かつて毛沢東が健在だったころ、文化大革命という運動が中国で繰り広げられた。


要するに資本主義的発想を打破する、と若い紅衛兵というわれる多くの青年たちが、大学の教授や知識人を「吊るし揚げ」、毛沢東語録を掲げ、資本主義打倒と叫びながら、中国国内が大混乱した時代があった。


紅衛兵たちは、学ぶことより労働が大切といって、学校の教育を否定し、労働重視をさけんだ。


大学の先生や知識人、学校の校長などは強い非難にさらされた。


毛沢東死後、トウ小平があらわれ、この文化大革命を嵐を否定し、改革開放をスローガンに、現在の中国の基盤を作った。


しかし、この文化大革命のころ育った若者は、学校教育は無視されていた時代なので、十分な教育を受けられなく、成人しても計算ができなかったり、字も書けない人もいたそうだ。この期間に成長した人たちは実際の仕事に就けず、大変な苦労することになったという。


政治的思想、主義主張はいろいろある。


しかし、まず、基本的な学力は子供に十分受けさせないと、本人が困ることになる。


そこには、いいの悪いの関係なくだ!


これが親の責任、また政治の責任なのだが・・


(^-^)



お笑いがブームのようである。


なにせ『笑っている場合ですよ』という言葉がTVからバンバン聞こえてくる。


果たして、今が、『笑っている場合』なのか??


今の日本人は、日日の生活の中で、本当は心の余裕を失っているのかもしれない。


日常のいやなこと、不愉快なことのその原因を、しっかり注視せず、むしろ「笑い」の中に逃げ込み、困難から逃避しているかのようにも見える。そして、困難に出会うと、困難に立ち向かうことをせず、短絡的行動に出てしまう。TVの「お笑い」ブームの裏には、そんな拝背景があるのかもしれない。もちろん劇画ブーム、ゲーム感覚、こんなのも現実の困難に立ち向かう訓練を失う要因かもしれない。

とにかく短絡的事件が多すぎる。


文部省が「ゆとりの時間」なるものを設け、困難に立ち向かう訓練をしてこなかった結果かもしれない。

事実、会社に入社しても、上司から叱られると、会社に来なくなったり、これまで海外勤務が常識だった商社などにも、きつい海外勤務は避ける若者が多い傾向がある

とにかく、現代っ子は困難に弱い。


教育は大切だと思う。教育は困難を乗り切る勇気を身に着けさせることも本人のため、重要な教育課題なのだ。それが、課題も与えず、何の困難も与えず、だらだら時間を過ごさせることばかりの「ゆとりの時間」なるものを与える。人間は困難を乗り越えて初めて成長する。そのことを忘れて、自由ばかり与えたところで、結局は困難を乗り切れ切れない悲惨な事件という形で、決着がつく。こんな現象ばかりだ。


安易に子供に「ゆとり」を与えて、かえってその後の「人生のゆとり」を失わせて、悲惨な人生に終わらせる、平成に入ってからの、子供のころから、困難を乗り切れない、そのように育ててしまった文部行政は、そだった若者その者たちの悲惨さを含め、強く非難されて当然と思っている。






落ち着いた、自分の人生を大事にする心の余裕、心の強さは、育つ過程で習得する。それが教育だ。


いまの子供たちは、平成の文部行政の被害者と言っても過言でない。


可哀そうな若者たちよ、困難はこれからだ。


仕方がないけど、とりあえず覚悟しろ!



人生、終わるまで、自分を鍛えよう!!



これは、実は人間誰でもが当てはまることなのだが。


これをきれいごと、というかもしれない。しかし、きれいごとでよいではないか!


困難をこれから乗り切らねばならないのだから・・・



(^-^)

先に紹介した、池田晶子、睦田真志 共著『死と生きる』を読んでいる。


池田晶子は元気のよい物書きとして書をだし、ある程度の名をなし、そして腎臓ガンで亡くなった。それを追うように、睦田真志は小菅の刑務所で死刑囚として刑が執行されている。 私より若いこの二人はこの世にはいない。



この『陸田真志』さんは、確かに殺人犯、そして死刑囚。しかし、本来、優れた何かを持っていた。



池田、陸田の往復書簡が本になっているいるわけだ。池田さんにより、この陸田さんを私は知ったわけだが、正直、この物書き専門家の池田さんより、陸田さんのほうが、正直さ、率直さにおいて、よほど、その内容に優れているように感じる。すなわち彼の書いたものには、嘘がない。


池田さんは、これまでも著作を続けてきたわけだが、意識しようがしまいが、読者を前提に物を書いている。考えに少々気取りがある。彼女がどんなに正直にしても、頭の中には読者がいつもいる文章を感じる。言ってみれば読者向けのパフォーマンスを感じるのだ。そこはプロの物書きだ。だが、この陸田さんは、その前提はない。


死を前に実に立派だ。


死刑囚として、死を常に意識しながら生きている彼の言葉は、真実を追求しようとする純粋な心で満ちている。


なんと素晴らしい。


彼の話は今後もしようと思う。




合掌



(^-^)


*さて、みなは、死の前に何を求めるか?