アリス・シーボルト『ラブリー・ボーン』 | 文学どうでしょう

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アリス・シーボルト(イシイシノブ訳)『ラブリー・ボーン』(ヴィレッジブックス)を読みました。ぼくが読んだのは単行本ですが、今は文庫本でも出ています。

今回紹介する『ラブリー・ボーン』はおそらく原作小説より2010年に日本で公開されて大きな話題となったピーター・ジャクソン監督の映画版『ラブリーボーン』の方が有名なのではないかと思います。

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ピーター・ジャクソン監督と言えば、あの超大作、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの監督なので映像的にすごくいい――んでしょうか。というのもですね、実はぼくは映画をまだ観てないんですよ。

当時予告編を見たら、殺された女の子の話だというので、内容的に重そうだなあと敬遠してしまったから。というわけで原作小説しか知らないのですが、映画を観た方も気軽にコメントしていってください。

さて、『ラブリー・ボーン』は14歳の少女スージーが近所に住む変質者にレイプされて殺されるという衝撃の冒頭から始まる作品。スージーは残された家族や友人たちのことを、天国から見守り続けます。

ファンタジーの要素がまるでないわけでもないのですが、あるとしても全体の14%ぐらいでほとんどファンタジー要素はないです。淡々と見守り続けるだけ。感動のファンタジーだと思ったら違いました。

そうかこれはミステリなんだ、犯人が分かっているけれど伝えられないという本格とも倒叙とも違う新感覚ミステリなんだと思って気持ちを入れ替えて読んでいたら、なんだかそういう感じでもないんです。

480ページほどの結構ボリュームのある作品なのですが、家族や友人など、多くの登場人物の人生が語られていって、脱線してるんじゃないのこれと思うほど、事件とは全然関係ない物語が続くのでした。

どうも変だなと思ったら、『ラブリー・ボーン』はファンタジーでもミステリでもなくて、亡くなった少女の周りの人々の人生を天国にいる少女という独特の視点から描いた言わば一種の群像劇なのでした。

なので、それぞれの登場人物が主人公とも言える作品になっているのですが、とりわけ印象に残るのが、スージーのお母さん。事件の後不倫した挙げ句に家族を捨てて家出をしてしまう最悪のお母さんです。

ですが、実はその行動も事件そのものとはあまり関係ないという設定になっているんですね。英語の修士号を持っているほどの優秀な女性で、神話の研究に興味を抱き教師になるという夢を持っていました。

 でも、そんなママの脱出計画、外の世界へ戻ろうとしたその場しのぎの計画は見事に打ち砕かれてしまう。わたしが十歳、リンジーが九歳の時のことだった。ママの生理がとまり、お医者さんまで車を飛ばした時には、もうすべてが決まっていた。ママは笑顔を作り、わたしや妹の前では感嘆の声をあげたけれど、その下には心の奥底まで届くようなざっくりとした裂け目ができていたのを隠していたのだ。
(中略)
 もしもっと注意深かったとしたら、わたしにもその兆候が見えていたかもしれない。今ならば、その変化がよくわかる。パパとママのベッドサイドのテーブルに置かれた本の山は、地元の大学のカタログや神話の百科事典、ジェイムスやエリオットやディケンズの小説から、スポック博士の育児本に変わっていった。それからさらに、ガーデニングや料理本に。(226~227ページ)


つまり夢がありながら家庭におさまらざるを得なかったお母さんの苦しみがスージーの事件をきっかけに表に出て来たわけです。ばらばらになってしまったスージーの家族がどうなるのか目が離せない物語。

恋を知り始めた頃に殺されてしまったスージー、スージーもいつか経験するはずだった恋愛や進学を経験しながら大人になっていく妹リンジー、心に闇を抱え家から逃げ出してしまったスージーのお母さん。

様々な登場人物の人生で紡がれていく作品であり、それだけにまとまりに欠ける感じは否めないのですが、それぞれの登場人物の心理が手に取るように分かる、あまり読んだことのないタイプの作品でした。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 わたしの名前はスージー。名字はサーモン、魚みたいでしょ。一九七三年十二月六日の時点で十四歳。そう、殺されてしまったあの日、わたしは十四歳だった。七〇年代、新聞に掲載された行方不明の子どもたちの写真は、みんなわたしみたいな感じかな。ねずみ色がかった茶色の髪の白人の女の子。(7ページ)


学校から帰る時に雪が降っていたので、近道をしようと思った〈わたし〉スージーは、トウモロコシ畑を突っ切ることにします。すると畑の真ん中で、近所に住む男ハーヴェイから声をかけられたのでした。

隠れ家を見てほしいと穴に連れ込まれた〈わたし〉は乱暴されて殺されてしまいます。欲しいものをちゃんと望めば何でも手に入る天国にいった〈わたし〉は友達も出来て、楽しく過ごしていけそうでした。

それでも、「初めから終わりまで、みんながどんなふうに生きていくのかを見てみたい。そうすれば、わたしたちももっとちゃんと生きている振りができる」(29ページ)と、現世を探るようになります。

