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ブライアン・W・オールディス(伊藤典夫訳)『地球の長い午後』(ハヤカワ文庫SF)を読みました。
今回から三回は「地球滅亡SF特集」です。三作品ともそれぞれ「地球滅亡」のとらえ方が少しずつ違うので、読み比べてみると面白いだろうと思います。滅亡系は名作が多いのでその内第二弾もやるかも。
「地球滅亡」というとウィルスの蔓延や、宇宙人の襲来、彗星の激突などで、急に人類に危機が訪れるというものがあります。マイケル・ベイ監督の大ヒット映画にちなむなら、「アルマゲドン系」のSF。
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『アルマゲドン』は地球を滅亡に導く小惑星を破壊するミッションにブルース・ウィリス演じるオヤジたちが挑むという物語。ベタな展開が目白押し故に意外と賛否は分かれますが、ぼくは好きです。ふふ。
そういう、突如滅亡の危機に瀕してもう一度大切な人との絆が確かめられるという「アルマゲドン系」のSFも勿論面白いですが、どちらかというとSFというよりは、パニックものの色彩が強いですよね。
サメに襲われたりゾンビに追いかけ回されたりする感じとよく似ているわけで、SF的な世界観に圧倒されるということはないでしょう。
そこで、世界観に圧倒されるSFの名作を紹介したいと思います。地球の自転が止まり、陽が当たり続ける片面が巨大な植物によって覆いつくされている近未来を描く1962年発表の『地球の長い午後』。
襲いかかって来る植物がいる世界で、文明を失い、残りわずかになってしまった人類の冒険を軸に、世界の神秘が描かれていく作品です。
『地球の長い午後』が後世に与えた影響はとても大きくて、特殊に進化した虫や植物が跳梁跋扈し、人類が滅亡の危機に瀕しているSFはどれも『地球の長い午後』を通して繋がっている感じさえあります。
アミガサダケという頭のいいキノコに寄生された少年グレンが、様々な困難を乗り越えながら旅を続けていくというストーリーも非常にスリリングで面白いですが、何よりもすごいのは、作品が持つテーマ。
結末と関わるのであまり言えませんが、これがSFならではの醍醐味で、今まで持っていた固定観念がぐわんぐわんと揺さぶられるんですよ。読む前と読んだ後では、世界の見え方が変わってしまうぐらい。
グレンの前の世代の旅が描かれる序盤がちょっと入り込みづらい作品なのですが、60ページを越えた辺り、グレンの旅が中心となってからは、はらはらどきどきのエンタメ度がぐんぐん上がっていきます。
作品のあらすじ
こんな書き出しで始まります。
断ちきることのできない法則に従いながら、やみくもに、異様にひろがってゆく。
熱、光、温――変ることのないもの、決して変ることのなかったもの……しかし、それがどれくらい続いているか誰も知らない。もはや、”どれくらい……”とか”なぜ……”ではじまる大きな疑問に気をとめるものはない。もう、そこは思考の場ではないのだ。成長が、植物が、それにとってかわっている。そこは、まるで温室だった。(9ページ)
巨大な植物に覆われてしまった世界。女長リリヨー、五人の女、一人の男、十一人の子供たちのグループがありました。子供がまた一人、人喰い植物に命を奪われてしまったので〈頂き〉へ弔いにいきます。
大人は時が来れば〈天〉に登ることになっていました。グループは黒とピンクのぶちの皮、手首から足首にひろがる鱗だらけの羽根を除けば人間によく似ている鳥人と戦いながら〈頂き〉へ移動を続けます。
そうして大人たちは別れを告げるとそれぞれ莢の中に入り、この地球始まって以来最大の生物である植物のクモ、ツナワタリがはりめぐらしたケーブルに乗って〈天〉へと上がっていってしまったのでした。
残された子供で新たなグループを作ります。女長に選ばれたのはトイでしたが、勇気ある少年グレンとなにかと衝突してばかり。やがて一行は海草と陸棲植物が戦う〈無人地帯〉に入り込んでしまいました。
長いあいだ、彼らは障碍をつぎつぎと乗り越えて進んだ。あやうく死を免れたことも、一度や二度ではなかった。やがて、眠気が彼らを襲った。
