中学校の3年間は同じ先生であった。20代の半ば、社会科担当、その上スポーツ万能。当然、生徒達からの人気も高いわけで、担任と決まれば歓声が上がる。今の私は、とうにその時の先生の年齢を超えたけれど、思い浮かぶ顔も、姿も、20代半ばの若い先生。それでも、やはり、年上の先生だ。年下になっても、ずっと年上の先生であり続ける。先生とはそういうもの。
そんな中でも一人だけ、違う先生がいる。40歳も上の先生。一度も担任になったことはないが音楽の趣味が共通で、休みの日には共によく音楽を聴きに行った。先生は、嫌いな音楽はとことん聞かない。ラフマニノフはめったに聴かない。ショスタコヴィッチはもっと聴かない。兎にも角にも好き嫌いが激しい。そんなことだから食事に行っても同じものばかりで、寿司屋に行けばずっと、海老、海老、海老。そんなわがままな姿はみていて面白い。そして年齢も年齢だから同じ話を何度もする。対して私は初めて聞いたような反応を返す。嫌だとか面倒だとかという思いはない。試しに同じ話をしてみれば、初めて聞いた反応が返ってくる。だから話題が尽きることはない。まるで観覧車。5年もたてばきっとメリーゴーラウンドになるだろう。
聴きに行ったと書いたが、亡くなったわけではない。今はコロナで会えないのだ。会えたところでコンサートもやっていないから家で2人でレコードを黙って聴くだけ。だから会うほどでもない。お互いに健康第一なのである。今もきっと、新聞を読みながら部屋で聴いている。晴れたならブルックナー、曇ってもブルックナー。
そんなわけで1年近く連絡すら取っていないけれど、会いたいかというとそうでもない。不思議なものだ。ということは友人ではなかったのだろうか。いや、このタイトルで書こうと思ったのだから、きっと友人なのだろう。でも、亡くなったら泣くのだろうかと考えてみると、おそらく泣かない。そうか、と思う程度な気がする。自分の冷めた感情にほんの少し呆れる。それどころか香典を出すのがイヤだ、もったいないとか思う。でもそういう友人がいてもいいのではないかと思う。いや、それこそが友人ではなかろうか?
私は心の水平線にへこみができたら、自分の力でそのへこみを治したい。誰の力も借りたくない。へこみができた人がいれば助けずにはいられないが、助けられたいとは微塵も思わない。何もしないで待っていてくれれば十分で、助けようと動かれても迷惑と思ってしまう。私にとって友人は心の水平線に置かれる菓子のようなもの。その菓子に沿って線が盛り上がる。平均値が高くなる。心が豊かになる。でも、時々邪魔に感じる。水平線こそが美しいのだ。そんなわけで、1年近く連絡を取らなくてもなんとも思わないくらいが丁度よく、心地よい。向こうもきっと私と変わらない。だから無意識に互いの時間を尊重し合っている。
ありがたい友人である。
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