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ジョン・グリーン(金原瑞人訳)『ペーパータウン』(岩波書店)を読みました。「10代からの海外文学 STAMP BOOKS」の一冊です。
全部一気に取り上げる予定ではなかったんですが、とりあえず今回と次回もヤングアダルト(中学生、高校生向け)の叢書、「STAMP BOOKS」からの紹介です。それから後はまたちょっと考えます。
二回にわたって紹介するのは、ジョン・グリーンという作家の作品。日本ではまだ知名度が低く、情報もほとんど分かりませんが、著者略歴によると、「現在米国で最も人気のある作家の一人」らしいです。
次回取り上げる『さよならを待つふたりのために』は、映画化されていて、日本で公開されるかは分かりませんが、アメリカでは六月の公開。少なくとも注目されている作家であることは間違いありません。
さて、今回紹介するのは『ペーパータウン』。この作品のよさを説明するのは非常に難しいのですが、しびれるぐらいにいい小説でした。
正確に言えば、胸に刺さる人には刺さると言うべきかも知れません。
冴えない高校生クエンティンが物語の主人公です。平凡というよりはいじめられっこのゾーンに足を踏み入れている極めて地味な男の子。プラムという、卒業記念のダンスパーティーに誘う相手もいません。
ですが、一つだけ誇れるというか他の人と違うのは、学校でとにかく目立つ女の子マーゴと幼馴染であり、特別な絆で結ばれていること。
しかしある時、謎めいたわずかな手がかりを残して、マーゴは姿を消してしまったのでした。クエンティンはオタク的な性質を持つ個性豊かな友人たちの協力を受けながら、マーゴの行方を追い始めて……。
マーゴというのはグラマーでかわいく、言動がエキセントリックな女の子。時に突拍子もないことをしでかしますが、みなに影響を与えるカリスマ的存在でした。一風変わったマーゴの個性が光る作品です。
しかしそれよりも何よりも、今までは親に嘘一つついたことないほど真面目で、自分から動こうとしなかった受動的なクエンティンが、自らの意志で動き出す物語で、それがなんだかとても感動的なのです。
ヤングアダルトはまさに子供と大人の中間ですが、何かを手にするためには何かを失わなければならないのが世の習い。人は誰しも子供時代に持っていた大切なものを手放さずに大人にはなれないのでした。
高校卒業間近に起こった大切な幼馴染の失踪事件を描く『ペーパータウン』は、いなくなった人を探すミステリの要素もあり、映画で言うロードムービー的な旅ものの雰囲気もあるストーリーの面白い作品。
ですが、この出来事を通してクエンティンが精神的に子供から大人になる物語であることが最も重要で、痛みと切なさを伴うものでもあるのですが、それだけに読者に深い感動を与えずにはおかないのです。
姿を消す直前のマーゴとクエンティンはビルの屋上から夜景を眺めましたが、綺麗だと言うクエンティンにマーゴはこう言ったのでした。
「きれいじゃなくなるのはこういう理由よ。ここからだと、錆もペンキのひび割れもなにも見えない。でも実際はどんなところなのかはわかる。全部にせものだってわかってる。この街はプラスチックほどの硬さもない。紙の街よ。よく見て、Q。どの行き止まりも、どの道も、引きこもったままほかと交わってない。どの家ももろい造り。弱くて薄っぺらい人たちが、もろくて壊れやすい家に住んで、将来を火にくべて、ぬくぬくと暖をとって暮らしてる。薄っぺらいガキどもが、ホームレスにコンビニで買ってこさせたビールを飲んでる。みんな、所有することにとりつかれてる。どれもこれも紙みたいに薄っぺらでもろい、そんなものをほしがってる。人もみんな薄っぺら。この街に住んで十八年たつけど、本当に大切なものを大事にしてる人に会ったことは一度もない」(72ページ)
薄っぺらな人々が暮らす、ニセモノだらけの紙の街(ペーパータウン)。自分の街をそう呼ぶマーゴには深い孤独があります。マーゴの憤りや気持ちが分かるという人も意外と多いのではないでしょうか。
青春ど真ん中の時代を描いた作品なだけに、ハマる人とそうでない人に分かれると思いますが、マーゴの気持ち、或いは消えた幼馴染を想うクエンティンの気持ちが分かる方にはぜひ読んでもらいたい一冊。
作品のあらすじ
元々は海軍基地だったジェファソンパークに引っ越して来た〈僕〉の一家。たまたま隣に越して来た一家の娘が、〈僕〉と同じ二歳のマーゴ・ロス・スピーゲルマンでした。両家は、とても親しくなります。
いつも一緒に遊んでいたのですが、マーゴが来るだけでガチガチに緊張してしまう〈僕〉。何故かって、「マーゴは神様がこれまで創造したなかで、とびきり魅力的な女の子だったから」(8ページ)です。
九歳になった時、自分の家の庭のように思っていた公園で、〈僕〉とマーゴはオークの木に横たわる男の死体を発見してしまいました。その夜、眠ろうとしている〈僕〉の寝室に突然マーゴが訪ねて来ます。
マーゴは公園の死体について調べて来たのでした。ロバート・ジョイナーという名前で離婚協議中、悩んだ末のピストル自殺だったこと。マーゴはなんとなく分かる気がすると言って、〈僕〉を驚かせます。
「きっと、ロバート・ジョイナーのなかの糸が、全部切れたのよ」(13ページ)そう言ったマーゴと窓ガラス越しに見つめ合ったこの時のことを、〈僕〉は、いつまでも忘れることが出来ないのでした。