内部ががらんどうになった、倒れた木の幹が見つかった。なかに棲んでいた、葉だらけの、毒を持った植物を追いだすと、彼らはひとかたまりになり、ほっとして眠りについた。眼をさましたとき、彼らは囚われ人となっていた。幹の両端が、ふさがっていたのだ。
(中略)
気の遠くなるような年月のあいだに、懶楡は、〈無人地帯〉の痩せた海岸から栄養分を吸収しようとする初期の試みを完全に放棄した。そして地下に伸びた根をちぢめると、いまのような横に寝た生活様式を採用した。一見したところでは、死んだ丸太にしか見えない。枝と葉は幹から独立し、さっき人間たちが追い払った、共生的な、葉だらけの生命に進化した――相棒の開いた胃袋へ、他の生物をおびきよせる、重宝なおとりとして。(100~101ページ)
犠牲を出しながらも、旅を続ける一行でしたが、勝手な行動を取るグレンとトイとの対立は決定的なものとなり、ついにグレンはグループから追放されてしまったのでした。グレンは一人森をさまよいます。
そうしてグレンは脳みそに似たキノコ、変異したアミガサダケに寄生されてしまったのでした。「助けようとして、おまえについたのだ。いつも、いっしょにいてあげる」(113ページ)と言うアミガサ。
アミガサはグレンの心を探り、人類に起こった遠い昔の出来事や知恵を引き出すことが出来ます。そうしてグレンを導いてくれると言うのでした。グレンを慕うポイリーがグループから離れ、追って来ます。
グレンの説得を受けポイリーにもアミガサが寄生しました。愛し合った後、二人は生まれた時に授けられる女をかたどった木彫の像、魂を落としてしまいますが、邪魔なだけだとそのまま捨ててしまいます。
二人だけではこの過酷な環境を生き抜いていけないので、元のグループと合流するか、あるいは新たなグループに所属する必要がありました。アミガサにとっても繁殖するためにたくさんの人間が必要です。
やがて二人は若い女を見つけて追跡し捕まえることに成功しました。
とりこはほとんど口をきかなかった。ポイリーの質問に答えるかわりに、彼女は口をとがらし、頭をぶつけてきた。引きだせたのは、彼女がヤトマーの名で通っているということだけだった。どうやら、二人の首に巻きついている無気味な襞々と、頭の上でてらてら光っている穴だらけの塊りを警戒しているらしい。
「アミガサ、怯えて話もしないよ」縛られて足元にうずくまる少女の美しさに息をにみながら、グレンがいった。「きみの格好が気にいらないらしい。ほっとして、行かないか? ほかの人間が見つかるよ」
「叩け、そうすれば話すから」アミガサダケの無言の声が響いた。
「でも、そんなことをすればもっと怯える」
「舌がほぐれるさ。顔を叩くのだ。おまえが見とれているその頬を――」(129ページ)
アミガサが筋肉を操作して、グレン自身が思っていたよりも強くヤマトーの頬を叩き〈黒い口の麓〉にある村へ案内させます。そうしてグレンとポイリーはヤマトーら〈牧人〉の仲間へと加わったのでした。
〈牧人〉は〈魚取り〉がとる魚を食べます。〈魚取り〉はでぶでふさふさした毛を持つ人々。間の抜けた表情をし、長い緑の尻尾を持っています。やがてグレンらは〈魚取り〉に隠された秘密を知りました。
そしてそれがきっかけとなりグレン、ポイリー、ヤマトー、そしてグレンとポイリーに寄生するアミガサは過酷な旅を余儀なくされ……。
はたして、グレンたちが知ることとなった、地球の秘密とは一体!?
とまあそんなお話です。アミガサは寄生されている本人も知らない蓄積されてきた人類の知識や知恵を引き出すことが出来、知覚を鋭くさせたり筋肉を操作してすごい力を発揮させたりすることが出来ます。
そうした点で、なにかに寄生しなければ力を発揮できないアミガサとの共存はいいことずくめのようですが、アミガサの狙いは自らの繁殖なわけですから、やがてグレンとの間に衝突が生じて来るのでした。
圧倒的な世界観で描かれる滅亡間近の地球。独特の生物や物語設定など、なかなかすんなり入って来ない部分も多い作品ですが、価値観が揺さぶられる、SFならではの醍醐味を感じさせてくれる名作です。
宮崎駿のマンガ『風の谷のナウシカ』、楳図かずおのマンガ『漂流教室』、椎名誠の小説『アド・バード』、貴志祐介の小説『新世界より』が好きな方におすすめ。興味を持った方は読んでみてください。
「地球滅亡SF特集」、次回は伊坂幸太郎『終末のフール』を紹介する予定です。