ID,とパスワードを忘れてしまい、ログインできないままでした。
私、間抜けなところがあるんですよね(笑)

さて、時差の関係で、こんな時間に目が覚めてしまいました。
しばらく、NEW YORKへ行ってました。

あちらは、勿論仕事で滞在しておりました。

寒波に襲われ、大雪で大変な思いをしましたが、より人間らしい生活ができました。

暖炉で部屋を暖め、キャンドルで部屋を灯し、読書をしたり

書類を整理したり、

何十年か、前の自分に戻ったように思え、貴重な時間でした。

今回のプロジェクトは、まだ公にはできません。

ARTというものは、突然だったり、、1年がかりで完成するものもあります。

東京はやはり、空気が淀んでいます。

これをいち早くなんとかしなくてはなりませんね。

それには、みなさんの、心がけしだいですが、一歩前に出るのが苦手な日本人。

もっと政界でもその辺先頭をきって、進めてほしいですね。

どうも私の目には、ぐうたらしてるようにおもえます。

国を支える以上、国民の健康を維持する以上、

もっと責任をもってほしいです。

だらだらしてる国・・・・

なにかにつけて、足の引っ張り合いで、自分さえ良ければいい。

丸見えですよ。

ペタしてね


さて、タイトルにあるように 

今となっては、年賀状は資源の無駄 なのではないだろうか?

と、毎年感じるようになったのは

プリンターが利便化してからだ。


今や一家に一台あるプリンターであろう。

写真も、年賀状もスイスイ プリントできる。


普段 お付き合いある企業様なども、完全プリント。

そう 勿論 裏も表も 手書きが一切無い。


会社がプリント屋へ発注した年賀状に 

アドレスシールを貼って、もしくは プリントで投函だ。


たった一行でもいい。

その人その人への、一年の気持ちなどを 手書きで添えるだけで

温かみある年始の挨拶状となる。

まあ、人間性の問題ではあるが、

私自身は、一行でも手書きで「今年もよろしくおねがいします」や

「今年も・・・・・・・・・」など

添えてあると、その人物の内面性がみえ、手書きがあることで

何というか、人間同士の「挨拶」を交わしてるように 温かくなる。



会社が大量にプリントした年賀状・・・・

それをただ、相手に送るのは、果たしていかなるものなのか・・・・


毎年、裏表プリントだけの年賀状を見るたび

それなら一層、送らないで メールで新年の挨拶をしたほうが

よっぽど合理的ではないだろうか。



資源の無駄が ここにもあった・・・・・


昔ながらの日本の風習はどこへいたのやら。



手書き一切なしの年賀状・・・・・

資源の無駄だと思うのは私だけであろうか?


手間を省く 挨拶状・・・・

果たして 意味があるのだろうか・・・・・?



「送らないより 送るほうがマシだろう!」

と 考えなのか・・・?


資源の無駄を無くすこと!!

これは大切なことじゃないかな。


本年から【下2桁】の年だ。

新しい スタートの年 でもあるのじゃないだろうか・・・

年々、状況が悪くなっていく一方の この地球。。。。


今年から、一日一日 この星が善くなるような

そんな 行動・活動をしたい。


なかなか困難だろう・・・・


本来、誰もが持っていた 【純真な心】・・・

そろそろ皆が気づきだし 

少しづつでも動かせていけたら、

そう願う。。。。


今年も 【心の美・真・純】 

Keep goingで頑張ろう。



まずは自分から・・・・・

変わろう・・・・・


LOVE&PEACE