もしかしたら名古屋の生家のどこかにまだ残ってるかもしれません。
大人になってからなぜ母の実家はキリスト教なのかと母や祖母に聞いてみました。
・祖母のお父さんは農作業中に出来た傷が原因で破傷風になり若くして死んだ。
・祖母のお兄さんが18歳の時に医者になるつもりでカナダに渡った。
・行きの船の中でキリスト教の説教を受けて伝道師になろうと思った。
・それで本当にカナダで牧師になった。
・その影響で祖母もキリスト教信者になった。
・昭和初期に祖母は愛媛県の山奥から名古屋に出て来て教会で知り合った祖父と恋愛結婚をした。
という流れらしいのですが、どこまで正確か分かりません。
私もへーそうなの的にしか思っていなかったのですが、よく考えてみたらなんで医者になるのにわざわざ海外に行くのか、なんでカナダなのか不思議ですよね。
それで名前で検索してみたらウィキペディアにいました。
・「バンクーバー在住のおばを頼ってカナダに渡った」(!)
なんですとー。そんな話聞いてない。
誰だそれ。私の母方の祖母の父方か母方か?
おそらく大正初期。そんな時代に海外に?
ものすごく気になってネットで調べまくってみましたがさすがに話が古すぎて出てきません。
唯一分かったのが「バンクーバー在住の赤川牧師夫妻」。
どうやらこの人のようです。名前からして日本人同士で結婚したようです。
どういういきさつでカナダに渡ったのか全く資料がありません。
今度実家に帰った時にでも母に聞いてみようと思います。
そんなわけで、カナダには私が会ったことのない遠縁が大勢住んでいるらしいです。
いろいろ調べててワクワクしました。
それで私自身はキリスト教信者なのかというと全く違います。
むしろあんまり好きじゃないです。
仏教にも興味がないです。
古事記マニアなので日本の八百万の神様を信じてます。
このブログはどうせ誰も読まないだろうからと思っていつも暗い話しかしてない。
ある人から撮影と出演について申し込みがあったので受けた。
2週間ほど経ってキャンセルのメールが来た。
「事務所の命令で」とのことだ。
何それ。事務所の事なんか全然聞いてないよ。
もし常識ある音楽事務所であれば、ミュージシャンに一番大切なことは技術とか音楽性よりも、対外的な信用であるということは分かっているはず。
たとえ個人で活動内容を決めたとしても、事務所がそれをドタキャンさせるようならば、それは音楽事務所としておかしい。
そもそも私には何の落ち度もないのだから当然苦情を言った。
すると「しょうがないじゃないか」と逆切れし一方的にブロックしてきた。
なんなんですかねこの人。
私は絶対に約束は守るという信念で生きているので、こういう理不尽な行為に対しては非常に怒りを覚える。
私が組織から外れて一人でこんな仕事をしはじめたのは、自分の周りから理不尽な人間を排除したかったからだ。
たとえ自分が損することになっても信念は曲げない。
ばっさり切る。
なぜかまた昔のいやな思い出を頭の中によみがえる。学生時代の冬休みに引っ越し屋のアルバイトをした時の話。
とある夜、仕事が終わって待機室に入ると部屋の真ん中にあるストーブの上にどこからか拾ってきた子猫を乗せて熱くて暴れているのを見てみんなで笑っているのだ。
私(19)はそれを見てとっさに「かわいそうじゃないですか!」と言うと、おそらくバイトの主と思われるチンピラ風の兄ちゃんから「手ぇ出すと承知せんぞ」とにらまれた。
たぶん他のバイトの人達もこの兄ちゃんが恐くてニヤニヤしているのだろう。
それでも私はどうしてもほっておけなかったので、すぐにその子猫を抱き上げ建物の外に逃がしてやった。
翌日の朝、その子猫はトラックにひかれて死んでいた・・・。
実話です。
久々に夢でうなされて目が覚めた。前職時代の内容。
アルバイトが全員休んで休みの日の深夜に出るはめになり睡眠不足で頭がぼーっとした状態でちょっとしたミスから絶望的な状況におちいりお客様から罵声を浴びせられなが
ら解決策が見つからないまま右往左往しているという状態。リアルな夢で恐ろしかった。
前職の時は職場がギリギリのシフトだったので突然バイトが休むと有無を言わさず店長が出なければならなかった。
ある日は41度の高熱が出ても休むことが出来ず15時間連続勤務。
やっと帰れて次の日休みだから爆睡して1日で治そうと思った。
「体調悪いから休みます」なんてありえない会社だった。
自宅に帰っても41度の熱はおさまらず。だけどやっと布団に入れた。
大汗をかきながら寝ていると、深夜の3時に職場から電話。
「次のシフトの誰々君が来ません」と。
わずか5時間の睡眠の後、再び職場へ。
41度の高熱。そして睡眠不足。
それでも休めない。
そしてどういうわけかその日は次々とバイトが休んだ。
時間になってもバイトが来ない。
結局そのまま私一人でふらふらの状態で連続30時間働くはめになった。
41度の高熱の状態でだ。
しかも結果的に無給である。
サービス休日出勤&サービス超長時間残業である。
これがデスクワークだったらまだましである。
そうじゃない。
コンビニの店員だ。ほぼ常に立ち仕事である。
レジ打ってるだけならまだましである。
そうじゃない。
深夜には加食雑貨品で300箱以上が入荷し、検品した上での品出し作業がある。
弁当も入ってくる。雑誌や新聞も入ってくる。
全部並べなきゃいけない。
返本作業もある。鮮度チェックもある。清掃作業もある。伝票処理もある。発注作業もある。
レジ打ちなんてその合間の仕事。
普通ならぶっ倒れても不思議ではない状態。
それでも私は倒れない。
タフなのか。
否。責任感という気力だけである。
何があろうと休めない。
それどころか休みの予定の日であっても突然呼び出されるのも当たり前。
そういう環境で長年働いていると「体調悪いから休めるぞ。やったね」みたいな疾病利得なんてありえないのを悟るのである。
職場はコンビニ。24時間一切気を抜けない。
始発出勤終電帰宅なんて天国のような話である。
しかも私が働いていた頃はこの業界は深夜コンビニ強盗に刺されて年に2,3人死人が出ていた時代だった。
殉職率が以上に高い業界だった。
それでも高給だったらよかったのだが、驚くほどの低賃金。
残業代も休日出勤代も一切出ない。
月200時間超のサービス残業の中10年働いた。
ボーナスを含めても時給計算するとバイトより低かった。
当然、過労で倒れて入院する店長も続出。
しかしそういった現状を見ても会社は対策を取らない。
それどころか「店長は倒れるまで働いてこそ一人前」という社風さえあった。
「お前も倒れた誰々店長を見習え」と言われたことも何度もある。
狂気の沙汰である。
その頃はまだブラック企業という言葉は無かった。
こんな状況は社会問題になってもいいはずなのだが、一切報道されない。
なぜなら、TV局の大スポンサーだからだ。
新聞雑誌で記事にしたらどうなるか。
その出版社の出版物は全て販売停止になる。
だからどんなメディアもニュースに出来ない。
そんな経験があって今がある。
「休み無しでよく体が持ちますね」とよく驚かれるが、前職に比べたら超楽勝なのである。
ああ、変な夢を見たせいでいやな過去を思い出してしまった。