55.3 「青」信号は “blue” lightではない(2)


かくして、米国では著名なFries教授と半年以上、国際文化会館内に用意された研究室で過ごすことになったのである。博士はその頃は「外国語としての英語教育」の開発に関心を持たれ、そのためには、学習者の母語と習得したい外国語とを、発音、文法、語彙、文化の各分野で比較対照し、そこに見られるズレというかギャップを心得ている必要がある、という説を提唱し、米国と日本との間を何回か往復するようになって以降は、日本語についても少なからず興味を持たれ、助手である私に時に質問されたのである。そういう質問の中に、以下のようなものがあったのである。

「日本人はblueとgreenの間の区別をしない、というのは本当か?日本では green leaves のことを『葉』と言い、traffic lights の green light のことを『信号』と呼んでいるそうだが…」

私は、次のように答えた。
「いえ、言語表現上の上からはそういうことになりますが、色自体の区別は認識出来ています。ただ、表現の慣用上はgreenを「青」と表しているだけで、これは日本語の歴史、特に語彙と連語の変化史の結果、そう決まってしまっているだけです」

この関連で、ある時、街での母親と4歳くらいの息子のやり取りが、信号待ちしていた私の耳に入ったのを紹介しておきたい。

M:「信号が青になったので、渡りますよ」
S:「青だって?ママ、おかしいよ。緑だよ。ママ、間違ってるよ」
M:「そういうことにしておきましょう。早く渡って」