お笑いがブームのようである。
なにせ『笑っている場合ですよ』という言葉がTVからバンバン聞こえてくる。
果たして、今が、『笑っている場合』なのか??
今の日本人は、日日の生活の中で、本当は心の余裕を失っているのかもしれない。
日常のいやなこと、不愉快なことのその原因を、しっかり注視せず、むしろ「笑い」の中に逃げ込み、困難から逃避しているかのようにも見える。そして、困難に出会うと、困難に立ち向かうことをせず、短絡的行動に出てしまう。TVの「お笑い」ブームの裏には、そんな拝背景があるのかもしれない。もちろん劇画ブーム、ゲーム感覚、こんなのも現実の困難に立ち向かう訓練を失う要因かもしれない。
とにかく短絡的事件が多すぎる。
文部省が「ゆとりの時間」なるものを設け、困難に立ち向かう訓練をしてこなかった結果かもしれない。
事実、会社に入社しても、上司から叱られると、会社に来なくなったり、これまで海外勤務が常識だった商社などにも、きつい海外勤務は避ける若者が多い傾向がある
とにかく、現代っ子は困難に弱い。
教育は大切だと思う。教育は困難を乗り切る勇気を身に着けさせることも本人のため、重要な教育課題なのだ。それが、課題も与えず、何の困難も与えず、だらだら時間を過ごさせることばかりの「ゆとりの時間」なるものを与える。人間は困難を乗り越えて初めて成長する。そのことを忘れて、自由ばかり与えたところで、結局は困難を乗り切れ切れない悲惨な事件という形で、決着がつく。こんな現象ばかりだ。
安易に子供に「ゆとり」を与えて、かえってその後の「人生のゆとり」を失わせて、悲惨な人生に終わらせる、平成に入ってからの、子供のころから、困難を乗り切れない、そのように育ててしまった文部行政は、そだった若者その者たちの悲惨さを含め、強く非難されて当然と思っている。
落ち着いた、自分の人生を大事にする心の余裕、心の強さは、育つ過程で習得する。それが教育だ。
いまの子供たちは、平成の文部行政の被害者と言っても過言でない。
可哀そうな若者たちよ、困難はこれからだ。
仕方がないけど、とりあえず覚悟しろ!
人生、終わるまで、自分を鍛えよう!!
これは、実は人間誰でもが当てはまることなのだが。
これをきれいごと、というかもしれない。しかし、きれいごとでよいではないか!
困難をこれから乗り切らねばならないのだから・・・
(^-^)