いつしか〈僕〉とマーゴは、それぞれの交友関係の中で生きて行くこととなり、特別に親しい間柄ではなくなります。学校でかなり目立つマーゴは、地味な〈僕〉にとってはまるで雲の上の存在なのでした。
〈僕〉が親しく付き合っているのはプラムに誰を誘うかで頭がいっぱいのベン・スターリングと、オムニクショナリーというユーザー編集型情報閲覧サイトの編集者をしているレイダーというあだ名の生徒。
三人はいつもゲームをしたりメールのやり取りをして遊んでいます。単調で、まるで延々とくり返されているような退屈な毎日。その単調さが嫌いではない〈僕〉でしたが、ある夜から劇的に変わりました。
死体を見つけた九年前以来のことですが、マーゴが窓の外に立っていたから。マーゴはしなければならないことがあるから車を貸してと言います。親に見つかって連れ戻されましたが、またやって来ました。
「すぐ」とは呼べない時間が過ぎてからマーゴはもどってきた。そんなに遅かったわけじゃない。だけどマーゴがいないあいだに、僕はまた煮え切らない態度にもどっていた。
「明日学校なんだけど」僕はいった。
「知ってる」マーゴは答えた。「明日は学校、明後日も学校。そんなことだらだら考えてると女の子がうんざりしちゃうわよ。はいはいそうね。平日の夜だわ。だからさっさとはじめなくちゃ。朝までにもどらなきゃいけないんだから」
「どうしようかな」
「Q。ねえQ。あたしたちずっと大事な友だちだったじゃない」
「友だちじゃない。お隣さんだ」
「もう、Qったら。あたし、Qによくしてあげてるでしょ? あたしの各方面にいるオトモダチに、学校でQに優しくするようにいってあげてるでしょ?」
「う……ん」僕は曖昧にうなずいた。じつのところ、とっくの昔に気づいていた。チャック・パーソンとその仲間にからまれなくなったのは、マーゴのおかげだって。
マーゴがまばたきした。まぶたまで黒くぬっていた。「Q、行くわよ」(36ページ)
11個のやらなければならないミッションとやらのために、ナマズやヴァセリン、青のペイントスレーなどわけの分からないものを買いに行かされた〈僕〉は、マーゴのとんでもない計画に巻き込まれます。
自分が今までしたことのない危険な経験をしてどぎまぎした〈僕〉でしたが、マーゴがそうした突拍子もない行動に出た理由は理解出来、マーゴの意外な一面を知って、距離が縮まったような気がしました。
ところがそれきりマーゴは姿を消してしまったのです。マーゴは家出常習犯で、警察は18歳の人間が自発的に姿を消したなら、糸の切れた風船を見る時のようにどうすることも出来ないと言ったのでした。
ディズニーワールドに行った時はミニーマウスをベッドに置いておくなど、いつもマーゴは、手がかりにもならない手がかりを残していく癖がありました。しかし今回は手がかりらしきものはなさそうです。
やがて、それまではマーゴの部屋になかったポスターに気付いて、ポスターから「ウォルト・ホイットマンの姪」という曲が入ったレコード、レコードからホイットマンの詩集『草の葉』と辿っていきます。
緑のマーカーで塗ってあるのは「ドアから錠をはずせ、/ドアごと柱からはずしてしまえ」(144ページ)という二行でした。一体どんな意味が隠されているのか必死で考えますがさっぱり分かりません。
ベンがマーゴの部屋のドアを外して見ればいいんじゃないかと言い出し、レイダーも「ときどき、ベンはバカを通り越して天才なんじゃないかって思うときがある」(156~157ページ)と賛成します。
マーゴの親の目を盗みながら、期待を込めてドアを外したのですが、残念ながらそこには、手がかりらしい手がかりはなかったのでした。
しかし、間違った場所を探していたことに気がついた〈僕〉は、ついにマーゴが〈僕〉に残していった手がかりを見つけます。姿を消す直前、ぽつりと、すべての糸が切れてしまったと漏らしていたマーゴ。
もしかしたらマーゴは〈僕〉に、自分の死体を見つけてもらいたいのかも知れない――。考えたくもない不穏な想像を抱く〈僕〉は仲間の知恵と力を借りながら、いなくなったマーゴの行方を追い始め……。
はたして、〈僕〉は消えたマーゴを見つけ出すことが出来るのか!?
とまあそんなお話です。作中で言及されているウォルト・ホイットマンやエミリー・ディキンソンは実在の詩人。特にホイットマンはよく引用されているので詩集を手元に起きながら読むとより楽しめます。
手に取りやすいのは、光文社古典新訳文庫の飯野友幸訳『おれにはアメリカの歌声が聴こえる――草の葉(抄)』で、抄訳ですが巻末に原文が載っているので、原文と対照させながら読むことが出来ますよ。
おれにはアメリカの歌声が聴こえる―草の葉(抄) (光文社古典新訳文庫)/光文社
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エキセントリックながらとびきり魅力的な幼馴染マーゴを追う物語、『ペーパームーン』。旅の中で〈僕〉クエンティンは仲間の大切さに気付き、今まで持っていなかった強い意志を手にしていくのでした。
周りと馴染めずに孤独を感じることがある方、引っ込み思案でいつも肝心な一歩が踏み出せない方、そして、旅が好きな方におすすめの、胸に刺さる青春小説。興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。
次回もジョン・グリーンで、『さよならを待つふたりのために』を紹介する予定です。