十二月九日。パパは警察から、行方不明だった〈わたし〉の肘が見つかったことを知らされました。犬が発見したのは肘だけで、他の体の部分は見つかりません。生死も不明ですが絶望的な状況のようです。

警察が容疑者として見ていたのはインド人のレイ・シンという少年でした。ラブレターが発見されレイが〈わたし〉に好意を抱いていたことが分かり、好意が憎しみに変わったかも知れないと考えたのです。

ところが、レイには国際交流センターでスピーチをしていたというアリバイがあり、捜査はそれきり暗礁に乗り上げてしまったのでした。

衝撃を受け、悲しみに暮れる〈わたし〉の家族。〈わたし〉と一緒に作ったボトルシップを眺めていたパパは死んでしまう一週間前に作ったばかりのボトルシップから床に叩きつけて、壊し始めたのでした。

 心臓が止まりそうになった。パパは振り向き、そこに残っていたすべての船を見渡した。船を造りつづけた年月を、船の入った瓶を支えつづけてきた手を、死んでしまった父の手を、そして死んでしまった子どもの手を見つめていた。わたしはパパが残りの船すべてを叩きつけていくのを見届けた。わたしが死んでしまった事実を刻みつけるように、壁にも、木の椅子にも、パパは船の入った瓶を叩きつけた。そうした後、うす緑のガラスが埋めつくした客間兼書斎に、パパはただ立っていた。残っていたすべての瓶は粉々に砕け散り、床を覆いつくす。船体や帆が、その中に散乱する。パパは残骸の中に立っていたのだ。そしてそれは、その時起こった。どうやったのかはわからないけど、わたしは姿を現した。粉々に砕けたガラスに、小さな破片やかけらのひとつひとつに、自分の顔を投影したのだ。(69~70ページ)


パパはびっくりしてきょろきょろし、大声で笑った後、〈わたし〉の部屋にいって静かに涙を流したのでした。パパはやがて理由ははっきりしないもののハーヴェイのことを怪しいとにらむようになります。

ところが警察に捜査するよう頼んでも何の証拠もあがらず、かえってハーヴェイのことで警察に電話をするのはやめてほしいと忠告されてしまいました。パパは自分の手で犯人を捕まえようと動き出し……。

〈わたし〉には気になる女の子がいました。同じ学校に通うルース・コナーズで、はっきり〈わたし〉とは認識出来なかったものの、幽霊を見たと母親に言ったのです。特別な絆を感じるようになりました。

詩を書いたり絵を描いたりするのが好きなルースは〈わたし〉が思いを寄せていたレイと会い〈わたし〉の事件について話したのをきっかけに親しくなっていきます。〈わたし〉はその様子を見続けて……。

優秀生徒に選ばれた〈わたし〉の妹リンジーには、サミュエルというボーイフレンドがいました。しかし二人は真面目な生徒だったので、せいぜいがキス止まりで、その先に進むことがなかなか出来ません。

シンポジウムで、〈わたし〉の事件のことが大きな話題となってしまい、聞きたくもないことを耳にしてショックを受けたリンジー。使い古しのボートが裏返しになった場所でサミュエルが慰めてくれます。

「もう何も言わなくてもいいんだ、リンジー」とサミュエルが言う。「ただ俺たちは、ここで横になって、騒ぎがおさまるのを待てばいいんだ」
 サミュエルの背中は地面にぴったりとつけられていた。彼は、妹を夏の夕立がもたらした湿気から護るように、身体で包むように抱きしめられている。二人の息遣いで、ボートの下の狭い空間は熱気を帯びはじめていた。彼にはもう、どうにも制御することができなくなっていた。ジーンズの中で、彼のペニスがカチカチに硬くなってしまっていたのだ。
 リンジーは、強張った箇所に手を差し伸べた。
「ごめん……」と、彼はつぶやいた。
「いいのよ、わたしは」
 十四歳。妹は、わたしからすっと船が漕ぎだすように去っていってしまった。わたしの知らない場所へと。わたしのセックスという壁には、恐怖と血が塗りたくられている。彼女のそれには、見張らしのいい窓が開いている。(189ページ)


やがて、ママが家を出て行ってしまい、代わりにおばあちゃまが家に来ます。事件の時は幼すぎて〈わたし〉の死を理解出来なかった弟のバックリーが成長しママの残した庭の世話をするようになりました。

事件の噂の中で育ったバックリーは、いつまでもパパが〈わたし〉の死を引きずっていることが気に入らず、激しく対立してしまい……。

はたして、ばらばらになってしまった家族は、元に戻れるのか!?

とまあそんなお話です。事件の解決が主眼の物語ではなく、その事件をきっかけに〈わたし〉の家族、パパ、ママ、リンジー、バックリーや友達のルース、レイなど、色んな人物の人生が語られていく物語。

〈わたし〉はそうした人々の人生を通して、自分が経験できなかったことを知っていくのでした。登場人物が多く、全部をしっかり把握しようと思うと大変ですが、興味を持った方は、読んでみてください。

次回はネビル・シュート『パイド・パイパー』を紹介する予定です。