土曜日から日曜日
一泊二日で
5年ぶりか
私の実家に帰った。
もちろん妻を結婚以来
初めて紹介した
過去の遺恨
いろいろ想いはあった
様々遠回りした帰省
5年のブランクは浦島太郎状態笑笑
変わっていた状況に
理解するのに
時間かかった
今回、帰ろう
って思ってたのは
実家の母親の鬱病
私の妻のパチンコ依存症
弟と親父も鬱病と戦っていた。
パチンコ依存症と似ているところもあり
妻に気づいて欲しいのもあった
言い方悪いが
妻がパチンコ依存症にならなかったら
母親が鬱病にならなかったら
父親と弟が
私の苦しみを理解してくれなかったら
一生、あの家に帰るつもりはなかった。
今回、時間はかかったが
ベストのタイミングだったと思う。
母親の鬱病の状況は
思っていたより深刻だった
苦しむ父親と弟見ながら
私達夫婦のパチンコ依存症と
たくさんの話をしたよ。
病気を支える側の家族
病気と闘う本人達
たくさん共感するところがあって
お互いいい刺激になったし
客観的にアドバイス出来る
よき理解者みたいな
何より
母親と妻が仲良しになってビックリ
家にあったカラオケ🎤
3時間2人で歌っていたよ
w
まさか、まさか
展開
w
これは
お互い病気と向き合っていくのに
いい関係とみた
病気前の母親なら
お金にだらしない人は
絶対に受け入れないと思うし
鬱病になって
理解してもらえない苦しみは
本人達が1番分かるですかね
妻も理解者がいるって
励みになるし
良き理解者
そう思いました。
私は私で
妻の覚悟も見たかったのもありますが
我が家や元家のことで
親父とサシで
話をしたかったのもあり
私としては
収穫のある帰省だった
帰る時に
5人で手を取り合って
お互い病気と戦っていく同士で
協力していきましょう
って
改めて
家族、娘、おねーさんが
増えることをつたえて
あと
妻にはもうラストチャンス
次はない
離婚届にサインをして
父親に離婚届を預かってもらいました。
この離婚届は
新しい夫婦として生きていく覚悟
妻が私の家族として認めてもらうためのもの
私が限界を感じた時
妻がもう回復見込みなし
と見えた時
最後通告してもらいたい
ってことです。
私、夫婦は
めっちゃ遠回りしましたが
新たに
てか
やっと夫婦になれたかもしれません。
妻はこれからが大変です。
自分との戦い
苦しくなったら
モンストしてくれる弟
一緒に飲んでくれる父親
一緒にカラオケしてくれる母親
私は厳しくしか出来ませんが
もう
1人じゃない
ってことです
いや、いや
話が長くなり
朝方5時まで起きていたので
もう
眠い💤
では
また
